試合レポート

光星学院vs桐光学園

2012.08.21

プライドを捨てて掴んだ勝利

プライドが、あった。
3試合で53個の三振を奪った桐光学園松井裕樹に対し、光星学院は特別な対策を立てなかった。
「近距離バッティングとか、『今までやってきたことを信じてやろう』と(仲井宗基)監督から言われていました。浦商(浦添商)は打てるのに当てにいって弱い打球になっていた。そういうことをしたら、自分たちの力が出せなくなるので」(一番・天久翔斗

初戦今治西戦で22個の三振を奪った松井に対し、対戦する各校は工夫を凝らしてきた。常総学院は松井が投球モーションに入ってから投手寄りに移動して打つ“ステップ打法”、浦添商は打席の投手寄りに立ち、スタンスを広めにとって、足を上げずに目線をぶらさず打つ“ノーステップ打法”で挑んだ。だが、結果は19三振と12三振。常総は6安打で5点を奪って意地を見せたが、浦添商照屋光の本塁打の1点だけに終わった。

 相手を意識するあまり、自分たちのスイングができなくなる。それが一番怖い。それなら、今までやってきたことを出し切ることに集中した方がいい。
そう言えるのも、光星学院には昨年のチームから継続して取り組んできた練習があるからだ。天久の言葉にもある近距離バッティングとは、13メートルの距離から直球と変化球をミックスで投げてもらって打つ練習法だ。冬の間も室内でずっとやってきた。距離が短いため、体感速度は150キロ近い。変化球の曲がりも打者寄りになる。2010年に春夏連覇をした沖縄・興南も取り入れていたことで有名になった方法だ。
甲子園では、低めのボールになる変化球に手を出すチームは勝てない。近距離バッティングは、打つだけでなく、打ちにいって低めの変化球にバットが止まるよう、見送る練習も兼ねている。だから、いくら松井のスライダーがすごいと聞いても、光星学院の選手たちは自信を持っていた。
「試合前は打てると思っていました。松井投手は2年。3年として抑えられたくないという想いもありました」(三番・田村龍弘)

 ところが、初回。その想いはあっさりと覆される。
先頭の天久はフェンス直撃の二塁打を放つが、村瀬大樹、田村、北條史也が三者連続三振。田村は低めのスライダーで、北條は高めのボール球のストレートで空振りさせられた。田村は本人曰く「春の東北大会以降、練習試合を入れても初めての三振」、田村、北條の主砲2人が連続三振するのも「見たことないです」(天久)というほど珍しいことだった。
ストレートを2球ファウルにしてしまい、スライダーを2球ハーフスイングで空振り三振した田村は、ベンチに帰って、チームメイトに思わず「あんなん打たれへんわ」ともらした。
「1打席目でビビりました。無理、無理と。(愛工大名電の)濱田(達郎)よりエグイなと思いました。見極めには自信があるのに、今まで見たことない変化で打てる気なくして、自信をなくしました(笑)」(田村)

6回までは先頭の天久の二塁打のみの1安打。2試合連続本塁打中の北條が2打席連続三振するなど、11三振を喫した。7回に北條、大杉諒暢が連打して初めて無死一、二塁の好機を迎えるが、三振併殺などで逃してしまう。連投の疲れを感じさせない松井の前に、点の入りそうな雰囲気はなかった。


2季連続準優勝の光星学院が破れるのか――。

甲子園にそんな雰囲気が漂い始めた8回。チャンスメークしたのは八番の木村拓弥だった。カウント0―2と追い込まれながら、フルカウントまで持ち込み、最後はスライダーをセンター前へ。第1打席で空振り三振、第2打席でセカンドゴロに打ち取られていた決め球を見事に打ち返した。木村は言う。
「名電の濱田のときとか、左で変化球のいいピッチャーのときは身体を内に入れて(右肩を入れて構えて)、開かずに打つように工夫するんですが、それでもダメだった。あの打席は、さらに(内に入れて)引きつけるように意識しました。ストレートは対応できると思ったので、追い込まれたら変化球待ちでした」

木村の安打の後、犠打と四球などで二死一、三塁として打席には田村。第1打席の三振以降、2打席目はセカンドゴロ、3打席目はライトフライと徐々に対応していた。
「だんだん合ってきているという感じはありました」

そして8回の第4打席。初球は左足を大きく上げるいつものフォームで臨むが、内角直球でストライク。見送ったときに軸足である右足が投手寄りにずれるほど、身体が突っ込んでいた。それを見た次打者席の北條から、ジェスチャーでアドバイスが送られる。
「北條から『後ろ体重で』というジェスチャーがありました。ずっと同じかたちで打っても打てない。修正しないといけない」

そして2球目。今度は左足を上げず、すり足に近い状態でタイミングを取った。内角のストレートを、詰まりながらレフト前に運んで待望の先制点。北條も振り回さず、変化球に合わせる打撃で左中間へ運ぶ。2点二塁打で合計3点。試合前半は眠っていた2人のバットが、ようやく火を噴いた。

「ノーステップでエンドラン気味で打ちました。それまではバットのヘッドが寝ていたので、かぶせる意識で振りました。最後はまっすぐ勝負で来るかなと思った。気迫で持っていった感じですね。甲子園でホームランを打ったときよりうれしかった」(田村)
一塁ベース上で「よっしゃー」と手を叩いた田村。普段は見せないこの動作が、それまでの苦しさと喜びを表している。試合前に持っていたプライドなど、どこかにいっていた。

 勝つためには、プライドなど必要ない。
もちろん、学年も関係ない。素晴らしい相手だと認め、どう対応するか工夫する。試合の中で修正する能力。これが光星学院打線にはあった。天久は言っていた。
「ベンチでは『打たれへんわ』と言ってましたけど、いいピッチャーとの対戦を逆に楽しんでいました。面白い試合でした」
かたちにはこだわらない。勝つために、泥臭く、1本の安打を打ちにいく。光星学院打線の気迫が、球史に残る三振奪取王・松井を沈めた。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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