試合レポート

龍谷大平安vs旭川工

2012.08.12

聖地で勝つためには…

 もったいない。
 そうとしか表現できないほど、試合は旭川工のものだった。

 右打者の井澤凌一朗の右中間への先頭打者本塁打で度肝を抜かれたが、ひるまない。2回までに2点を先制されると、むしろ積極的に動いていった。
 3回、先頭の栗栖大輔が四球で出ると、佐藤桂一監督は、菅家祐太に初球バスターエンドランのサインを送る。送りバントと決めつけ、猛ダッシュをかけたファーストをあざ笑うかのように打球は右中間をまっぷたつ。適時三塁打となった。
「ストライクバスターのサインです。菅家はバントが下手なので、変にバントをさせて流れが悪くなるよりは、思い切りいこうと思いました。芯に当たったときの打球はすごいので、バスターでも長打があるかなと」(佐藤監督)
 一死後に岸本大志にもセンター前タイムリーが出て追いついた。

 5回には無死一、三塁から九番の松橋孝輔がスクイズを決めて勝ち越し。さらに暴投と岸本の安打でもう1点追加した。今回で5度目の甲子園采配となる佐藤監督。「甲子園ではおそらく初めて」というスクイズのサインだった。7回は一死一塁、打者松橋の場面で1-2からエンドランを敢行。松橋は空振りしたが、盗塁が成功して流れを呼んだ。その後、一死満塁と好機を広げ、押し出しと2本の適時打で一挙4点を挙げた。

 さらに、その裏には守りで動く。井澤にこの試合2本目の本塁打を浴びて2点差とされると、「球が行かなくなっていたから」と官野峻稀をあきらめ、右下手投げの太田竜良にスイッチ。北北海道大会では47イニング中、46イニングを任せた絶対的エースを思い切ってマウンドから降ろした。

 そして、9回も簡単に2アウト。悲願の甲子園初勝利まであと一人と迫った。
 ところが――。
「あと一人が難しいんだよな、とマネージャーと話していました」(佐藤監督)と言っていた通り、四球と安打に捕逸が重なり二、三塁とすると、五番の有田浩之にライト前へ2点適時打。急遽、黒川竜吾をリリーフに送ってその回は同点でとどめたものの、11回に力尽き、サヨナラ負け。九分九厘、手中にしていた勝利をこぼしてしまった。


お立ち台では、開口一番「甲子園で勝つっていうのは、やっぱり厳しいですね」と話した佐藤監督。
「なぜ、勝てなかったか」と問われると、ポツリとこう言った。
「詰めの甘さでしょうね」

 詰めの甘さ――。
 ふりかえれば、この試合はいくつもそういう場面があった。
 3回の攻撃では、一死三塁で打者・岸本の場面で三塁走者がスタートしたが、打者は打つサインミスがあった。ファウルとなり、直後に岸本が安打を放ったために事なきを得たが、貴重な三塁走者を無駄死にさせる可能性があった。
6回の守りでは、足をひきずっていたセンターの本田竜悟をそのまま守備につかせた。先頭打者の久保田昌也の右中間へのフライに追いつけず三塁打にすると、直後にセンターを交代した。続く無死三塁では、1点をリードしているうえ、打者はプロ注目の強打者・高橋大樹。1点はしかたない場面に思われたが、前進守備でサードの横を鋭く破られた。
 そして、8回。無死二、三塁の守りでは2点リードしているにもかかわらず、前進守備を敷いた。
「中間守備より少し前。ノーアウトだし、三塁ランナーは無理しないだろうと。ワンナウトになれば、もっと前にしようと思いました」
 佐藤監督はそう言ったが、内野手が守っていたのは一般的な前進守備の位置。二塁走者が同点の走者であることを考えると、ケアするべきは後ろの走者。無死二塁のつもりで守っていい場面だ。前に守っているため、二塁走者にけん制を入れることはできず、リードは取られ放題。ワンヒットで完全に同点なってしまう守備隊形だった。セカンドの鈴木裕司は言う。
「(投手の)テンポも速くて、けん制のサインを出す余裕もなかった。(2本安打が続き)いい感じにとらえられていて、自分のところに来たら、前に落とそうということしか考えられませんでした」
 この場面は平安のまずい攻めに助けられたが、まだ2点リードしているのに、点を取られたらサヨナラ負けをしてしまう場面かのような余裕のなさだった。
 9回は二死から四死球で一、二塁の好機を作るが、二塁走者の鈴木がけん制でタッチアウト。相手に勢いを与える終わり方にしてしまった。
「サードコーチャーから『もっと出れる』という声が聞こえたので。(リード幅は)いつもより大きかったです」(鈴木)
 2点リードしている状況。たとえ点が取れなくても、相手が「なんとかしのいだ」という心境にさせる終わり方をするだけで、流れは失わずにすむ。いつもより大きなリードを取る必要はなかった。
その裏は同点に追いつかれた直後の二死一塁で、相手が代走を出してきたにもかかわらず、けん制もせず、初球に緩い変化球を選択。難なく盗塁を許した。後続を断って事なきをえたが、不用意と言わざるをえない。
 10回には二死二塁と一塁があいている場面で、3安打2本塁打されている井澤と勝負を選択。敬遠策を予想したスタンドからも「まさか、勝負!?」とどよめきが起こった。暴投で三塁進塁を許すなどカウント3―2までいったが、最後まで勝負は変わらなかった。黒川竜が気迫の投球で三振を奪ったが、確率からいえば、この試合でそこまで4打数1安打、京都大会でも打率2割5分9厘の次打者・梅田響と勝負する方が賢明だった。ちなみに、記者からこの場面のことを問われた佐藤監督は「覚えてないです」と答えている。明確な意図があって井澤勝負を選んだとはいえないだろう。


 そして、勝負の決まった11回。先頭打者の梅田の打球は浅い守備位置だったレフトの頭上を越える二塁打になった。レフトを守っていたのは、投手の官野。中学時代は外野だったとはいえ、全体練習で外野守備の練習もしておらず、「しばらく守っていない」(佐藤監督)という状況。長打だけは避けなければいけない場面だけに、ポジショニングの確認は絶対だったが、浅めの守備位置が命取りになった。
「浅いかな、と思ったんですけど、大丈夫かなと。(ポジショニングは)普段はベンチかショートが指示することになっているんですけど、できていなかった。後悔しています」(セカンド・鈴木)
「キャッチャーが確認することになっているんですけど、徹底できていなかった」(佐藤監督)
 四球とバント安打で一死満塁となると、サヨナラの場面にもかかわらず、二遊間はセカンド併殺の中間守備。2点勝っている場面では前に守り、1点取られたら負けの場面で後ろに守る不可解さだった。
「(前に出て)間を抜かれるのが嫌だったんです。それが目に浮かんだので。フォースプレーですし、二遊間はゲッツー。ファーストとサードはホームです。高いバウンドなどでゲッツーが無理ならバックホーム。セカンドとショートは肩はいいので」(佐藤監督)
 だが、1点取られたら終わりの場面。三塁走者もゴロで猛烈に突っ込んでくる。リスクを背負って前に守る勇気がなければ、本塁で刺せない打球もある。ここは“守備で攻める”場面だった。

 佐藤監督が就任した1989年7月以降だけでも、鈴木貴志(元ロッテ)、武隈祥太(西武)ら好投手を生んでいる旭川工。最近3回の出場は、いずれも完封負け(96年0対4PL学園、2002年0対10福井、05年0対6済美)。打撃が課題だったが、積極策も当たり、10安打8得点と意地を見せた。
 だが、走塁、守備隊形、ポジショニング、どの打者で勝負するのか……。指示の不徹底や決断を含め、勝負を決めたのは、まさに「詰めの甘さ」。龍谷大平安が拙攻をくり返していただけに、なおさら悔やまれる。
「(勝利目前に迫り)甲子園で勝つ気分は味わえました」と報道陣を笑わせた佐藤監督だったが、半分以上、手をかけていた勝利をみすみす逃してしまった。
 甲子園5連敗――。
 投げる、打つという部分以外の細かい部分。カバーリングを含めた目に見えない小さなこと。そこを詰めていかない限り、聖地での勝利はやってこない。

(文=田尻 賢誉)


個人の力で帳消し そして勝利へ

まさに個人の力にベンチのミスを帳消しにして、そして勝利をもぎ取った試合だった。2年連続出場の龍谷大平安と7年ぶり出場の旭川工業。

この試合の注目は龍谷大平安高橋大樹だ。今大会NO.1スラッガーとして注目され、昨年の甲子園で大きなアーチを描いた。今年の高校生ではドラフト上位候補に入る逸材で、甲子園の活躍ぶりによっては評価が高騰しそうだ。それだけ右の長距離打者は希少価値があるからだ。

第1打席は2球目のカーブを引き付けて右前安打。踏み込んだ足元がぶれずに右手で強いしこんで、流したではなく、右へ引っ張ったような鋭い打球だ。あの打球速度はまさに本物で、やはり彼は今年の高校生を代表するスラッガーだ。

龍谷大平安は2回裏に1点を加え、2対0としたが、3回表、旭川工は8番菅家 祐太(3年)の右中間を破る三塁打で1点を返し、1番岸本 太志(3年)の中前安打で同点。5回表に2点を勝ち越し、5回表には松橋のスクイズ。岸本の中前適時打で1点を追加し、4対2。2点のビハインド。

5回裏、龍谷大平安は2番梅田響の中前適時打で1点差。6回裏、無死三塁のチャンスを作り、絶好の場面で高橋に打席が回ってきた。そしてスライダーを引っ張り、前進守備を敷いていた内野手の間を抜けて、左前適時打で同点に追いつく。


しかし7回表、一死満塁のピンチを迎えて、エース田村が降板。竹本が登板するが、押し出し四球。打者一人で竹本が交代し、杉本。2本の適時打を浴びて、合計4失点。8対4と旭川工が大きくリードする。この7回の継投劇はバタバタしているように見えた。一死満塁の場面からリリーフで投げる投手はプロ野球でも並み外れた精神力、球威、変化球を投げられる投手ではなければ、凌ぐのは難しい。しかし高校野球でそれを望むのは酷。
継投するならば頭からは交代していれば、余計な傷口を広げずに終わったと考えられる。

7回裏、井沢凌一朗の2本目となる2ランで8対6の2点差へ。二死一塁となって再び高橋大樹に打席が回ってきた。今度は右のアンダースローの太田。スライダーを引っかけたが、ショート内野安打。タイムは4.25秒。右打者でこのタイムはかなりの俊足だ。しかし後続が続かずアウト。

8回裏、無死二、三塁のチャンスを作り、8番平城がスクイズを仕掛けるが、タッチアウト。一死一、三塁となってダブルスチール。しかし一塁走者の盗塁死で二死三塁となり、杉本がセンターフライに倒れタッチアウト。大きなミスであった。この場面はここまで2本塁打を打っている井沢を前にランナーを溜められるかが焦点であった。龍谷大平安は井沢を前に1点差ないし同点に追いつく考えであったと思ったが、余計な仕掛けをして、0点に終わったという大きなミスであった。普通はこんなミスをしたら、試合を落としてしまう痛いミスだ。

9回裏、二死から久保田が四球で出塁。そして高橋の第5打席。誰もが同点ホームランを願う場面だが、高橋はそんなことは頭になかった。ストレートを鮮やかに右前安打。後続の打者に望みをつなぐのだ。パスボールで二死二、三塁となって有田 浩之(2年)が右前適時打で2点を返して、同点に追いつく。

11回裏、無死から2番梅田響(3年)のレフトの頭を超える二塁打で、無死二塁のチャンス。3番久保田が歩いて、無死1,2里で高橋大樹の6打席目。初球を打ってレフトフライ。しかしセカンドランナーはハーフウェイだったため、タッチアップを切れなかった。その後、一死満塁となって嶋田侑人(2年)サヨナラ安打で龍谷大平安が9年ぶりの勝利をあげた。

まさに個人の力がミスを帳消しにして勝利をもぎ取った試合。それだけ龍谷大平安の選手の能力、意識の高さが素晴らしかった。特に4番の高橋 大樹は6回の同点打。そして9回には後続の打者に同点を託し、右打ち。状況判断が長けた打撃が出来る4番を打っていることのは相手からすればとても厄介。次の試合も高橋 大樹の一投一打が見離せそうにない。

(文=河嶋宗一)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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