専大玉名vs熊本工
舞台裏
専大玉名vs熊本工の決勝戦は、1対0という接戦を制し、専大玉名が悲願の甲子園を決めたのだが、その華々しい決勝戦の舞台裏ではこんなこともあった。
筆者が球場入りした7:20頃には、ちょうど熊本工ナインも自転車に乗って到着した時間帯であり、決勝戦を前にすでに報道陣のインタビューを受ける選手もちらほらみられた。そんな光景を横目に目覚めのコーヒーでも飲もうと自動販売機にお金を入れた。すると横から熊本工の江崎信仁がするりと現れた。
「こんにちは」(江崎)
「おー、ビックリしたやんか。こんにちは。決勝戦を前にどんな気持ち?」(筆者)
「実は今日、緊張しているんですよ。1年生の時にも経験しているんですけど、自分らが3年生(昨秋の新チーム結成以降)になってから決勝というのは初めてですから」(江崎)
2年前の決勝では、1年生ながら背番号20を着けてベンチ入りはしていた江崎だったが、新チーム結成以降、チームは昨秋の3回戦、今春の準々決勝と敗退しており、彼らにとってこの決勝戦はまさに今年一番の晴れ舞台となった。しかも甲子園を決める大一番なのだからどんな選手も意識しない方がおかしいくらいだ。
そんな会話の中で江崎が力強くこんなことを宣言してくれた。
「今日はヘッドスライディングやりますから見ていてください。チームに勢いをつけるためにやりますから」
そんなことに注目しつつ試合は始まった。
今大会の江崎が掲げたテーマは「ゴロを転がす」。そして宣言通り、左打者の江崎がヘッドスライディングするためにも逆方向への打球を転がしたいところだった。しかし、専大玉名の先発・江藤秀樹と7回途中からリリーフした園道工也は、大胆にどんどんインコースを攻めてくる。
そんな投球に差し込まれた江崎は、第一打席で一ゴロ、第二打席で一ゴロ、第三打席でこそ遊ゴロを放つもヘッドスライディングを見せるまでの機会はなかった。
そして迎えた9回の第四打席。この回の先頭打者として江崎が打席に向かった。
ゆったりと構え、1球見送ったあと、この場面でもインコースを攻められたが、江崎らしくシャープに振り抜き、二ゴロ。しかし、江崎はチームに勢いをつけようと本当に見事なヘッドスライディングをみせてくれたのだ。
アウトになったが、そんな江崎の気迫に仲間も応えた。江崎に続けと2番・増田凌也が死球を受けて、3番・宮端航平の送りバントで2死二塁と一打同点のチャンスを作った。
ここで4番・寺岡柊平が左前へ安打を放ち、増田が一気にホームを突くがタッチアウト。その瞬間、専大玉名の初優勝が決まった。
結果的に敗れはしたが、試合前の宣言通り、江崎のヘッドスライディングがチームに勢いを与えたことは間違いない。
「出し切った」
そんなことを自分に言い聞かせながら、泣きじゃくる仲間を慰め、敗れても涙一つ見せずに最後の最後まで毅然(きぜん)としていた江崎。本当に男気のあるやつだ。
そして熊本工のエース松木健がよく投げたことも忘れてはならない。林幸義監督を筆頭にチームメイトの誰もが「松木がよく頑張った」というように全6試合49回を一人で投げ抜きを失点4。今年4月にサイドハンドにフォームを変更し、苦しい時も同じ下宿の江崎たちと一緒に乗り越えてきただけに試合後は泣きじゃくった。負け続けたチームで、ひたすら熊本工のエースの座を守り続け、これだけの成長を遂げたのだから、なおさらだ。
泣きじゃくる松木に毅然とした江崎、その周りには次第と多くの報道陣が集まってきたので、筆者は球場の外に出ることにした。すると見たことのあるおばさんが、選手や首脳陣と握手をしながら声を掛けていた。
選手たちからは“熊工の母”と呼ばれる大石典子さんである。
大石さんは、試合前に必ず選手より先に球場にきて自転車でやってくる熊本工ナイン全員を励まし送りだす。そして試合が終われば、ダッグアウトからでてきたところで「お疲れさん、今日もよくやったね」と一人一人に思いを込めて激励するという熊本工の大ファンである。
思い起こせば、こんなこともあった。昨秋、地元開催であった九州大会でのことだ。
大会の補助係員として藤崎台に来ていた江崎と松木を見つけた。今でこそ有名人になった二人だが、当時は熊本工の野球部員だろうなというくらいに普通に他の部員と溶け込んでいた。そしてその横には大石さんがいた。
「江崎君はね~ビックリするくらい足が速くてね。松木君はね~コントロールがいいしね・・・この子たちはね、ほんと頑張り屋さんなのよ~夏には絶対やってくれるから」
そうやってずっと信じ続けてくれた“熊工の母”の前で江崎と松木は抱き合った。
「お前のせいではないぞ、おれらが打てなかったけん、ごめんな・・・」
その横で大石さんがうなずいている。なんとも言えない光景に筆者も目頭が熱くなった。
そして最後に江崎を“凄い”と言わせたのが、専大玉名の園道工也である。
「やっぱり園道君ですね。本調子ではないのにあれだけの気迫で・・もちろん、甲子園で頑張ってもらいたいですよ」
球場の外で待っている江崎のことを聞きつけ、取材を終えた園道がやってきた。
そして江崎がこういった。「万全の状態で甲子園へいけよ」と。
九州学院の山下翼から熊本工の江崎へ。その江崎から園道へ、藤崎台の舞台裏で繰り広げられた数々のヒーローたちの系譜は着実に継承されている。
そしてそれ以上の熊本の全高校球児が思いを託す、熊本代表・専大玉名。
きっと甲子園でもその思いをぶつけてくれるに違いない。
(文=編集部:アストロ)