文徳vsルーテル学院
村田健(ルーテル学院)
ムラケンの飛躍
4回、ルーテル学院の大型左腕・犬童駿太郎が1死満塁のピンチを切り抜けると、その次の回のことだった。
マウンドを降り、ベンチに戻った犬童は、ブルペンで投球練習をしている村田健のところに駆け寄りこういった。
「オレも粘ったんで、頑張ってこい。今まで一緒にやってきたので勝って泣こうや」
二人は小学1年生から始まり中学、高校とずっと一緒だった。
犬童は熊本北部シニア、村田は西合志南中学の野球部(軟式)と中学の所属チームこそ違うが、常に仲のいい友達であり、よきライバルでもあった。小学時代には軟式チームで一緒に全国大会にも出場したほどだ。
そんな二人の投手リレーが、この日も実現した。しかも2-2という同点での場面でのことだから、俄然、ボルテージも上がる。
追いつかれ、傾きかけた流れを断ち切ろうと村田は「流れをこっちに持ってくるぞ」。そう自分自身に言い聞かせながら185センチ83キロの大きな体を揺らし、マウンドに駆け上がった。
ムラケン、ムラケン・・・
ルーテル学院の一塁側スタンドから溢れんばかりのコールがエースの背中を押す。
ムラケンことエース・村田健の登場である。
涙を流すルーテル学院の村田健(中央)
自らのセールスポイントをアピールするかのように大きな体をしならせ、まず、ストレートを投げた。その球速は、藤崎台の電光掲示板で141キロを表示させ、文徳の4番・坂本航大をバックネット方向にファールにさせたほどだった。
その後も果敢に攻め込み、力任せではないキレのある140キロ台のストレートと得意のスライダーが文徳打線に襲い掛かる。そしてこの日は、今まで封印していたフォークも投げた。
そんな村田のピッチングに初めて見る観客は驚いたかも知れないが、全国的に騒がれ出した村田のことを昔から知る熊本のファンは、当然のことのように安心して眺めていただろう。
だが、この試合唯一の失投があった。7回2死、二、三塁の場面で文徳の6番・米田志に対して3ボール1ストライクから得意のスライダーを投げた際でのことである。
村田は、投げた瞬間にこう思った。
「やばい」
外から真ん中へと甘く入ったスライダーを完璧にとらえられ、痛烈な打球は右翼線へライナーで飛んでいった。2点タイムリースリーベースである。
結局、この2点が大きく伸し掛かり、4対2という僅差でルーテル学院が敗れ、それと同時にムラケンの夏も終わった。
昨夏、悔し涙を流した専大玉名戦で逆転の本塁打を許した時は、渾身のストレート。しかし、最後の夏は甘く入ったスライダーを痛打された。
「悔いが残る一球だったです。でも、コンビを組んでいた犬童と同じ気持ちで投げられたし、楽しかったです」
この試合、唯一の失投で敗れたとはいえ、思う存分楽しめた藤崎台でのマウンドに悔いはないだろう。
敗れた瞬間、ベンチ前で泣いていた村田だが、最後はさわやかな表情でこんなコメントを残してくれた。
「試合では、いつもプレッシャーを楽しんでます」
藤崎台を立ち去ろうとする背番号1の背中がさらに大きくみえた。
次なるステージでの“ムラケンの飛躍”に期待を込めて、こう言いたい。
村田健は、大いなる可能性を秘めている。これからだ。
(文=編集部:アストロ)