能代商vs神村学園
『打つ、投げる、気づく』能代商、リベンジの一勝
一瞬、目を疑った。
間違いかと思い、思わずスコアブックを確認してしまった。
能代商の4回の攻撃。
1点を返し、なおも1死三塁の場面で打者の小川宗太郎がカウント3ボールから打ちにいったのだ(スライダーを打ってファール)。結果的には3-1からの136㌔ストレートに詰まってセカンドゴロ。次打者の平川賢也も三振で1点止まりに終わったが、あのひと振りで意識が変わっているのを感じた。
2008年の常葉菊川あたりから変わり始め、近年の高校野球では3-0から打つことは珍しくなくなっている。とはいえ、これが当てはまるのは打撃に自信のあるチームに限られる。ほとんどのチームは待球だ。13年連続初戦敗退中の秋田勢に3ボールから振れるチームなどなかった。
なぜ、あの場面で「打て」を指示したのか。工藤明監督はこう説明した。
「次の1点が大事だと思いました。ゲームを支配できる点だと。バッターが冷静で信頼できる小川だったので打たせました。秋田の野球というのは、中学の軟式野球の影響もあって待球とか、消極的なんです。だから、とにかく積極的にならなければダメだと1年間ずっとやってきました」
秋田に中学の硬式チームが増えてきたのはここ数年のこと。東北地方で最も硬式チームが少ない県だ。点数が入りにくく、細かい野球にならざるをえない軟式野球出身者が多いため、なかなかバットを振っていけなかった。それが打席での消極的な姿勢になり、打てないという結果にもつながる。県内全体の問題になっていた。
夏の甲子園初戦13連敗は青森、山形と並ぶワーストタイ。新記録を目前にして、今年1月、秋田県教育委員会が「高校野球強化プロジェクト委員会」を立ち上げた。
09年夏優勝の中京大中京・大藤敏行前監督らをアドバイザーとして招き、アドバイスを受け、練習方法などを学ぶ。5月22日の第2回会合では、春の県大会準々決勝を見た視察団から、当然のように打撃力不足が問題にされた。
今春のセンバツに出場し、天理に完封負けを喫した大舘鳳鳴の斉藤広樹監督は言う。
「大藤さんからは『スイングスピードが遅すぎる』と。『もっと振り込まないとダメ。速い球を打てないと鋭い変化球を打つことにもつながらない。まずはフォームどうこうより数だよ』という話をしていただきました。中京の選手に教えるより、レベルを落として、やわらかく言っていただいたと思うんですが、『ストライクゾーンの球は全部振れなきゃダメ。積極的に振れて、初めてバッティングの話ができる。スイングが弱いから難しいストライクゾーンには手が出ないんだ』と」
そして、何よりもこれを肌で実感していたのが、工藤監督だった。
昨夏は鹿児島実に23安打を浴びて0対15で敗退。敗戦後のお立ち台では、「スイングの速さ、打球の速さが違った。保坂があんなに打たれるとは……」とぼう然としていた。長打は能代商が二塁打1本に対し、鹿児島実は二塁打4、三塁打3の合計7長打。スイングスピードとパワーの差は歴然としていた。
このままでは全国で勝てない。振る力をつけるため、新チームでは1・2㌔の竹バットでスイングをくり返した。
「全体練習で500~1000スイングはするんですけど、その後も自主練で1~2時間は打っていました」と話す小川は、その成果を秋田大会で披露。
準々決勝の大舘鳳鳴戦で満塁本塁打を記録した。昨年はチームで3安打しか打てなかったが、この日の神村学園戦では、2ケタの10安打を記録。
逆転した6回は吉野海人が初球、保坂が1-0、山田一貴が初球と全員がファーストストライクから打って3連打を記録した。振ってきた自信が積極性につながり、1年間の取り組みを結果で示した。
迷わずに振っていけるようになったのは、もちろんこれだけが理由ではない。
大きな理由は2つある。
ひとつは、狙い球を絞るようになったことだ。打てない打者の典型的な例は、積極的に振れず甘い球を見逃して追い込まれ、「あ~もったいない」という気持ちからボール球に手を出すこと。これをなくそうとした。
一番打者の泉幸太は初回、初球の外角高めの甘いスライダーを見逃した。「あれを振れないのか……」と思ったのもつかのま、3球目の外角高めのストレートをライト前にはじき返した。
「外のストレートなら打つと決めていました。狙った球だけ打とうと思っていました」
2打席目は「外一本で待っていて、裏をかかれた」と内角ストレートで見逃し三振に終わったが、それはそれでOK。振る力が上がったとはいえ、どの球も打てるレベルにまでは達していないからだ。
チーム10安打中、130㌔台後半(137㌔以上)の球を打ったのは2本だけ。それ以上のスピードになると振り遅れたり、詰まらされたりする場面が目立った。だが、これはある意味でしかたがない。秋田県内には140㌔台の速球を投げる投手がほとんどいないため、対戦経験がないからだ。
逆にいえば、決め打ちして、狙った球だけを思い切って振るしかないともいえる。
もうひとつは、工藤監督の指導方針。5対3とリードして迎えた8回に1死三塁のチャンスがあったが、小川に迷わず打たせた(三邪飛、次打者の平川も二飛で無得点)。終盤だけに、あと1点取れば大きく勝利に近づく。それでもスクイズはまったく頭になかった。
「以前から待球と消極的な姿勢を何とかしたいと思っていました。積極性を身につけるためにもスクイズはやりません。監督に就任して9年になりますが、公式戦でスクイズはしたことがありません(笑)初球から積極的に振ろうとやってきたので、それを変えたらダメだと思いました。選手が不安になりますから」
練習試合ではカウント3-0からでも振るように指示。ストライクを見逃すとペナルティーを課すこともある。勝ちが見えてきて、普段と違うことをやるのではなく、1年間やってきたことを貫いたことが勝利につながった。
そして、もちろん投手の保坂のがんばりも見逃すことはできない。
昨年は鹿児島実打線にめった打ちを食らって1回3分の2でKO。それが今年は同じ鹿児島代表でチーム打率・358を誇る神村学園打線を5安打3点に抑えた。ストレートは最速でも128㌔でほとんどが120㌔台前半。110㌔台も珍しくない。それでも抑えられたのは、とにかく球を低めに集めていたからだ。右打者の外角へのスクリューは110㌔台で球速差がなく、ストレートと思って打ちにいった打者が打たされる場面が目立った。
球速や球威がなくても、低めにさえ投げていれば長打の危険性は少ない。1年間で驚くほどの球速アップはなくても、昨年7本許した長打がゼロになったことが最大の成長の証。被安打5のうち、バント安打と内野安打が1本ずつ。クリーンヒットは3本しか許していない。「とにかく低めへ」の意識が投球に表れていた。
ちなみに、もうひとつ変わったのが、選手たちの野球以外の部分での気づき。
昨年の甲子園開会式では特に意識もなく半袖を着ていたが、今年は全員が長袖のアンダーシャツを着ていた。興南が急な発汗を抑えるための暑さ対策、日焼けによる疲労防止としてやっていたのを参考にした。秋田大会の開会式では、出場校中で唯一、大会会長や審判部長などのあいさつの際に脱帽。選手宣誓の際には着帽と使い分けていた。
「あいさつでは相手が帽子を脱いでいるので、自分たちも脱ぎます。選手宣誓では宣誓する人が帽子をかぶっているので、自分たちもかぶりました。選手間ミーティングで、自分たちで決めました」(畠山慎平)
ほんの些細なことかもしれない。だが、そういうことを自分たちで考え、行動に移せるようになったことが一番の成長。広い視野で見て、いろいろなことに気づけるようになったことも連敗ストップの要因になった。
打つ、投げる、気づく。
あらゆる面で全国との差を感じ、その差を埋める行動を実行してきた能代商。室内練習場に鹿児島実戦のスコアを貼り、悔しさを忘れなかったからこそ14年ぶりの勝利があった。甲子園に出るだけで喜んでいるようでは勝てない。甲子園で勝つための準備をしてきたからこその勝利だった。
(文=田尻賢誉)