桐光学園vs常総学院
常総学院、好投手・松井攻略も、守備の乱れで勝利を逃がす
あきらめていなかった。
5回を終わって0対5。いつもなら、大量リードされるとからっきしの常総学院が、目の色を変えていた。
もちろんそれは、相手投手の存在があったからだ。桐光学園のエース・松井裕樹。1回戦の今治西戦で大会新記録となる22奪三振という、とんでもない記録を作った左腕だ。
松井対策として、常総学院はいくつかの策を用意していた。
まずは、打線の組み方。一番の大崎健吾から順に、左左右右左右左右左とジグザグに並べた。左腕の菅原拓那が先発するとき用の、初戦と同じオーダーだが、これをあえていじらなかったのには理由がある。
「(神奈川大会準々決勝で対戦した)横浜が右を並べて8回まで1安打だったと聞いたので。右左ジグザグの方が、コントロール(しにくい)という意味でいいのかなと。ジグザグになっていたのでそのままにしました」(佐々木力監督)
そして、もうひとつは打席での立ち位置。
ベース寄りは全員共通だが、三番の内田靖人、途中から九番に入った伊藤侃嗣は投手寄りに、他の7人は捕手寄りに立った。
「(狙い球は)チームでこれを狙おうというより個人ですね。どうしてもこれは打てねぇよというボールがあるピッチャーですから。144キロが打てないなら、スライダーやカーブを狙う。どっちも打つのは難しいですから。バッターの調子や右左でも変わってくると思います」(佐々木監督)
ビデオの印象と実際に打席に立つのとでは違う。2巡目になると、立ち位置を変える打者が出てきた。四番の杉本智哉、六番の吉澤岳志、八番の田山喜一が捕手寄りから投手寄りに変更した。
「変化球を見極めようと思って後ろ(捕手寄り)に立ったんですけど、(第1打席で)スライダーが来なかった。ただ立っていても、いいピッチャーなのでどうしようもない。前(投手寄り)に出て直球に張ろうと思いました」(田山)
「自分は直球を打つタイプなので直球を狙ってました。(打てなくて)工夫しなきゃダメだと思って、前(投手寄り)に出た。スライダーを狙ってると思わせて、ストレートにヤマを張っていました」(吉澤)
吉澤は打つ直前にベース寄りの位置から一歩後ろに下がって打つという動作も見せた。結果はスライダーが来て空振りに終わったが、内角のストレートにヤマをかけて振りにいったのだ。
打者の右左と打席の位置の前後がジグザグとなって、少しでも松井に投げにくくさせる。バントの構えを絡めて揺さぶる。そんな意図があった。
これが功を奏したのが杉本。捕手寄りから投手寄りに変え、3打席目で安打、4打席目は適時二塁打を放った。打ったのはいずれもストレートだった。
「前(投手寄り)に立って、スライダー狙いと思わせて直球を狙いました」
そしてもうひとつ、常総学院が松井対策に練習していた秘策があった。それは、“ステップ打法”。投球動作に入ると同時に、立っている位置から投手寄りに一歩出て打つ。
「『縦スラは落ちたら打てないから、落ちる前に打て』と。(投球の)モーションに入ってから動き出せば、キャッチャーとのサインがあるので(投げる球種は)変えられない。練習して3日前から何人かは(ステップ打法で)いけるという感じはありました。145キロのピッチャーに邪道かもしれないけど、指示通りやってくれました」(佐々木監督)
この打法で打ったのが三番の内田。8回二死二、三塁でセンター前に打った2点タイムリーは、ステップ打法でスライダーを狙ったものだった。
打つだけではない。常総学院は、さらにもうひとつ“勝負”をかけている。7回は無死一塁で杉本が二盗、8回には一死一、二塁で伊藤が三盗したのだ。3点差で迎えた終盤。盗塁はリスクが大きいが、佐々木監督は思い切って指示した。
「(投手が)動いたらけん制でも何でも行け、です。けん制が来たら監督が悪いんだからと」
8回には次打者のときに一塁走者も二盗し、内田の2点打につなげた。
普通にやっても打てる投手ではない。それならば、頭を使う、工夫する。リスクを負ってでも勝負をかける。その結果、5回まで1安打無得点だったが、6回以降は5安打で5点を奪った。
松井の今夏最多失点は神奈川大会決勝の桐蔭学園戦の4点。5得点した常総学院打線は、松井を“攻略した”といってもいい。
だが、失点が多すぎた。常総学院の今夏の最多失点は3。1試合平均1失策の守備陣が序盤の3イニングだけで3失策を犯した。そして、そのうちの2つが失点に直結した。
ひとつめは2回。二死二塁から九番の中野速人はセカンドへのゴロ。平凡な当たりだったが、一、二塁間の打球にファーストの石井詢が飛び出し、一塁ベースに入るのが遅れた。
さらに、セカンドの田山があわてて送球。クロスプレーでセーフと判定されたときには、二塁走者の田中頼人が本塁手前まで走ってきていた。
「この舞台だとひとつのプレーでいっぱい、いっぱいでした。周りが見えなくて浮き足立っていた。(好投手相手で)厳しい試合になるのがわかっていたので、守備からリズムを作ろうと思いすぎたかもしれません」(石井)
ふたつめは3回。二死一塁から田中に三塁打を浴びた場面。ライトからセカンドを中継してサードに返って来た送球が逸れた。カバーリングしていれば何でもなかったが、投手の菅原は三塁ベース付近にいたため、やらなくてもいい1点を献上してしまった。
「右中間でもライト寄りに行った打球だったので、自分がセカンドとショートの間に行くのがセオリーになっていました。そしたら、レフトがセカンドとショートの間に入ってきた。アイコンタクトがうまくいかず、カバーが遅れてしまいました」(菅原)
菅原がセカンドとショートの間に入り、レフトの酒井忠利がサードの後方へバックアップに入る段取りになっていたが、うまくいかなかった。
この他、失策にはならなかったものの、6回一死二、三塁ではファーストゴロでバックホームを躊躇し、セーフにしてしまった。ファーストは投手から回っていた菅原。前進守備を敷いていただけに、普通に投げていればアウトのタイミングだった。
試合前、桐光学園の野呂雅之監督はこう言っていた。
「3点以内に抑えて、5点取れればいい」
常総学院打線は、19三振こそ奪われたが、しぶとく工夫した攻めで松井から5点を奪った。敵将のゲームプランを壊す見事な攻撃だったといっていい。
だが、やはり、ミスであげてしまった点数は返ってこない。佐々木監督は言う。
「守備が乱れたのがすべてです。マジメな子がエラーやフィルダースチョイスをした。そういう失点が序盤にあったので追いつけなかった」
勝敗を分けるのは、攻撃よりも、守備で当たり前のことが当たり前にできないこと。目立たない小さなことなのだ。常総は、松井に抑えられて負けたわけではない。自分たちに負けた。
(文=田尻賢誉)