明豊vs佐伯鶴城
稲垣(明豊)
遅れて来た大本命
――本命なき夏
というのが、専らの評判である。
「どこが勝ってもおかしくない」は「混戦」を意味する。問題はどのレベルで混戦状態を形成しているか、なのだ。秋・春にそれぞれ2度行なわれる九州大会予選、県選手権で、優勝チームがすべて異なった大分県。そして昨秋、今春と県代表が九州大会で1勝もできていないのも大分県だ。そんな状況を見て「どんぐりの背比べ」と、意地の悪い見解を示す者もいる。
文句なしの“筆頭”であるはずの第1シード・明豊は、秋以降の4大会で3度の決勝進出を果たした。それでも、なかなか自信を持って二重丸を押すことができなかったのは、打の柱となるべき稲垣翔太に対する不安が、完全に拭えないでいたからだ。
稲垣は入学と同時に頭角を現した。チームが8強に進出した2009年夏の甲子園では、1年生ながらレギュラーの座を掴み、今宮健太(ソフトバンク)らとともに8強進出を果たしている。しかし、その後の稲垣は1年秋の九州大会、2年夏の大分大会と、甲子園まで“あと1勝”に迫りながらも敗れ続けているのだ。
明豊は初戦となった2回戦で、竹田を10-0の6回コールドで退け磐石発進を遂げた。この試合で3番・稲垣翔太が4打数4安打を記録。1本塁打を含む4安打は、すべて長打によって記録したものだった。
台風接近による風雨の中で行なわれた佐伯鶴城との3回戦も、7-0とコールドで快勝した明豊。この試合で今大会初先発となる高尾勇次が登板し、7回を被安打5の無失点と好投を見せると、打の中核・稲垣も6回の4打席目まで、大会通算7打数連続安打を記録するなど活躍した。
高尾(明豊)
さて、稲垣についてである。佐伯鶴城戦の後、
「センターから逆方向への強い打球を意識しているだけです」
と平然と言ってのけた稲垣だが、1、2打席はともに左腕・盛田尚史の外へ鋭く流れるスライダーを捉えての左前打、三強襲安打だ。敬遠四球を挟んでの4打席目も同じスライダー打ちで、やはり逆方向への左前打だった。
もともとミートセンスには定評のある稲垣。むしろバットコントロールの的確さでは、高校生でもかなり上位に位置するだけのものを持っている打者だ。そして、今年1月に智弁和歌山出身の川崎絢平部長が加わって以降は、ランニングメニューの強化によって飛距離が格段にアップした。
とくに4打席目の左前打が面白かった。圧倒的なヘッドの旋回スピードを活かして、インハイ直球を2球続けてファウルに逃げた直後、今度は上からヘッドを落としていくだけのボレーヒッティングで三遊間のど真ん中へ。チーム最多の16本塁打を放っている稲垣のことだ。二死二塁の状況で、直前にファウルした直球をセンターから右寄りに引っ張ることも可能だったはずだが、「狙い球ではないから」と自身の打撃を崩そうとしなかった小粋な姿勢が、なんとも小憎らしくもある。
“打ち出の小槌”を振りかざす稲垣に、もはや不安を挟む余地などなかったのである。
初戦では背番号10の岡本健一郎が6回参考ながらノーヒットノーランを達成し、佐伯鶴城戦では左腕エースの高尾が無失点好投。さらにここまで稲垣の陰に隠れ気味だった4番・加藤将之にも一発が飛び出した。超大型台風にも足元をすくわれることがなかった明豊が、本命としての戦力を整えつつある。
(文=加来慶祐)