桐光学園vs浦添商
浦添商のノーステップ作戦を跳ね返した松井裕樹のストレート勝負
試合前、浦添商は桐光学園の“ドクターK・松井裕樹”対策として、ノーステップで打つことを指示したと聞いた。ノーステップとは、オリックスのT-岡田が低迷を脱するために取り組んだバッティングスタイルとして知られる。
バッティングのメカニズムを簡単に説明すると、打者は打つときに前足を上げたり引いたりしたあと前に出し、それと同時にバットを持つ両腕を後ろに引く。つまり、下半身は前に向かい、上半身は後ろに向かうことで体に“割れ”を作り、反発力を生む。
これらの動きは言葉で説明がつくが、実際には細かいニュアンスは伝わりにくい。ステップする前足を強く出し、バットの引きを大きくすれば割れは強くなるような気がするが、バットの引きを大きくすれば、その分バットの出は遅れ、振りも窮屈になる。また、ステップする前足を強く出せば、バットを引く動きとのバランスが崩れ、割れが不十分になる。
メジャーリーグで好成績を挙げている、たとえばデレク・ジータ(ヤンキース)などは、ステップの出し方もバットの引きも小さく、おとなしい。それでいて、昨年まで3000本以上のヒットと200本以上のホームランを放っている。打席内の大きな動きとスイングの強さ、打球の強さは比例しないのである。
ノーステップは足上げも引き足もせず、前足を前方に出す動きもしない。つまり何にもしない。その分、動くことによって生じるブレがなくなり、ボールを捕手寄りぎりぎりまで引きつけることも可能になる。つまり安定感が増す。その代償はスイングが窮屈になり、反発力が小さくなるので、飛距離が落ちる。浦添商は長打よりも、確実にヒットを打つほうを選んだことがわかる。
実際にノーステップで打っていたのは伊良波将好(捕手)と内間滝介(遊撃手)の2人で、遅い始動で打っていたのが照屋光(右翼手→投手)だ。遅い始動の効果もノーステップと同じと考えていい。3人以外の6人も打席内での大きな動きを抑え、何とかバットにボールを当てようとしていた。その成果は3回2アウト(打者11人)まで三振ゼロだったことが証明している。
しかし、三振ゼロが目的でなかったのに、浦添商各打者の目的はいつの間にか三振しなければそれでよし、に変わっていた。逆に松井は、先頭打者から11人まで三振を取れなかったことで三振に対する執着心が薄れ、いい意味で力が抜けていた。
浦添商打線の早打ちも松井を助けた。
1回東江京介(一塁手)に中前打を打たれたあと、大城利修(中堅手)3球、宮里泰悠2球、呉屋良拓5球で0点に抑えた。浦添商側に立って考えれば、ここでもう少しじっくり攻めていればその後の展開は変わっただろう。
桐光学園は1回に1番鈴木拓夢(二塁手)が4球目のストレートを右中間スタンドに放り込み先制。2回にも3番水海翔太(中堅手)が初球真ん中高めのカーブをレフトスタンドに運び、松井を援護する。
序盤の2点リードは確実に浦添商に焦りをもたらした。三振を取れないことで松井が苛立ち自滅を誘う、というのが浦添商ベンチの考えた作戦だが、リードされたことによりその作戦が悠長なものに思えてきたのだろう。4回から7回まで三者凡退が続き、5回11球、6回11球、7回13球と淡泊な攻撃が続いた。
それにつれて松井の投球間隔がどんどん速くなっていく。
4、5回にストップウォッチで計測したときは4~5秒台で推移していたのが(それでも十分速い)、7、8回などは3秒台で投げていた。このときは打者を追い込んでもスライダーよりストレートが多かった。
投球テンポが速くなり、ストレートが多くなることで自らの攻撃性をどんどん煽っている、そんな印象すら抱いた。
ちなみに投球テンポとは、捕手からの返球を受けてから、投球モーションを起こすまでの時間である。プロ野球の選手はほとんど12、3秒要するのが常識になっている。松井の速さが実感できると思う。
6回に桐光学園が鈴木拓の三塁打で2点を加え、勝負は見えた。8回の松井はストレートが高く抜けていたが、浦添商各打者はこれに手を出し、松井を助けた。
6回以降8個三振を奪っているが、そのうちの5個はストレートで打ち取ったもの。8回などは照屋にホームランを打たれたあと後続の3人を三振に打ち取り、そのすべての勝負球がストレートだった。
松井のストレートの威力を物語ると同時に、浦添商各打者の悪球打ちも目立っていた。
明日の準々決勝・第1試合は春の準優勝校、光星学院が相手。超高校級スラッガーの定評がある田村龍弘、北條史弥にどういうピッチングをするのか今から楽しみである。
(文=小関順二)