済美vs松山中央
「インローカーブ」が与える大きな意味
各打者の打球方向を徹底研究した跡が如実に分かる極端な内野シフトに深い外野守備。さらに2年生左腕・高橋大輔による60キロ台カーブと100キロ台ストレートのコンビネーションに連動した細かい守備位置修正。松山中央が第1シード・済美に仕掛けたトラップは巧妙だった。
外野の頭を超えるべき打球が超えず。定位置ならば外野に達する打球も野手の正面へ。そんなジリジリする展開を救ったのは、4回表一死満塁から先制の押し出し四球を選び、6回・7回にも先頭打者で安打を放ちチャンスメイクした7番・藤原弘気一塁手(3年)。そしてやはりこの男。前回登板で自己最速153キロをマークした2年生右腕・安樂智大(2年)である。
この日の投球数は6回3分の1でわずか69球。ネット裏に陣取るライバル校のスピードガンに灯した最速は5回裏一死無走者から6番・竹田紫音捕手(3年)を空振り三振に仕留めた際の「152キロ」。ただ、この日の試合で筆者が感心したのは球数でもスピードでもなく、6回裏に1番・城戸悠輔右翼手(3年)、2番・本多裕行中堅手(3年)にストレートを打たれ連打を浴びた二死1・3塁における3番・永井仁一塁手(3年・主将)に投じた「1球目」だった。
相手との力関係や6対0という点差を考えれば、たとえ永井が狙っていてもストレートを投げ込む選択肢は決して間違いではない。事実、これまでの安樂であればきっと強気にストレートを投げ込んでいたはずだ。
ただ、ここで彼が使ったボールはインローへの「カーブ」だった。全く予想していないボールに完全にタイミングを狂わされた永井。打ち上がる小フライを安樂自身がつかんだ瞬間、試合はほぼ終わったといっても過言ではなかった。
また、この1球はここまで速いストレートを打つトレーニングを十分積んでいる準々決勝以降の対戦相手へも大きな影響力を与えることになった。これまではコースのみ絞っていていい状況に、30キロ以上の速度差が加わったことで微妙なスイング軌道のズレが生じることは必定。残り1週間あまりでの修正は極めて困難だろう。
「インローカーブ」。怪物に加わった選択肢は本人にとってこの上なく甘美な、そして敵にとってはこの上なく厄介な代物である。
(文=寺下友徳)