天理vs宮崎工
天理、復活へ大きな一勝
いつもとは違った指揮官の受け答えがこの勝利の意味を物語っていた。
天理が2年ぶりの甲子園で初戦を突破。2度全国制覇の名将・橋本武徳監督にして「初勝利のような気分」と昂る感情をおさえることができていなかった。
だが、本人の真意はともかく、この名将の采配で勝利した試合といっていい。
宮崎工のエース長友のピッチングに打ちあぐんだ序盤は、完全に相手ペースで試合が進んだ。長友のストレートが切れ、カーブ、スライダー、チェンジアップに惑わされ、天理打線はとらえないでいた。
橋本監督は言う。
「相手の投手が良い球を投げていました。先頭の早田の遊撃ゴロを相手が上手くさばいたのを見た時、これは相手が鍛えられているなと、簡単にはいかないなと思った」
3回まで9人で完全に封じられた。4回裏に2番・東原の左翼二塁打で好機をつかんだが、1死二塁から3番・綿世が右翼前安打のあと、走塁ミスがあり、東原は本塁で憤死。5回裏には二死・2、3塁の好機をつかみながら、9番・船曳は三振で倒れていた。
「こちらにもミスがあったし、5回の攻撃が三振で終わったというのは、大きな流れを止めてしまった。あそこでつないでいくと一気にいけるのですが、そうはいかなかった。」
逆に6回表、宮崎工に先制を許す。
3安打を集められての失点だった。
だが、この直後、橋本監督の采配がさえる。
6回裏、無死1塁から1番・早田が右翼前安打で出塁すると、2番・東原のところでバスターエンドラン。初球にバントを試みたところ、相手守備の無警戒さを感じ取り、強攻策に切り替えた。打球は遊撃ゴロだったが、準備のできていない相手遊撃手はこれを抑えることができず、無死、1、3塁。さらに、3番・綿世のところで、東原が二盗を決めて、2、3塁とすると、綿世は一塁への内野安打。相手守備の悪送球が重なり、2者が生還。試合をひっくり返した。
じっくり攻めて1点を返すのではなく、攻撃的な策に出て2点を奪いに行った。
相手の守備に助けられた部分もあるが、積極的に動いて試合をひっくり返したのだ。
しかし、7回裏は、一転して逆の作戦だった。
無死から7番・木村が右翼線への二塁打で出塁すると、8番・山本が犠打を決めて、1死・3塁。9番・船曳のところで、初球スクイズ。手堅い策で1点を加えたのである。
「天理は強攻してくるイメージだった。まさか、スクイズをしてくるとは思わなかった」と宮崎工のエース・長友は完全に虚を突かれたと振り返った。
橋本監督の采配を数試合、見てきたが、あまりバントを好む指揮官ではない。
「(バントは)場面によっては、守っている方が楽になる場合がある。2度目の優勝の時に、沖縄水産はワンアウトでもバントを使ってきた。あれは、非常に助かったんですよ」と以前に話していた事がある。
エンドランで流れを変え、逆転するとスクイズを決めた。
場面によってスタンスを変える、橋本監督の見事な采配だった。
もっとも、それらの作戦は突如、思いついたわけではない。
たとえば、6回裏の東原のバスターエンドラン。
東原からしてみれば「送りバントかなとも思ったんですけど、橋本監督は、よく作戦を切りかえるので、バスターエンドランもあるかなと思った。サインを出た時は、強いゴロを転がすことだけを考えた」という。
あるいはスクイズの場面。
橋本監督は、船曳がネクストバッターサークルにいる時に、作戦を伝達している。
「この試合ではあの1点が大きいと思った。(スクイズを決めた)船曳はその前の打席は三振やったしね。ネクストにいる時に、『お前は初球スクイズや』っていうておいた」と橋本監督。船曳にしても「実際は、監督にアドバイスを求めにいったんですけど、スクイズやって言われたんです。あらかじめ言われたので、しっかりバントを決めるだけだったんで、準備はしやすかった」と話している。
準備されての強攻、あるいは、手堅い策だった。
3-1の勝利。
橋本監督は「全員の勝利」と口元を緩めなかったが、いつも以上に雄弁な語り口は、指揮官自身の采配への手ごたえがあったからだろう。
天理にとっては大きな1勝だった。
というのも、03年からほぼ毎年のように甲子園に姿を見せながらも、ベスト8以上は春2回、夏1回。強豪校の名は、いつしか、初優勝する以前のように「勝負弱さ」の印象がついてしまっていたからだ。
力がありながら、甲子園に来ると指揮官、選手とも消極的なプレーに終始する。近年は、全国で良い思い出がなかった。その上、昨夏は不祥事が発覚し、出場辞退。
再起をかけた今年の春のセンバツも、1回戦で大会を後にしていた。監督が交代しても、変わることのない成績に、いつしか天理への期待は、県内でも薄れていたのだ。
いわば、この夏、天理は甲子園で勝ち続けるしかなかった。
この日の試合、天理ナインは堅かった。それは「初戦で負けられない」と臨んでいたこらこそ、堅さにつながっていたからだろう。木田コーチは言う。
「正直、ホッとしましたね。ここでまた負けたら、何を言われるか…。今日は、ホント、選手は堅かったっすよ。負けられへんと言うのはありましたし。次からですね。次、力を出して勢いに乗って、行きたいですね」
呪縛のなか、指揮官の采配でつかんだ初戦突破。
ここから、天理は生まれ変わることはできるか。
(文=氏原英明)