花巻東vs盛岡三
花巻東を優勝に導いた、取り組む姿勢 + α
取り組む姿勢は、互角だった。
捕手が投手に返球する際に、セカンド、ショートが1球1球バックアップに入り、捕球姿勢までとる。内野ゴロを打てば、外野の芝生まで全力で駆け抜ける。外野フライでも、万が一の落球に備えて二塁まで走っていた。あいさつや身だしなみ、グランド整備のしかたも含め、盛岡三が花巻東にひけをとるところはなかった。
だが、やはりいかんともしがたい部分があった。
それは、能力の差。練習量の差。
公立対私立の対決でこういってしまえば元も子もないが、これが顕著に表れた。
この試合のキーマンになったのは花巻東・大谷翔平。大会前に左足を肉離れした影響で今大会ではわずか1試合1回3分の2のみの登板に終わったが、試合前ノックにも入らず、痛み止めを使用し、ライトで出場した。野手・大谷のビッグプレーが飛び出したのは3回。2死一、二塁で盛岡三の4番・佐藤心平の打球がライト前へ。やや深めの守備位置だったが、前進してゴロを捕球すると、まさに“矢のような”送球がダイレクトで捕手のミットに収まり、二塁走者の高橋拓雅はタッチアウト。球場をどよめかせる一投で先制点を許さなかった。
さらに、4回。盛岡三は先頭の神馬良典が右中間へ安打を放つ。だが、これまた深めの守備位置をとっていた大谷が回り込んで捕球すると、素早くセカンドへ好返球。神馬を一塁にとどめてみせた。
「(打球の)コース的には二塁に行けると思ったんですけど、前(の回)にあのバックホームを見ていたので行けませんでした」(神馬)
大谷は6回にもライト前ヒットをあわやライトゴロにしようかという送球を見せている。いずれも、投げれば150キロを記録する強肩ゆえのプレー。ライトが大谷でなければ、確実に完封はなかった。
「(足を痛めているが)上半身で投げれば大丈夫です。(バックホームは、二塁走者が)回ってくれたらラッキーぐらいの気持ちで投げました」(大谷)
初回に2死満塁を逃し、3回には併殺。4回にも2死一塁から二塁打で一気に本塁を狙った走者がアウトになるなど、序盤は拙攻をくりかえしていた花巻東。スタンドは盛岡三の応援団の方が多く、雰囲気が変わる可能性があっただけに、先制点を食い止めた大谷の肩は大きかった。
とはいえ、能力だけではないのが花巻東の野球だ。豊富な練習量を活かし、レベルの高いプレーを随所に見せた。驚かされたのがピックオフプレーの巧みさと細かさ。盛岡三戦では4回無死一塁の送りバントの場面で、こんなプレーを見せた。
投手は左腕の小原大樹。打者は右打者。小原は外角へボール球を投げる。そして、ファーストの杉田蓮人がチャージをかけ、セカンドの大澤永貴が一塁ベースカバー。打者が見逃したところで、捕手の佐々木隆貴が一塁へ送球する。
当たり前のように見えるが、これが細かい。
なぜなら、小原が投げるのがスクリューボールだからだ。
球の回転から、外角のスクリューは三塁側にバントをするのは困難。バントをしても、必ずファースト前に転がるようになっている。見逃したとしても、球の軌道から打者はバットを引くのが遅れがちになるため、走者の戻りを遅くすることができる。実に考えられたプレーだ。
「練習試合で試して、ミスをしたらどこが悪かったか、どれが正しいかを考え、自分たちで答えを出すようにしています」(大澤)
指導者が与えるのはヒントだけ。このケースでスクリューが有効だと答えを出すのは選手たちだ。だから、試合でも思ったように動くことができる。
準決勝の盛岡四戦ではこんなプレーも見せた。1対0とリードした4回1死二、三塁。
打者は7番の左打者。スクイズも考えられる場面だ。花巻東内野陣は1点もやらない前進守備。
だが、これもエサまきだった。初球、投手が投げると同時にサードがダッシュ。投球は外角に外し、捕手はベースカバーに入ったショートに送球した。間一髪セーフにはなったが、サードがダッシュしてベースがあいていると思わせ、帰塁を遅らせる狙いは成功していた。
“ここ一番”で一度しか使えないプレー。アウトにこそならなかったが、意図した動きを全員がしっかりとできる。
しかも、スタメン9人中6人が2年生。密度の濃い練習量をこなしている証拠だ。
盛岡四戦は走者三塁でのゴロ・ゴーや一、三塁からの足技で点を取るなど6安打で4点。8回まで11安打で無得点だった盛岡四とは対照的な攻めで4対3という点差以上の差を見せつけた。能力だけではなく、やっている野球のレベルも他校の一段上をいっている。
決勝の試合後、盛岡三の神馬が言っていた言葉が印象的だった。
「あいさつやカバーリングなど、できることをしっかりやる。僕たちはそれだけで勝ってきた。でも、花巻東はそれだけではなく、能力もある。差を感じました」
大谷が投げなくても勝てたのは偶然ではない。それだけの取り組み、練習をしているからだ。大谷が万全なら、どんなチームになるのか。このチームがどう成長していくのか楽しみだ。
(文=田尻賢誉)