試合レポート

済々黌vs鳴門

2012.08.13

悔やまれるプレー、そしてそこから何を学ぶのか?

 残念な光景だった。
 5回表、鳴門の攻撃。一死二塁で打席に立った後藤田崇作は、投手ゴロを打つと、一塁ベースまで到達せず、手前でベンチへと戻った。そして、8回表。今度は無死一塁でファースト前にバントをすると、再び一塁ベースまで到達することなくベンチへと帰った。なぜ、そんな走塁をするのか。後藤田はこう説明した。
「もうアウトになったんで」

 実は、これと同じ光景をセンバツでも見た。
 鳴門作新学院の7回裏、3対1とリードする鳴門の攻撃。一死二塁で二番の島田寿希斗がファーストゴロを打つと、一塁ベース手前でベンチへと戻ったのだ。このとき、島田はこう言っていた。
「アウトと思って、あきらめてしまいました」

 自分が一塁ベースに到達する前に、ファーストが送球を受けたり、ベースを踏んだりすれば、アウトになったというのはわかる。彼らからすれば、「ベースまで走ったって意味がない」ということだろう。だが、何が起きるかわからないのが野球。明らかなアウトのタイミングでも、審判がジャッジミスをする可能性もある。そうなるにしても、一塁ベースまで到達しない限りは、絶対にセーフになることはできない。

 こういうプレーを野球の神様は見逃さない。
 鳴門作新学院の試合では、こんなことがあった。島田の走塁があった直後の8回表の作新学院の攻撃。先頭の羽石裕紀の打球はサードへのゴロだった。ところが、これがイレギュラーしてレフト前ヒットになる。これをきっかけに、この回に鳴門は2点を失い、同点に追いつかれた。
 この試合の後、そして次の健大高崎戦の後に島田と話をしたが、あの走塁について森脇稔監督に何か言われたかと聞くと、「怒られていません。何も言われませんでした」と言っていた。そして、今回もう一度確認したが、それ以降も何も言われていないとのことだった。


 厳しい言葉を使えば、“怠慢プレー”。やるべきことをやらない、セーフになる権利すら得られないプレーだ。この夏も、やはり野球の神様は見逃さなかった。
 7回裏、済々黌の攻撃。一死一、三塁で打者は二番の西昭太朗。カウント2―2からの5球目。ランエンドヒットのサインで一塁走者の松永薫平がスタートする。西の打球は、快音を残してショートへ。これをショート・河野祐斗がジャンプ一番捕球した。二塁ベースまで来ていた一塁走者を刺すため、河野は一塁へ送球。併殺で3アウトとなり、鳴門ナインはベンチへ引き揚げたが、スコアボードには「1」が灯った。
 なぜ、1点入るのか。それは、一塁走者がアウトになるよりも先に、三塁走者の中村謙太が本塁を踏んでいたからだ。この場合は、タッチアップしているかどうかは問われない。ゴロ以外、ライナーやフライの場合は、スリーアウトが宣告されるよりも先に三塁走者が本塁を踏めば、守備側からアピールがない限り、得点が認められる。守備側が得点されないためには、三塁へ投げてスリーアウト目を取るか、一塁へ投げて併殺を完成させた後、あらためて三塁へ送球して、アピールをし、第三アウトの置き換えをしなければいけない。

 公認野球規則にはこう記載されている。
『次の場合、アピールがあれば、走者はアウトになる。
(a)飛球が捕えられた後、走者が再度の触塁(リタッチ)を果たす前に、身体あるいはその塁に触球された場合。(b)(c)(d)略
イニングの表または裏が終わったときのアピールは、守備側のチームのプレーヤーが競技場を去るまでに行わなければならない。
第三アウトが成立した後、ほかにアピールがあり、審判員が、そのアピールを支持した場合には、そのアピールアウトが、そのイニングにおける第三アウトになる。
また、第三アウトがアピールによって成立した後でも、守備側チームは、このアウトよりもほかに有利なアピールプレイがあれば、その有利となるアピールアウトを選んで、先の第三アウトと置き換えることができる。
“守備側のチームのプレーヤーが競技場を去る”とあるのは、投手および内野手が、ベンチまたはクラブハウスに向かうためにフェア地域を離れたことを意味する。』

 スコアボードに「1」が点灯しているのに気づいた鳴門のキャプテン・杉本京太が西貝球審のもとへ確認に行ったが、後の祭り。すでに鳴門はベンチ前で円陣を組んでいたため、たとえそこでアピールしたとしてもアピール権は失われていた。ショートの河野は言う。
「(1点入っているのを見たときは)何で? と思いました。(ルールは)知らなかったです。甲子園に来るまでに野球を研究して、勉強しておけばよかったです」
 他の選手にも確認したが、「全然わかってませんでした」(島田)。ルールを知っている選手はいなかった。


 実は、野球の神様はこの試合で一度、警鐘を鳴らしている。後藤田の一度目の走塁があった直後の5回裏。7回裏とまったく同じシーンがあった。一死一、三塁からランエンドヒットで一塁走者の西がスタート。三番の中村健朗の打球はショートへのライナーになった。二塁ベース付近まで来ていた西に河野がタッチしたが、審判のコールがなく、河野が一塁へ送球する前に三塁走者の安藤太一がホームへ走った。
 河野の送球よりも、一瞬早く安藤が本塁を踏んだかに思われたが、球審の西貝がスリーアウト目が先と判断。得点は認められなかった。それでも、済々黌・池田満頼監督は、キャプテンの西口貴大に球審へ確認に行かせている。
「代々ずっとやっているプレー。僕は(三塁走者の方が)早く見えたので、西口に聞いてこいよと言いました」
 だが、この済々黌の行為にも鳴門はどこ吹く風。まったく気づいていなかった。

 二度目となった7回の一、三塁から本塁へ走った三塁走者の中村謙は言う。
「こういうプレーは練習しています。5回は安藤が遅れましたけど、向こうが(ルールを)わかっていないというのはわかった。常に考えているので、一、三塁でライナーのときはこうするんだと頭に入っています。僕は『ドカベン』を読んでこのルールを知っていました。みんなは(練習で)監督の話を聞いて知ったみたいですけど」
 水島新司のマンガ『ドカベン』の35巻にこのルールが適用されるシーンが描かれている。マンガでは一死満塁でスクイズが投手フライとなり、捕球した不知火守が飛び出した一塁走者の山田太郎を刺そうと一塁へ送球。その間に三塁走者の岩鬼正美がホームへ滑り込んだ。
「ウチがルールを知っていたということ」と池田監督は淡々としていたが、普段からのルールの確認、練習での準備ができていたかどうかが明暗を分けることになった。

 土壇場の勝負所でこういうプレーが起きるのは、決して偶然ではない。野球の神様のいたずらだ。春夏連続で“怠慢プレー”をした鳴門への愛のムチだともいえる。なぜなら、鳴門はキャプテンの杉本が、センバツ前から「伝統の全力疾走でがんばりたい」と話していたのだ。言葉と行動がまるで一致していない。やるべきことをやらない者に、野球の神様は容赦しない。
「甲子園では全力疾走、全力プレーを見せていこうと言ってたんですけど……。そういうことをしっかりやらなかったから、運がなくなったんだと思います」
 涙を流しながら話した島田の言葉を、鳴門ナインは重く受け止めてほしい。

(文=田尻賢誉)


済々黌、「ID野球」の定置網で鳴門を捕捉!

日曜朝の某番組風に言わせて頂くならば、「済々黌・あっぱれ!」の一語だ。

センバツベスト8の鳴門を破った結果もそうだが、内容も素晴らしかった。まずは無四球・9奪三振とまるで相手先発右腕・後藤田崇作(3年)を左腕にしてバージョンアップしたかのような精度を誇示した大竹耕太郎(3年)と「普段から落ち着いている」と彼を評する女房役・西口貴大(3年)によるコンビネーション。

一方、攻撃では7犠打に9安打中4本の内野安打と2盗塁を交えたスモールベースボール。特に3回裏は先頭の8番・中村謙太(3年)が犠打と三盗の後、1番・松永薫平(3年)の三塁内野安打で先制点と、彼らの持ち味が存分に発揮されたものであった。

そして公認野球規則を理解して奪い取った7回裏の3点目の他に、済々黌について見逃してはいけないのが、内外野の連動性を持った的確なポジショニングである。例を挙げれば3回表・先頭の7番・日下大輝(2年)の二塁ベース横を襲うヒット性の打球は二塁手が正面で処理。さらに7回裏一死から5番・大和平(3年)がフェンス手前まで放った大飛球は、定位置よりやや前に構えていたにもかかわらず中堅手の山下祐生(3年)が悠々とキャッチ。この2つは通常の守備位置・スタートであれば確実に安打ないしは長打になっていたものだ。


その種明かしを試合後、左翼手の中村健朗(3年)が明かしてくれた。

「守備位置は選手みんなで考えます。基本はセカンド・ショートから指示を出して、たまにはキャッチャーからも指示が出る場合もありますが、内外野で連動する形。守備でも攻めるのが僕らのモットーなので、気持ちで守りに入らないようにはしています」。

外野の守備位置を司る山下の説明はさらに具体的だ。

「相手バッターの特徴とピッチャーの攻め方を見て守備位置は決めます。全員でアウトを取りにいくため、大胆な守備位置を取るようにはしています。(7回の場面は)相手がボールにあわせるのがうまいので、流し目に守っていたんです」。

「練習の中から試合を想定した内外野の守備をしていますし、一歩目のスタートと、バッターと球種。投手の状況や打線の振りを見てのポジショニングについては、常に言うようにしています」池田満頼監督は、さも当たり前のようにこの点について語ったが、今大会は外野を下げて長打を防ぎにかかるチームが多くを占める中で、彼らの確信に基づく果敢なチャレンジは賞賛に値するもの。正に「ID野球」の定置網で鳴門を捕捉した彼らの次なる標的は、センバツ王者・大阪桐蔭である。

(文=寺下友徳)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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