試合レポート

東洋大姫路vs海星

2011.08.11

4年間培ってきた“準備の意識” エース降板の危機を救う

 カントクが、一番喜んでいた。

 8回裏、東洋大姫路の攻撃。1死一、二塁から6番の後藤田将矢がレフトスタンドへ3ラン本塁打。ベースを一周し、ベンチに戻ってきた後藤田に向かって、最後まで拍手を送っていたのが藤田明彦監督だった。

「私はあまり褒めるタイプの監督じゃないんですが……。今日は抱きしめたくなるぐらいの気持ちでした」

 厳しさが有名で、選手たちが「怖いです」と口を揃えるカントクが、なぜ普段とは違い喜びを表現したのか。その理由は、7回の攻撃にあった。
 1死からエースの原樹理が頭への死球を受ける。高校野球では頭に当たった場合、大事を取って臨時代走を送ることになっているため原はベンチへ。代わりに一塁へ走ったのが、前の打者の廣田智也だった。廣田は、7番の岩見克哉に変わって代打で出た選手。これが、その後に起きる“事件”のもとになる。9番の中河宏輝が右前打でつなぐと、終盤、どうしても追加点がほしい藤田監督は廣田に代走・家入琢を送った。


「(廣田は)代打一本の子なんです。出たら代走が出るのでいつも準備をさせている。パターンで代えてしまった」

 ところが、二塁走者は廣田であって廣田ではなかった。廣田は原の臨時代走。廣田を代えることは、原を代えることになる。勝負の場面を迎え、それが頭から抜けていた。

 「(三牧一雅)部長から『原が代わってしまいました』と言われて、『あっ……、えらいことや』と。(選手交代は)誰にも相談しないで決めるタイプ。あのときは(臨時代走というのが)頭から飛んでいました」

 近畿ナンバーワン右腕といわれる原は、兵庫県大会決勝で加古川北相手に延長15回を完投。翌日の再試合も1人で投げ切り2安打完封するほどの大黒柱。頭に死球を受けても本人は交代する気はなく、代走が送られた後もベンチ前でキャッチボールをしていた。
 そんなエースが降板せざるをえなくなってしまったうえに、点がほしかった好機に1、2番が凡退して無得点。相手に流れを渡してしまう要因を作ってしまった。

 「『悪い。助けてくれ』と選手たちに初めて頭を下げました」

 藤田監督は、選手たちに向かって手を合わせて謝罪。その後も右手で自分の太ももを何度も叩いて悔しがったが、どうしようもない。あとはナインの頑張りを祈るしかなかった。
 突然訪れたエース不在の緊急事態。だが、選手たちはたくましかった。兵庫大会で2回3分の2しか投げていない背番号15の岩谷力良が138㌔をマークする力投で8回表をゼロに抑えると、その裏、坪田元希妻鹿亮介の安打で築いた一、二塁の好機に、後藤田が大きな、大きな一発を放った。

「原に頼っていたチームが、(マウンドを)降りたことで何とかしようという雰囲気になった。あのイニングは気持ちがひとつになって、攻撃に乗り移った感じがしました」

 苦笑いでふりかえった藤田監督。ルールの確認、現状の確認という準備不足による大失態を選手に助けてもらうかたちになった。だが、実は、選手たちに植えつけてきた“準備の意識”こそが4年間夏の甲子園から遠ざかっていた名門を甲子園に導いた要因でもある。


 今年2月、低迷する母校の再建を託され5年ぶりに復帰した藤田監督。これまでと大きく変わったのが、試合前に準備に費やす時間だった。たとえば、予選で2試合目や3試合目の場合。以前は前の試合の6回が終了するとアップを始めていたが、3回終了時と3イニングも早くなった。塁間ダッシュを10本程度しか走らなかったが、50メートル、80メートル、100メートルの長いダッシュを合わせて30本程度も走るようにした。それまでは軽くやる程度だったストレッチも30分以上かけてやるようになった。

「アップからしっかりやって、試合の入りもしっかりやろうと言われています。前はスタートダッシュがよくなくて、初回に点を取られることが多かったんですが、それがなくなってきた。試合前の準備が不足していたんだと思います。身体を動かせていれば、四死球やエラーはないと思うので」(林)

 兵庫大会は再試合を含む8試合を戦ったが、初回に失点した試合はひとつもない。投手も野手も、誰が先発しても準備ができていた。
 守備面で大きく変わったことは、二遊間のバックアップ。捕手が投手へ返球する際、走者がいれば1球1球、後ろにカバーリングに入るのが普通だが、東洋大姫路の場合は、走者がいなくてもすべての球で投手の後ろへバックアップに走る。深めの守備位置をとっているときはかなりの距離をダッシュしなければならないが、それでもサボらず徹底するようになった。

「最初は『ランナーもいないのに、何でやろう?』と思いました。でも、ランナーがいないときもカバーを意識して常に動くことによって、集中力を保てる。今日も暑かったので、正直しんどいんです(苦笑)でも、練習試合からずっとやってきたので、体力もついたと思います」(二塁手・岩見)

 打撃面では、これまでは当たり前に使用していたエルボーガード、フットガードを使わないようになった。この日出場した野手は誰ひとりとしてどちらもつけていない。投手の原がフットガードをつけていただけだった。

 「『自打球は打ち方が悪いから当たるんだ』と。(使用することは)『自信のなさ、弱さを相手にアピールしているだけや』と言われています」(岩見)

 投手はケガ防止のために使用を許可されているが、野手は禁止。そのため、自打球が当たらないようなしっかりしたかたちのスイングを身につける練習、準備が求められる。「めっちゃ痛いです」と岩見が顔をしかめるように、自打球の痛さは全員がわかっているため、当然、打撃練習にも身が入る。弱みを見せないことで、自信を持って打席にも入れる。
 長崎海星戦では、4回に相手先発の牧瀬凌都が投球中に負傷降板。ショートから緊急リリーフした永江恭平の代わりばなの初球ストレートを増田隆治が右中間に二塁打して先制のきっかけを作った。

 「ピッチャーが変わったときは緊張していて、ストレートでストライクを取りにくることが多い。それを狙って打てといつも言われているので、増田さんも打ったんだと思います」(林)

 打席での準備が意識できているからこそ、積極的な打撃もできる。とにかく野球は準備が大事。場面ごとに何を準備するか、何をする必要があるかを確認できるか。緊急リリーフの岩谷は「いつも初回から準備しています」としっかりと肩を作っていた。
 ルールの確認、現状の確認という準備不足でピンチに陥った東洋大姫路。だが、勝った要因は普段からの準備の意識を高めてきたこと。「これだけベンチで冷や冷やしたのは初めてです」と冷や汗をかいた藤田監督を救ったのは、普段の準備。準備、確認を怠ると、とんでもないことになる。一方で、それを徹底していれば、失敗しても被害を最小限で止められる可能性が高くなる。準備、確認の大切さ、試合を占める割合の大きさをあらためて意識させられた試合だった。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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