試合レポート

立正大淞南vs盛岡大附

2012.08.09

強打とひきかえに失ったもの

甲子園は、人を変える。
初回、盛岡大付は“いつも通り”の攻撃を見せた。先頭の千田新平が変化球を打ってファーストゴロに倒れると、ベンチ内ではすぐに「狙い球を絞っていけ」と声が飛ぶ。二番の望月直也がストレートを打ってレフト前安打で出塁すると、二死二塁からは四番の二橋大地もストレートを叩き、右中間をライナーで破る二塁打で先制した。2本の安打と鋭い打球は、盛岡大付打線爆発の予感を抱かせるのに十分だった。

 盛岡大付といえば、昨秋まで細かい野球が持ち味だった。
守備からリズムを作り、攻撃では最短距離でバットを出して、小技を絡めながら、少ないチャンスをものにしていく。力で圧倒するというよりは、しのいで、しのいで、接戦をものにするのがスタイルだった。

ところが、その野球では絶対に勝てない相手が岩手県内にいた。全力疾走やカバーリングに加え、バントや足を使った攻撃を得意にする花巻東だ。公式戦で7連敗。同じようなスタイルでは、独特の雰囲気を持つ花巻東に比べて盛岡大付の個性は薄い。毎試合接戦は演じるものの、最後に押し切られる負け方が続いた。

昨秋は大谷翔平が故障で登板できない花巻東に2対5で敗戦。これで関口清治監督は肚を決めた。
花巻東と同じ野球をやっても勝てない。大谷を打たないと甲子園に行けない」
秋の大会後、東北福祉大の先輩である光星学院の金沢成奉総監督のもとを訪れ、打撃の教えを請うた。


トップから最短距離でバットを出す関口監督の理論と、金沢総監督の理論は正反対。金沢総監督はバットが多少遠回りしても、振り幅の距離をとることでボールに力を伝えるという考え方。遠回りする分は、始動を早めにすることで補う。軸足にしっかりと体重を乗せて「さぁ、いらっしゃい」と打つ姿勢を作って待ち、投球の軌道ラインにバットを入れる。点ではなく、線でとらえることで、変化球でタイミングを狂わされても拾えるようになる。中日の和田一浩のイメージだ。
「まずは自分の考え方を180度変えるところからスタートしました」(関口監督)
光星学院のある八戸まで数回足を運び基本から勉強した。冬になると、毎週一回、金沢総監督が打撃コーチとして盛岡を訪れるようになった。

フォームを固めるためのティー打撃から始まり、段階を経て、最後は光星学院同様、14メートルの近距離から打撃投手がミックスで投げる球を打ち込むようになった。室内練習場がないため、雪の上で、来る日も来る日も打撃練習をくりかえした。

ひと冬越えると、見違えるような成果が出た。練習試合が解禁されるや、選手たちは本塁打を量産。少しでも投手の格が落ちると、抑えることはできない。関口監督自身、「14試合で37発出ました」と目を丸くしていた。

春の大会では岩手大会の準決勝で花巻東に5対1と勝利。東北大会でも10対9の乱打戦を制した。“花東コンプレックス”は消え去り、むしろ、2試合とも登板しなかった大谷に「出てこいや」と言えるまで劇的に変貌した。

夏の岩手大会では初戦で専大北上を8対1で圧倒すると、準決勝までの4試合はすべてコールド勝ち。決勝では準決勝で160キロを記録した大谷に対し、二橋の本塁打など9安打3長打を浴びせて5得点。150キロ台の速球でも、高めに来れば逃さない。ひと冬かけて磨いたフルスイングで大谷を攻略した。
「甲子園の打席でもフルスイングさせたい」
関口監督の言葉に応えるように、立正大淞南戦の初回は順調にすべり出した。3回に佐藤廉が左中間最深部に鋭い打球を飛ばしたあたりまでは、まだ爆発の予感があった。


 ところが、徐々に雲行きがおかしくなる。
初回に右中間へ打った二橋が引っ張り始め、3打席目のセカンドゴロまではいつも通りに見えた佐藤も強引さが見えるようになった。変化球で2打席凡退した後、ストレート一本に絞って修正した千田、2安打の望月、センターから逆方向に3安打した小船友大らいつも通りの打撃ができた選手もいたが、立正大淞南の左腕エース・山下真史のややシュート回転するストレートは強引な打撃ではとらえきれない。散発で安打は出るが、打ち崩すまでにはいたらなかった。
「打つのは当然という考えで全員やっていました。自分で決めようという力みがあった。打たなければいけないという思いがありました」(佐藤)
「(初回に打って)もうひとつ打ってやろうと欲が出てしまったのがダメでした」(二橋)
 打てるという思い、自信があるうえに、舞台は甲子園。「いいところを見せてやろう」「甲子園で一発打ってやろう」という欲が、人を変えてしまう。いつもの自分を見失わせてしまう。序盤にいい感じで打てていたことが、逆に精神面に影響を及ぼしていた。

 そしてもうひとつ、打てるという自信がマイナスに働いたことがある。それは、走塁への意識だ。岩手大会準決勝の不来方戦では、こんなことがあった。2回二死一、二塁の場面。出口心海のサードフェアフライで二塁走者の高田哲平はゆっくり走り、三塁で止まっていたのだ。二死。落球すれば1点にもかかわらず、本塁まで走らない。一塁までの駆け抜けでも5秒台を記録する選手がいるなど、全力疾走を怠る選手が見られるようになった。打って勝てるようになったあまり、今までの盛岡大付なら徹底していたことがおろそかになっていた。
その意識が甲子園で出た。


 初回、先制二塁打を放った二橋は、センターが弾いたのを見て、三塁を狙いタッチアウトになった。その姿勢は悪いことではない。むしろ、褒められるべきことだが、その前の走塁がよくなかった。二塁打と決めつけていたため、二塁到達は9秒07。俊足の選手でなくても8秒6~8秒7台が平均的なタイム。二塁まで速く行く意識があれば、三塁を取れていた。

2回にはショート内野安打で出塁した藤田貴暉が、ショートの送球が逸れたのを見て二塁へ向かったが、カバーした捕手の送球でアウトになった。リニューアル以後、甲子園はファウルグラウンドが狭くなった。さらに、このときの送球はフェンスにうまくはね返り、すぐに捕手が追いついた。行けるタイミングではなかったが、藤田は「とっさに体が動いて行ってしまった。ファウルグラウンドが狭いので行く必要はなかった。カメラ席に入ればひとつ行けるという考えでいればよかった」。悪送球で本能的に行けると判断した藤田は仕方のない面もあるが、指示を出す一塁コーチャーの白石健人も「行けの指示をしました。(捕手のカバーは)見えていませんでした」。その後、小船に安打が出ただけに、惜しまれる走塁になってしまった。

 強打のチームに変貌した盛岡大付。
その成果が花巻東コンプレックスを打ち破り、甲子園出場を手繰り寄せたのは間違いない。だが、打てるようになったことで、甲子園で欲が出てしまった。打って点数を取れるようになったがゆえに、走塁面の意識は希薄になってしまった。大改革のため、練習時間のほとんどを打撃に費やした。そうでもしなければチームは変えられなかった。だが、それでもやはり、思うように打てないときの備え、走塁への意識がもう少し必要だった。

もちろん、その意識を持っていた選手もいる。12回にライト前安打を放った千田だ。ライトがジャッグルするのを見て、一気に二塁を奪う好走塁を見せた。足が速い、遅い、できる、できないは別にして、全員にこういう姿勢があれば……、
「打てるチームなので、そういうところ、ランナーが雑になっていたと思います」(千田)

春夏通算9度目の挑戦もまたも初戦のカベにはね返された盛岡大付。
「目の前にあったものをこぼしてしまったというのが正直なところです」(関口監督)
悲願の初勝利はいつの日になるのか――。
また、新たな挑戦が始まる。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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