Column

紙一重を極めた先に待つ聖地! 橿原学院(奈良)【前編】

2018.12.23

 「ART GALLERY」
 閑静な街並みを歩いていくと、こう記されている建物があった。きっと美術関連の職場なのだろう、と想像をしてしまうが、その前には「KASHIHARA GAKUIN」と明記されている。

 今回訪問した橿原学院は美術科のコースがあるほど美術教育に力を入れているが、野球部も今夏の奈良大会でベスト4に進出。天理・智弁学園といった全国クラスの学校が奈良県内でしのぎを削る中、去年の春・夏ともにベスト8、2016年の秋には県大会3位の成績を残すなど橿原学院の実力は県内でも有数である。

 聖地・甲子園まであと一歩と迫っている橿原学院とはいったいどんなチームなのか。練習の様子を覗いてみた。

選手のやる気を引き出す

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谷車 竜矢 監督

 「甲子園に出場して、自分がホームランを打ったり、抑えたりしたらどう?ワクワクするでしょ」
 取材日の朝、橿原学院の谷車竜矢監督がミーティングの際、選手たちに向けて話した内容である。

 この一言を聞いた時、あの大歓声の中でプレーしていることを想像させられた。そのイメージだけで選手ではない筆者もワクワクしてしまった。このワクワクを作ることが谷車監督の狙いである。

 橿原学院野球部を率いる谷車監督は高校時代、同じ奈良の名門・智弁学園のキャッチャーとしてプレー。1つ上には元東北楽天ゴールデンイーグルスの枡田 慎太郎がいた。

 その後は大阪体育大に進学し、卒業後は公立中学で4年間軟式野球の務めたが、かねてから「監督として甲子園に行く」という目標を持っていた谷車監督のもとに、橿原学院から誘いがあり、高校野球の道へ。
 そしてコーチ、部長という形で選手たちに指導を続け、2017年に監督に就任して現在に至る。

 2017年は春、夏ともに大会ベスト8、今年に至っては春と夏ともにベスト4進出。就任してから確実に結果を残し続ける谷車監督が、最初に取り組んだのが意識付けだった。

 「真面目な選手が多い」と谷車監督が語るように、取材日の練習を見ているとひたむきにメニューに取り組んでいる選手たちが多かった。真面目な選手が多い分、その気にさせれば練習により集中して取り組んでいく、と谷車監督は考えている。

 真面目ということは自分から進んでやるというよりも、与えられたことをコツコツ取り組める性格。一方、やんちゃな性格の人であればエネルギッシュに溢れており、色んなことをどんどんやっていく。真面目な選手はそうした部分から、自分から進んでやる気持ちが弱い。

 しかし、「スイッチを入れてやれれば突き進むことができるのが、真面目な選手の武器」と話すように、スイッチが入れば高い集中力を発揮できる。
 だからこそ、やる気を出させることが監督の仕事である。そして、刺激を与えてスイッチを入れたり、意識付けをさせたりするのが、勝利のためには大事なピースなのである。

 では谷車監督は練習中どんな立ち振る舞いをしているのか。様子を見ていると、笑顔を見せる瞬間が何度かあった。その顔を見て選手も楽しそうに練習に取り組んでいた。
 「高校野球が好きだ」と語っていたので、純粋に練習を楽しんでいたのかもしれないが、自ら積極的に楽しそうにやることでチーム全体の雰囲気を良くし、選手たちのスイッチを入れているように見えた。

 だが、選手たちのモチベーションを大事にしているのは、ただ楽しくプレイするためだけではなく、選手たちが自分たちで考えて練習をやるための仕掛けでもあった。

[page_break:成功と失敗なんて紙一重で決まるもの]

成功と失敗なんて紙一重で決まるもの

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アップの様子

 ここまでの話から、橿原学院は雰囲気、そしてモチベーションを大事にしていることが見えてきた。そして、その裏には選手たちに考えて野球をやる習慣をつけさせる、という狙いがあった。

 谷車監督の指導方針は智弁学園時代の反省が生きている。
 当時を振り返ると、「良いことをたくさん教わったと思うのですが、『ミスしないように』とばかり考えていたので、なかなか上手くはなりませんでした」と、少し笑みを見せながら話してくれた。

 名門・智弁学園であれば当然、日々厳しい練習をしていることだろう。そんな中でミスをすれば厳しい声が掛けられるのは想像に難くない。ミスを恐れるのは智弁学園の選手だけではなく、どこの学校の選手でもあっても言えることだ。

 しかし、ビビッてしまい無難なプレーをしては上手くならない、と谷車監督は当時を振り返る。練習を「やらされている」意識で取り組んでしまうからだ。

 無難なプレーは、失敗がないため叱られることはない。結果ミスを避けることはできるが、成功することもないのと同時に、指導者に「やらされている」プレーになってしまう。練習の雰囲気を察して、その場に適したベストなプレーを「やらされている」という感覚になるからだ。

 「セーフなのか、それともアウトなのか。また好走と暴走といった、成功と失敗なんて紙一重で決まるものです」と、さきほどの笑顔とは一転して真剣な眼差しで語る谷車監督。
 どんなプレーも正解がないからこそ難しい。だけれど、そこが楽しいところでもある、と話していたが、まさにその通りだ。

 能動的に練習をした方が、得られるものは多い。失敗をしなければ見えない景色もあるからこそ、自分から「やる」姿勢を持って野球に取り組む志が必要なのである。そして、その場の結果にこだわらないということが能動的に「やる」には大事なのだ。

[page_break:強豪校との戦いに必要なフィジカルとメンタル]

強豪校との戦いに必要なフィジカルとメンタル

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トレーニング中の様子

 正解がないからこそ難しい。だが、限りなく正解に近づくためには失敗が必要であり、そのためには自ら動いていくことが必要だ。
 「失敗はしたくない」と考えるのは人であれば当たり前のことだ。だが、そこで一歩踏み込んで取り組むことで、見える世界が広がる。

 この時期ならではの練習にも、一歩踏み出すという意味では同じことが言える。
 ウエイトトレーニングやランメニューなど、オフシーズンは地味で辛い練習が多い。だがそういった練習こそ谷車監督は夏のためには必要だと語る。それは決して技術面だけではなく、精神面にも影響を及ぼすからだ。

 「部長の時、智弁学園と対戦して感じたのですが、うちが途中まで試合を押していたのに最後にひっくり返される。これは体力的にも精神的にも足りないからではないか」
 こう感じたからこそ、「絶対このチームに負けるわけない。しんどい練習を乗り越えてきたんだから」という自信となる根拠が必要だと感じた。

 トレーニングをすればフィジカル面はすぐに強化できるが、メンタル面は簡単に鍛えることができない。だが、しんどいことから逃げずに積み重ねられれば、ずっとやってきたプロセスそのものに自信を持てる。それが強豪校との戦いにおいて必要になるからこそ、一歩踏み込んで練習をすることを谷車監督は願っている。

 モチベーション、そして考えて能動的に動く。この2つを軸にして橿原学院は奈良県で勝つために練習を重ね、結果を出し続けてきたが、選手から見た谷車監督はどのように映っているのか。主将の平田直也に聞いてみると、
 「基本となる礼儀、挨拶を大切にしている監督で、そうした部分を指導してくださるのでとても勉強になっています。また1人1人に合わせて指導していただけますので感謝しています。」という声が上がった。

 「僕はずっと高校野球をしたかったというのもありますし、現役時代は甲子園に行けなかったので、なんとか子供たちを甲子園に行かせて良い思いをさせたい」という想いから監督を目指した谷車監督。その気持ちが行動に現れ、選手にも確実に伝わっている。

 では、甲子園に行くためにどんな野球を理想としているか。その答えは「10対0で勝つ野球」だった。

 前編はここまで。後編では橿原学院の野球のスタイルや春への意気込みを伺いました。お楽しみに!

(文・写真=編集部

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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