倉敷商vs松阪
魂のこもったストレートがあってこその魔球シンカー
技巧派同士の先発で面白い試合になった。倉敷商の西隆聖(右投右打・174/62)はストレートが最速135キロ程度でわかるように速さはない。それでもこの日3失点完投できたのは決め球があったからだ。その決め球とはシンカー。
今大会、桐光学園の松井裕樹が大会記録の22奪三振を達成して大きな話題になった。その原動力になったのが縦割れのスライダーで、西の勝負球・シンカーも松井のスライダーによく似ている。
松井は22奪三振中、スライダーで奪ったのが15個。その内訳は空振り10、見逃し5。西は10奪三振中、シンカーで奪ったのが9個。そのすべてが空振りだった(他の1個はストレートの見逃し)。
このシンカーが序盤、圧倒的な威力を発揮した。1回は1番から3番まですべてシンカーを決め球(結果球)として、三振、三邪、三振に斬って捨てたのである。シンカーの威力が松阪打線にインプットされたのか、西はシンカーを多く投げながら「多投」というほど多くを投げなかった。
どういうことかというと、続け球にしなかった。たとえば2回、2番岸洸也にはシンカー、カーブ、シンカー、ストレート、シンカーで空振りの三振という攻め方であった。間にストレートあるいはカーブ、スライダーを挟んでシンカーの軌道に慣れさせないという配慮があった。
この配球が4回くらいから絶対でなくなった。松阪打線が西のシンカーは見逃せばボールゾーンに逃げていくと判断したからだ。シンカーが見られるようになり、ストレートを投げざるを得ない状況が生まれ、それが狙い打ちされた。
この狙い打ちされたストレートは「魂が入っていないストレート」と注釈を入れなければいけないだろう。「シンカーを引き立たせるためのストレート」とか「シンカーの軌道から目を逸らすためのストレート」とか、そういうストレートである。
2対0でリードした5回裏の守りのシーンを再現しよう。1死一、三塁の場面で1番真鍋顕汰と対したときの配球は、[1]外角低めのシンカー(ボール球)、[2]外角高めのシンカー(ボール球)、[3]131キロストレートである。この3球目のストレートがセンター前に痛打された。配球が知られたボールでも、腕を振って投じられたストレートならこれほど簡単に打たれるわけがない。
次打者がバントで送り、なおも1死二、三塁の場面で迎えるのは3番竹内諒。
西はストレートを投げるわけにはいかない心理状況に追い込まれる。頼れるのはシンカーで、ボールになる球は見送られるので、ストライクを取りにいかなければいけない。この2つの「~しなければいけない」という考えに呪縛された結果、シンカーを甘いストライクゾーンに入れ、これを見事にライト前に弾き返された。これで2人が還り逆転である。
6回以降、西はシンカーを多投しなくなった。ストレートとカーブ、スライダーを軸にした緩急の攻め、という投手の基本に立ち返ったピッチングをめざしたのである。これが功を奏した。
6回には7番上東亮介に対してカーブ、カーブ、ストレートで中飛、8番坂本耕哉にはスライダー、ストレート、スライダーで三振という具合である。シンカーを抑制することで、打者の心理状態の中に「いつシンカーがくるのか」という疑心暗鬼が生まれ、これがボールゾーンに逃げるシンカーを空振りする伏線になった。もちろん、ストレートは腕を振って魂を込める、という絶対的な原則がその前提にあった。
投手の基本は魂のこもったストレート――これを技巧派の西に教えてもらった試合であった。
(文=小関順二)