試合レポート

浦添商vs愛工大名電

2012.08.10

敗戦からの始まり

目標は、日本一ではなかった。
センバツが終わり、チーム状態がよくないときに愛工大名電の選手たちは揃ってこんな言葉を漏らした。
「僕ら、夏に甲子園行けますかね?」
センバツ8強で満足したのでは、と問うと、みな一様にこう言った。
「もう一度、甲子園に行きたいんです。光星学院とやりたいんです」

秋の明治神宮大会決勝
では7回表まで3点リードしながら5対6、春のセンバツ準々決勝では同点の8回裏に3点を奪われ2対5で連敗。いずれも審判の微妙な判定に泣かされたが、それよりも同じ相手に二度負けたことが許せなかった。「甲子園で光星とやる」。この想いだけで、夏までを過ごし、甲子園切符をもぎ取った。その証拠に、愛知大会で優勝したとき、エース・濱田達郎はこう言っていた。
「1回戦で光星とやりたいです。光星に勝てれば、2回戦で大阪桐蔭とやって負けてもいいです」
打倒・光星――。
これこそが、彼らのモチベーションだった。

 ところが、抽選会の結果、組み合わせは光星学院と離れた。最短でも準々決勝まで勝ち進まないと対戦は実現しない。しかも、光星の試合は名電の試合の2日後。しばらくは当たらないにしても、光星ナインのプレーぶりを見て、気持ちのスイッチを入れるということもできなかった。
目の前や近くに目標のある彼らは強いが、最大の“獲物”はまだ見えない。気合モードで浦添商戦に入ることができなかった。初回、2回とあっさりと三者凡退で終わってしまったのは、それが理由だろう。何となく試合に入ってしまったところで、2回、濱田が先頭の宮里泰悠に右中間最深部に本塁打を打たれる。夏は不調だったとはいえ、右打者に右中間に放り込まれる濱田は誰も見たことがない。ここから、流れがおかしくなった。


 一死一塁から照屋光はサード前のボテボテの当たり。「ファウルになるかもしれなかったので、捕る前に迷った」という中野良紀が間に合わない一塁に送球。普通の送球だったが、これをファーストの鳥居丈寛が後逸して、一塁走者の三塁進塁を許した。
「みんな硬かったと思います。あのときは、アウトかセーフかぎりぎりだったので、伸びたら沈みすぎてしまいました」(鳥居)
余計な進塁を許したのが仇となり、直後にセーフティースクイズを決められた。

3回は一死二塁からショートゴロを佐藤大将がはじき、続く宮里の当たり損ないの打球を濱田が逸らした。二死満塁までこぎつけるが、六番の呉屋良拓に初球、甘く入ったスライダーを右中間フェンス直撃の三塁打にされ、走者一掃。3回でまさかの5失点を喫した。
「(第1打席でストレートをセンター前安打されていて)まっすぐに合ってたので、スライダーで緩急をつけてと思いました。肩口から入ってしまった。自分がもっと低めに構えていれば……」(捕手・中村雄太朗
中村の言う通り、球種の選択は間違いではない。だが、中村はストライクゾーンの厳しいコースに構えた。相手打者はチャンスで積極的にくる場面。ボールから入るぐらいの余裕が必要だった。
「エラーをしないチームが3つもエラーして、守ってても、『こいつら、大丈夫かな?』と思うぐらいでした。みんな硬かったですね」(中村)

4回に松井悠樹のタイムリーなどで2点、6回に鳥居の二塁打と押し出しで2点を返し1点差と迫り、迎えた7回。またしても“らしくない”プレーが出た。
先頭の八番・喜瀬由希にカウント0-2と追い込みながら四球。ファウルも完全に振り遅れ、打つ確率が低い下位打者を歩かせてしまった。続く内間滝介のプッシュバントに追いつけず、内野安打にして無死一、二塁。相手のバントミスなどで二死二塁にしたが、二番の大城利修にライト前に落ちる安打を打たれ、手痛い追加点を許した。

1点差で終盤の3イニング。次の1点が勝負を決める場面だ。大城利の打球はフラフラと上がったフライだった。ライト・松岡大介は近くまで来ていたが、無理をせずワンバウンドで捕球した。
「前の打球をスライディングキャッチする練習はしていました。捕らないといけない場面というのもわかっていました。ダイビングするか迷ったんですけど、地面とボールの距離からして、飛べるタイミングじゃなかったです。ショーバンでそらしてランナー(打者走者)を二塁にやるのも嫌だったし、(カバーの)センターも離れていた。80パーセントぐらいショーバンのタイミングだと思ったので、ダイビングはしませんでした」(松岡)
センバツでは、光星学院との試合の8回二死二、三塁の場面でセンターの松原史弥がライナー性の打球にダイビングするが届かず、ランニング本塁打にしている。二の舞は避けたいという思いもあった。


 だが――。
やはり、この6点目は重くのしかかった。8、9回とも走者を一人出すが、浦添商をあわてさせることはできなかった。
思えば、光星との試合以外、このチームは流れが悪くなりそうな場面で必ず流れを取り戻すことをやってきた。秋の東海大会準々決勝の菰野戦では、1対1で迎えた8回無死一塁から松岡がバントを失敗して併殺。二死無走者となり、嫌なムードになりかけたが、そこで鳥居が本塁打。センバツでも初戦の宮崎西戦で相手のスローボールに手こずり、序盤は1対0と苦戦。4回にようやく無死満塁の好機を築くも、セーフティースクイズ失敗などで二死満塁となり、好機と流れを逃しそうなところで中村がタイムリーを放った。夏の愛知大会では愛産大工との準々決勝で2対1とリードした9回二死満塁でセカンド後方の詰まった打球をセカンドの木村斗史稀がジャンプ一番で捕球し、九死に一生を得た。決勝東邦戦では、0対2とリードされた最終回に先頭の中野が安打。さらに佐藤がエンドランと盗塁を決め、無死二、三塁としたことで相手の2つの暴投を呼んだ。
苦しい場面で、ことごとく何かをやってのける、“持っている”チームだった。

だが、この日はそういうプレーがなかった。終盤、唯一、そのチャンスがあったとすれば、7回のライト前の当たりに飛び込んで捕るしかなかっただろう。だが、それができなかった。
もちろん、松岡を責めることはできない。センバツの松原の例があるからなおさらだ。それよりも、やはり悔やむべきは3つの失策。ミスで相手に“やってしまった”点は、やはり返ってこなかった。

「光星とやるために、何としても甲子園へ行く」と必死になっていた夏の大会前。そして、愛知大会。彼らは、普段とは違う目をしていた。甲子園しか、光星学院しか見えていなかった。
それが、浦添商戦の序盤には感じられなかった。ふわふわと試合に入ってしまったように見えた。それだけが惜しまれる。最後の夏が終わった3年生も、泣き崩れるような選手はいなかった。それは、やはり悔いを残してしまったから。やりきって終われなかったから。
愛工大名電光星学院――。
彼らだけでなく、第三者としても、もう一度見たかった。あまりにも早い、名電の夏の終わりだった。

(文=田尻賢誉)


濱田にほしかった緩急の「急」の部分

 優勝候補の一角、愛工大名電が1回戦で敗退した。これで90年以降、夏の甲子園大会(選手権)には7回出場して、すべて初戦で敗退したことになる(倉野光生監督は97年9月から監督に就任している)。この間、春の選抜大会には2度決勝まで進出し、05年には優勝もしている。それにくらべ、夏の低迷は目を覆うばかりだ。
 春はどこも新チームになって日が浅く、実戦経験が乏しい。そういう中にあって愛工大名電は、攻撃面ではバントと全力疾走の徹底で相手ディフェンス陣を撹乱する戦法で勝ち上がってきた。しかし、実戦を積んだ夏になるとその戦法が絶対でなくなる。
 たとえばこの浦添商戦、ノーアウト一塁の5回と8回に送りバントを試みているが、いずれも二塁で封殺されている。実戦を積み、シートノックなどの練習を重ねることによってバント処理の判断がよくなり、愛工大名電の戦法が脅威でなくなっているのだ。
 全力疾走に話を移すと、私が全力疾走と判断するのは「一塁到達4.3秒未満、二塁到達8.3秒未満、三塁到達12.3秒未満」という数字。愛工大名電は「偉大なる同校のOB」イチロー(ヤンキース)がまさにこの各塁到達でヒットを量産したように、手を抜かず、足を緩めず塁間を疾走し、相手ディフェンス陣を撹乱してきた。

 ところが浦添商戦、愛工大名電各打者は走らなかった。各塁到達で全力疾走の基準タイムをクリアしたのはわずか2人(2回)。たとえば、1番木村斗史稀は好打と俊足でチームを支えてきた1人だが、4対5で迎えた7回表、先頭打者として二塁ゴロを打ったときの一塁到達タイムは5.55秒という遅さだった。
 足にスランプはない、とよく言われるが、足にもスランプがある。それを好打・強打で補えるチームが夏を勝ち抜くということだろう。愛工大名電にはバントと走塁以外の、好打・強打の波状攻撃で相手を圧倒するという攻撃精神を持ってほしいと思った。


 先発の濱田達郎(左投左打・183/88)は言わずと知れた愛工大名電のエースで、大谷翔平花巻東)、藤浪晋太郎大阪桐蔭)とともに“ビッグ3”と言われる本格派だが、この日のピッチングからはビッグ3の片鱗が見られなかった。甲子園のスピードガンに「140キロ」が表示されたのはわずか1球だけ。あとのストレートはすべて130キロ台だった。
 振り返れば、濱田が140キロ台中盤を記録していたのは昨年秋まで。選抜では140キロ超えはほんの数球、あったかなかったか、という程度である。そして今夏の愛知大会では速球派の復活という声も聞かれたが、多くの試合ではならし運転のような力の抜け具合で、春と変わりがなかった。
 投手の価値はストレートだけではない。一番重要なのはコントロールで、とくに変化球を自在に操るコントロールは投手の生命線と言ってもいい。しかし、プロ野球まで視野に入れれば、せめて高校時代まではストレートに価値を見出す精神がほしいし、実際、高校時代からバリバリの技巧派だったというプロ野球選手は少ない。

 浦添商戦の濱田に話を戻すと、2回、4番宮里泰悠に打たれたホームランは135キロのストレート、呉屋良拓に打たれた中前打は138キロのストレートだった。このあたりからストレートは厳しいと思ったのではないか。半面、変化球にタイミングが合っていないこともあり、5回からは若いカウントでもカーブ、スライダーを多投した。それは功を奏したのだが、「急」があってこそ「緩」が生きるのは道理。しかし、この日の濱田からは「緩急」の意識が感じられなかった。

 4対5で迎えた7回裏、二死二塁で打席に立つ2番大城利修に対し、濱田は1、2球続けて110キロ台前半の変化球を投じ、2球目を中前に弾き返された。無死一、二塁だったのを二塁けん制でアウトにし、さらに1番東江京介を一塁ゴロに打ち取ったあとの失点だけに、精神的にもダメージが残ってしまった。
 愛工大名電側からレポートを書いたが、浦添商から見れば沖縄野球の集中打が勝敗を決したと言ってもいい。チャンスを迎えたときの選手とスタンドが一体になった“イケイケ”のムード・勢いは健在。今や沖縄野球は甲子園大会に書くことのできないものの1つになった。

(文=小関順二)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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