試合レポート

倉敷商vs松阪

2012.08.16

魂のこもったストレートがあってこその魔球シンカー

 技巧派同士の先発で面白い試合になった。倉敷商西隆聖(右投右打・174/62)はストレートが最速135キロ程度でわかるように速さはない。それでもこの日3失点完投できたのは決め球があったからだ。その決め球とはシンカー。

 今大会、桐光学園松井裕樹が大会記録の22奪三振を達成して大きな話題になった。その原動力になったのが縦割れのスライダーで、西の勝負球・シンカーも松井のスライダーによく似ている。

 松井は22奪三振中、スライダーで奪ったのが15個。その内訳は空振り10、見逃し5。西は10奪三振中、シンカーで奪ったのが9個。そのすべてが空振りだった(他の1個はストレートの見逃し)。

 このシンカーが序盤、圧倒的な威力を発揮した。1回は1番から3番まですべてシンカーを決め球(結果球)として、三振、三邪、三振に斬って捨てたのである。シンカーの威力が松阪打線にインプットされたのか、西はシンカーを多く投げながら「多投」というほど多くを投げなかった。

 どういうことかというと、続け球にしなかった。たとえば2回、2番岸洸也にはシンカー、カーブ、シンカー、ストレート、シンカーで空振りの三振という攻め方であった。間にストレートあるいはカーブ、スライダーを挟んでシンカーの軌道に慣れさせないという配慮があった。

 この配球が4回くらいから絶対でなくなった。松阪打線が西のシンカーは見逃せばボールゾーンに逃げていくと判断したからだ。シンカーが見られるようになり、ストレートを投げざるを得ない状況が生まれ、それが狙い打ちされた。


 この狙い打ちされたストレートは「魂が入っていないストレート」と注釈を入れなければいけないだろう。「シンカーを引き立たせるためのストレート」とか「シンカーの軌道から目を逸らすためのストレート」とか、そういうストレートである。

 2対0でリードした5回裏の守りのシーンを再現しよう。1死一、三塁の場面で1番真鍋顕汰と対したときの配球は、[1]外角低めのシンカー(ボール球)、[2]外角高めのシンカー(ボール球)、[3]131キロストレートである。この3球目のストレートがセンター前に痛打された。配球が知られたボールでも、腕を振って投じられたストレートならこれほど簡単に打たれるわけがない。

 次打者がバントで送り、なおも1死二、三塁の場面で迎えるのは3番竹内諒

 西はストレートを投げるわけにはいかない心理状況に追い込まれる。頼れるのはシンカーで、ボールになる球は見送られるので、ストライクを取りにいかなければいけない。この2つの「~しなければいけない」という考えに呪縛された結果、シンカーを甘いストライクゾーンに入れ、これを見事にライト前に弾き返された。これで2人が還り逆転である。

 6回以降、西はシンカーを多投しなくなった。ストレートとカーブ、スライダーを軸にした緩急の攻め、という投手の基本に立ち返ったピッチングをめざしたのである。これが功を奏した。

 6回には7番上東亮介に対してカーブ、カーブ、ストレートで中飛、8番坂本耕哉にはスライダー、ストレート、スライダーで三振という具合である。シンカーを抑制することで、打者の心理状態の中に「いつシンカーがくるのか」という疑心暗鬼が生まれ、これがボールゾーンに逃げるシンカーを空振りする伏線になった。もちろん、ストレートは腕を振って魂を込める、という絶対的な原則がその前提にあった。

 投手の基本は魂のこもったストレート――これを技巧派の西に教えてもらった試合であった。

(文=小関順二)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

関連記事

応援メッセージを投稿

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

RANKING

人気記事

2024.04.26

【春季四国大会逸材紹介・高知編】2人の高校日本代表候補に注目!明徳義塾の山畑は名将・馬淵監督が認めたパンチ力が魅力!高知のエース右腕・平は地元愛媛で プロ入りへアピールなるか!

2024.04.26

【奈良】智辯学園が13点コールド!奈良北は接戦制して3回戦進出!<春季大会>

2024.04.26

今週末に慶應vs.横浜など好カード目白押し!春季神奈川大会準々決勝 「絶対見逃せない注目選手たち」!

2024.04.26

【春季奈良県大会】期待の1年生も登板!智辯学園が5回コールド勝ち!

2024.04.26

古豪・仙台商が41年ぶりの聖地目指す! 「仙台育英撃破」を見て入部した”黄金世代”が最上級生に【野球部訪問】

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.24

春の埼玉大会は「逸材のショーケース」!ドラフト上位候補に挙がる大型遊撃手を擁する花咲徳栄、タレント揃いの浦和学院など県大会に出場する逸材たち!【春季埼玉大会注目選手リスト】

2024.04.22

【和歌山】智辯和歌山、田辺、和歌山東がベスト8入り<春季大会>

2024.04.23

【春季埼玉県大会】地区大会屈指の好カードは川口市立が浦和実を8回逆転で下し県大会へ!

2024.04.23

【大学野球部24年度新入生一覧】甲子園のスター、ドラフト候補、プロを選ばなかった高校日本代表はどの大学に入った?

2024.04.23

【全国各地区春季大会組み合わせ一覧】新戦力が台頭するチームはどこだ!? 新基準バットの及ぼす影響は?

2024.04.05

早稲田大にU-18日本代表3名が加入! 仙台育英、日大三、山梨学院、早大学院の主力や元プロの子息も!

2024.04.02

【東京】日大三、堀越がコールド発進、駒大高はサヨナラ勝ち<春季都大会>

2024.04.12

東大野球部の新入生に甲子園ベスト4左腕! 早実出身内野手は司法試験予備試験合格の秀才!