走塁は気持ち次第で成長できる! 九州学院・山下翼
走塁は気持ち次第で成長できる!2011年05月17日
昨夏、4試合で6盗塁。今春、2試合で3盗塁。甲子園という大舞台で、自慢の快足をいかんなく発揮した九州学院の山下翼。山下について他校の球児に聞いてみても、まるで口を揃えたかのように、こんな答えが返ってくる。
「九学の山下翼ですか。あの足の速さは、ハンパないっすよ!」
大舞台でみせたその実績だけではなく、50m5秒68というスピードを生かしたプレースタイルは、紛れもなく、高校球界きってのスピードスターといえる。
そんな山下が、これまでに対峙してきた“プレッシャー”とは。また、そのスピードを生かすためにどんなことを意識しながら、練習や試合に臨んでいるのだろうか。
勇気
【3年春の九州大会でのスライディング】
山下は、熊本県の陸上100mで中学ランキング2位という快足を武器に、高校入学直後から強豪・九州学院のスタメンに名を連ねた。まず、山下を指導する坂井監督に、高校入学後から現在に至るまでの成長点を聞いてみた。
「入学当初は、加速がつくのが遅かったんだけど、そ速くなってきたね。それにスライディングのスピードが落ちなくなったから、さらに塁間が速くなった」(坂井監督)
日々、積み重ねてきたトレーニングでさらに速くなったスピードもさることながら、成長を遂げた最大の理由は“勇気”だという。
「山下に関しては勇気があると思っているけどね。どんなに速くても躊躇(ためら)ったり、勇気のない子はスライディングも遅いからね」(坂井監督)
山下本人に、走塁についての成長点を聞いても真っ先にこう話してくれた。
「前までは、スライディングする時にスピードが落ちていました。今はトップスピードのままスライディングができるようになりました」
これも勇気があるからこそである。つまり、スタートにしろ、スライディングにしろ、勇気がない限り、大きく進化することができないということである。
そして走塁に関して、坂井監督は根本の理念をこう語ってくれた。
「走塁は好きなものが上手くなるのであって、足がそんなに速くない子でも盗塁が上手な子がいるよね。やる気がなかったら絶対上手にならない。足が遅いからといって、苦手意識がついてしまったら絶対上手くならないんですよ」。
試練
【1年生大会の東海大二戦】
高校入学当初から主に1番を打つなど、スタメンで出場している山下であるが、公式戦での盗塁失敗は過去に一度しかないという。そんな山下にも試練は訪れていた。09年11月に行われた熊本市内1年生大会準々決勝の東海大二戦でのことである。
「スタートがめちゃくちゃ遅れて、足が全く動かなくて刺されました」
これが、先ほど述べた公式戦で唯一の盗塁失敗である。
そこから「本当に盗塁することが怖くなった」という山下は、走塁イップスになってしまった。
それは、1年生大会が終わって、冬練習になってからも続いた。しかし、一冬越した3月の練習試合で活路を見いだした。山下は、そのときの真意をこう明かす。
「坂井先生(監督)が『ビビっていても、出来ないから1球目から行け!』といってくれて、怖かったんですけど、1球目から『アウトになってもいいや』っていう考えでいったら成功しました」
坂井監督は、失っている山下の自信を取り戻させたかった。そして山下が、その思いに応えた結果が、走塁イップスを克服したことに繋がったのだろう。そのことで、ますます自信をつけていった山下は、今では力強くこう話す。
「前まではアウトになるかもということが頭にありましたが、今はアウトになるということは、頭によぎらないんです」
こんな記録もマークした。今春、センバツ後の佐賀北との練習試合で、1試合4盗塁の自己最高記録をマーク。自信というものは、本当に凄い。さらにこの試合では、打っても5打数4安打。取り戻した自信は、プレー全体にいかんなく発揮されていた。
逆の発想
【3年春の九州大会での打席】
盗塁でのスタートについて山下に質問した時、思いもよらぬ答えが返ってきた。今まで何度も挑んだ盗塁の経験を踏まえ、『スタートは遅れてもいい』という考えを持っているというのだ。
「『スタートだけ、スタートだけ』と意識したら体が固まって逆にスタートが切れない。『アウトになってもいいや』ってくらいの気持ち(あくまで気持ちの持ちよう)で、遅れてもいいからスタートを切れればと思うようになってから逆に力が抜けてスタートが切れるようになりました」
また、それは相手バッテリーとの駆け引きとしても相乗効果を生んでいるという。うまく力が抜けているということで、いつ盗塁するのかが、相手に伝わりにくいということも考えられるのだ。
「時と場合によりますけど、自分の場合、なんでも逆に考えるんですよ」
それは盗塁だけに限らず、意識が強すぎたら力が入っていいプレーができない。気持ちの持ち方によって、体の力が抜けていいプレーができるということのようだ。ちなみに、打席に入った時だけは「打ってやる」と威圧感をだすことを心掛けているという。
イメージ
【3年春の九州大会での盗塁】
「一歩目がよかったら、足って動くんです。逆にそれが悪かったら遅くなりますね」
両打ちの山下であるが、左打席でのスタートはもちろん切りやすいが、右打席での意識はどうであろうか。
「右(打席)の時は、右足を回し過ぎたらスタートが切りにくいので右足を残しているイメージです。でも、そればっかり意識したら当てるだけのバッティングになってしまうので、できればという程度です。基本は思いっ切り振りきることです」
左にしても右にしても打ってからの一歩目。それを意識せずにできるようになるには、日頃の練習で瞬発力を鍛えることに限るという。
さらにベースランニングでの走塁イメージは“直角”。この意識を持つだけで全く違うというほど、速くなるという。例えば、二塁から三塁を蹴ってホームに向かう時、左足で必ず踏むというタイミングを合わせることよりも、必ず三塁ベースの角を踏むということを優先する。そして、その時に右肩をクイッと内側に捻(ひね)るようなイメージでできるだけ直角に回る。「それがいつもできたらいいですけど、試合になったらどうしても大きくなっちゃうんですよね」と苦笑いする山下であるが、そのコース取りで幾度、間一髪のホームを踏んだことであろうか。
「高校生になってから学びました。例えば、(一塁までの歩数が)30歩だったのを28歩にするとか、できるだけ少ない歩数で塁間を走ること。あと、どんな当たりを打っても一塁まで全力疾走すること。そしたら、だんだん運が来るんですよ」
走塁を通じて、気付かされたこと、試練、そして磨きをかけたことによって、今日の山下翼がある。
そんな経験から、ただ足が速くなくても、気持ち次第で走塁が成長できることは沢山ある。そんなメッセージを山下は伝えてくれたかのようだった。
(文・アストロ)