聖光学院vs日南学園
聖光学院、“らしさ”なく一勝
よく勝った。
というより、よく負けなかった。
それほど、聖光学院は“らしさ”がなかった。
中でも、昨年の8強経験者のエース・歳内宏明がらしくなかった。
初回、1死一塁から日南学園がしかけた盗塁を捕手の福田瑛史が刺して2死無走者とするが、次の打者に二塁打を許す。2回には2者連続三振の後に死球。3回も2者連続三振の後に3連打を浴びた。リズムができそうなところで自らそれを止めてしまうため、流れを呼び込めない。それが守備にも及んだ。3本目の適時二塁打はレフトの守備範囲だったが、川合祥太朗が追い方を誤り捕球できなかった。
5回も2人を内野ゴロに打ち取った2死無走者から連打と暴投で失点。狂ったリズムは捕手にも影響し、6回は2者連続三振から2者連続打撃妨害と信じられない光景が続いた。9回も勝利まであと1人として迎えた2死一、三塁から最後の打者を三振に斬ったものの、振り逃げ(暴投)で同点。結果的に16三振を奪ったのはさすがだが、最後まで守備でリズムを作ることはできなかった。
歳内が抑えて勝つ――。
これが聖光学院の勝ちパターンだ。
実は、現チームになってリードを許したのは、この試合が初めてだった。
現在福島県で61連勝を誇る聖光学院は、秋、夏の県大会はすべて完勝(春の大会は中止)。
このチームで唯一の公式戦黒星となった昨秋の東北大会準々決勝の仙台育英戦は4対1とリードしたのを追いつかれ、4対4からサヨナラの本塁打を浴びての敗戦だった。
リードを許して試合を進めるということがなかったのだ。
そのせいか、攻撃でも焦りが見られた。
3回は1死二塁からセカンドライナーで二塁走者が飛び出して併殺。5回は1点を返しなおも1死三塁の好機だったが、2番の斎藤湧貴、3番の遠藤雅洋がともにボール球を振って三振に倒れた。6回1死二、三塁では中村星太の内野ゴロの間に本塁を狙った三塁走者の芳賀智哉のスタートが遅れて本塁憤死。7回1死一、三塁では福田のライトフライで三塁走者の遠藤雅が飛び出し(あわててリタッチに戻り犠飛)、本塁に還れないところだった。
8回には歳内がショートゴロで一塁に走った後の2死無走者で、1番の斉藤侑希が2球目から打って出た(ショートへのポテンヒットで出塁)。
昨年は履正社戦との試合の8回2死一塁の場面で8番の板倉皓太が、直前で死球を受けた捕手の星祐太郎のために「祐太郎はデッドボールを食らって痛そうだったので、治療の時間が必要だなと。時間を取りたかったので、すぐに打たず、2ストライクまで見て、粘っていこうと思いました」とあえて2ストライクまで打たなかった。周りが見え、仲間を思いやる気づきがある証拠だ。
斉藤侑もその先輩を見ているはずだが、歳内のことまで考えられない。余裕のなさが表れていた。
さらに、9回にはレフトフェンス直撃の二塁打を放った芳賀が「打球を見失いました。でも、手応えがあったので……」と本塁打と勘違いして一塁ベースを回ってガッツポーズをするおよそ聖光学院らしくない場面もあった。
チーム一丸となり、徹底力で戦うのが聖光学院の野球。スキを見せないことをテーマにするチーム目標からすると、内容は「課題だらけ」(横山博英部長)。
だが、それでも負けなかった。
それどころか、悪い試合展開にも「気持ちは責め続けていた。気持ちが引いてしまうことはまったくなかった」(芳賀)と負けそうな雰囲気がなかった。
それは、やるべきことをやってきたという自負があるから。
「日本一になるために、日本一にふさわしい人間になる」と私生活から日本一にふさわしい行動を目指してやってきたから。
7回無死一、二塁からの遠藤雅の適時打は深めに守っていたライトのはるか手前に詰まった打球が落ちたもの。芳賀の同点タイムリーはライナーをセカンドの谷口周平がはじいたもので、捕られていれば併殺だった。そして、福田のスクイズはフライになったものの野手が捕れず命拾い。直後の犠飛も、三塁走者の遠藤雅が飛び出していたため、ライトの草清優真がすぐに返球していれば(遅れたうえ、セカンドへワンバウンド送球)生還は不可能だった。
「準備不足でした。初球にいきなり飛んできたんで……。ピッチャーのこととか、いろいろ考えすぎて、バッターに集中できていなかった」(谷口)
「捕った体勢が悪くランナー(が遅れているの)は見えなかった」(草清)
どちらも、普段ならないようなミス。流れはなかったが、聖光学院にツキはあった。
では、なぜツキを呼び込めたのか。
それもやはり、自分たちがやってきたことに自信を持っていたから。最後には野球の神様が味方してくれる。そう思える準備をしてきたから。
たとえば、見た目、身なりに関しても、斎藤監督は常々、こんなことを言っている。
「帽子をいじる、まゆ毛をいじるっていうのは、今のヤツからすれば、ただの流行で済んじゃうと思うんだよね。『みんなやってますよ。何がおかしいんですか』って。でも、オレら古い人間からすっと、親からもらった自分の顔かたちに自信持てないのか。そういうもんじゃないだろうと。親に失礼だからいじるんじゃないというのがスタートになってくるんだけど、もっといえば、そういうふうにするしか自分の表現方法はないのか。虚勢張らないと野球できないのかって。そういうもので勝負をして、相手に威圧を与えようなんていうのは愚の骨頂。何で自分の内面からの光で勝負できないのかと。表面を変えれば変えるほど、内面からの光は消える。自分の本当の謙虚な気持ちを逆なでしてるようなもんだから光は出てこない。自分の与えられた姿、格好に感謝する。お母さんに感謝するならなおさら自分の風貌なんていじれるはずもない。虚勢じゃなくて人間の光、自分の光で勝負しようと思うことが絶対的に正しい。だからウチは3年生が野球終わってもそういういたずらしないよね。だから、そういうことをやっているチームは勝てない。どのレベルで勝てないかは別にして、勝つ資格がないという意味でね。そういうチームが優勝してもいいよ。でも、(こちら側からして)勝つ資格がないと思った時点で、(そのチームが)勝てないと思うのは自由だから。そういうプライドがあるよね」
相手チームにはこれに該当する選手がいた。だから、こういうチームには負けない。そう思えたのだ。監督も選手たちもインタビューの場では決して口に出さないが、それが聖光学院の教え。だから、ベンチも負けるムードにならなかった。
開会式では東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の東北3県の野球部員6人が「がんばろう! 日本」の横断幕を持って行進した。聖光学院をはじめ、花巻東(岩手)、古川工(宮城)の3校には、ひときわ大きく、あたたかい声援と拍手が送られた。特別な大会だからこそ、観客は自然と被災3県に“勝ってほしい”という雰囲気を作る。そんな見えない力も後押ししたような感じがした。
「県大会からずっと先制して勝ってきた。試合中は、『今日は逆転を課題として与えられたんだ』と選手に話していました。リードされるのも勉強、延長戦も勉強。延長まで経験させてもらって勝たせてもらってありがたい」(斎藤智也監督)
“らしさ”こそ出せなかったが、負けなかったことで、結果的にはいい勝ち方になった聖光学院。この経験を糧に、波に乗っていけるか。“らしさ”を取り戻すことができるか。
東北の悲願まで、あと5つ――。
(文=田尻賢誉)