横浜DeNAベイスターズ 山口 俊投手「僕の用具のこだわり~最高の道具で最高のシーズンに」
アレックス・ラミレス氏を新監督に迎え、スタートする横浜DeNAベイスターズ。ラミレス監督は開幕投手としてある投手の名前を候補に挙げた。その名は山口俊。2005年秋にドラフト1位指名を受けると、2009年からクローザーに定着し、通算111セーブを上げ、そして先発に転向した2014年は8勝を挙げた。今年はエースとして期待がかけられる1年。そんな山口投手にグラブのこだわりを伺った。
初めての工場訪問
山口 俊選手(横浜DeNAベイスターズ)
「こんにちは! 山口です。今日はよろしくお願いします」
取材場所に指定された大阪市浪速区に位置するザナックス本社にスーツ姿で現れた横浜DeNAの山口 俊投手。人柄のよさを即座に確信してしまう丁重な挨拶。柔和なスマイルと気さくな対応が取材陣の緊張を一気に解きほぐす。
「今日はグラブの担当の方に勧められて、ザナックスさんのグラブ工場に行ってきたんですよ」
と山口投手。工場に足を運んだのは2012年にザナックスとアドバイザー契約を結んで以来、初めてのことだった。
「グラブを作ってくださっている職人の方々の顔を見ながら直接話ができたのはものすごく貴重な機会でした。自分の要望に応えようと、試行錯誤をしながら、手作りでひとつひとつのグラブを作っている現場を目のあたりにすることでザナックスさんへの感謝の思いと、道具を大切にしようという気持ちがあらためて強く湧き上がりました」
ここで、長きにわたって山口投手のグラブを担当しているザナックス大阪本社ベースボール事業部・高嶋 健次さんに登場してもらった。
「山口投手の中に潜在的に眠っている要望がまだあるんじゃないかと思ったんです。実際に職人さん方と顔を見ながら話をすることで、その潜在的な要望を引き出せるかもしれないと思い、山口投手を工場見学に誘ってみました」
「足を運んだ甲斐はあった」と山口投手。まるで楽しい遠足から帰ってきた少年のような表情で続けた。
「職人の方々からも、いろんな案も出していただいて。『そんなことができるのか!』と思うこともありましたし、工場に行かなければきっと生まれなかったと思われる来季に向けての変更ポイントも生まれました。行ってよかったと心から思いました」
伝わった誠意と熱意
「僕が山口投手に猛アプローチをかけました。何年もグラウンドに通いながら、当社のグラブを持参し『ぜひともザナックスブランドを使ってほしい!』と」
ザナックスと山口投手が結び付くことになったきっかけを尋ねたところ、高嶋さんからはそんな熱いエピソードが返ってきた。
「通い始めて約3年が経った頃に具体的に打ち合わせをしてもらえるようになったんです。ザナックスは100年後まで語り継がれるブランドにしたいというビジョンがあるのですが、その歴史の中に山口 俊の名をぜひ入れたかったですし、それだけの器を備えた素晴らしい選手だと思っていた。2012年のシーズンから、正式にうちのグラブを使ってもらえることになったときはものすごく嬉しかったです」
山口投手も続いた。
「当時、僕は他のメーカーのグラブを使用していたのですが、ザナックスさんのグラブに対しては『革がすごくいいグラブだなぁ』という印象を持っていました。ザナックスさんの誠意と熱意をものすごく感じましたし、僕自身、道具にこだわりたいという思いもあったので、自分の要望に全力で応えようとする姿勢が伝わってきたザナックスさんとはいい関係を築けそうな気がしたんです。
大手メーカーと比べると、ブランドの知名度はまだ低かったけど、自分が使わせてもらうことで、有名ブランドにしていけたらという思いもあった。『よし、ザナックスさんにお世話になろう!』と。グラブを使用し始めてから2016年で5年目を迎えますが、その判断は大正解だったと思っています」
山口 俊のこだわりポイントとは
「グラブにはそれほどこだわらない」というピッチャーが少なくない中、「自分はこだわりがある方だと思います」ときっぱりと言い切った山口投手。いったいどのようなこだわりを持っているのか。山口投手に語ってもらった。
◆グラブは自分でならす作業が醍醐味
硬めの革を使ったグラブが好きです。フニャフニャな柔らかいグラブは好きじゃない。投げるときにグラブをつぶしながら投げるタイプのピッチャーは使っているうちにグラブがどんどん柔らかくなっていきますが、僕はつぶさずにグラブを開いたまま投げるので、好みの硬さを長く保てるタイプといえます。基本的に試合用として作ったグラブは1シーズンに1個のペースで消費しますが、気に入ったグラブで、翌年も十分使えそうなら、そのまま年をまたいで試合で使うこともあります。
ピッチャーの場合、すぐに使える状態でメーカーに届けてもらい、いきなり試合で使う人も珍しくないですが、僕はメーカーの手はほとんど加えられていない状態で届けてもらいます。当然試合で使うにはまだ硬く、何の型もついていませんが、その状態のグラブを自分流に一から作っていく作業が子どものころから大好きなんです。
自分で叩いたりしながら、試合で使えるようになるまでに二か月ほどかけてならしていきます。ここまで時間をかけて試合用のグラブを作っていくプロ野球のピッチャーは少数派かもしれません。
グラブの手入れは一週間に一回、オイルを用いて行っています。
グラブにボールを持った右手を横から入れていくスタイル
◆求めるのは小さく、軽く、濃いグラブ
僕は投げるときにグラブをはめた左手の手首を返すように使うタイプなので、自由の利く、小さく、軽めのグラブが好きです。ザナックスさんにお世話になってからはさらに小さくなっていき、4年かけて約1センチ、指の長さを短くしました。
ただし、グラブが小さいとボールの握りが見えやすくなるというデメリットが生じるので、動きの少ないセットポジションを走者の有無に関係なく、常時採用しています。
セットポジションの入り方もグラブをあらかじめベルト付近においておき、その中にボールを持った右手を横から入れていくスタイルを徹底。クセが出にくくなるよう、極力無駄な動きを省くことを心がけています。
グラブの色は濃い目の茶色を使うことが多いです。好みということもありますが、明るい色のグラブよりも濃い色のグラブの方がボールの握りやクセが見にくいというのが最大の理由です。
2014年度に販売された山口俊モデル
◆捕球の要素も大切にしたい
薬指の付け根あたりにもポケットがつくれるような、捕れる範囲の広い形のグラブが好みです。人差し指の付け根にしかポケットが作れないような、斜めに折りたたまれるような形のグラブは自分の中ではありえない。捕球面を下に向けて置いたときに指の形がアルファベットのUの字になるような形のグラブがいい。投手とはいえ、やはりきちんと打球を処理できるグラブであってほしいので。
土手の上の部分のヒモのタイプは、タテとじではなくヨコとじを採用しています。タテとじを試したこともあるのですが、指のカーブがアルファベットのUではなく、Vの形になりやすくなってしまうのが嫌で最終的にヨコとじに落ち着きました。
ウェブは最近あまり使われなくなったバスケットウェブを長年採用。自分の中では、ピッチャーのグラブといえばバスケットウェブというイメージが子どもの頃からあるんです。
背面の形はフィンガーバックと呼ばれる、指だけを出す穴が開いているタイプのものをずっと愛用してきました。
カタログの画像は2014年度に販売された山口俊モデル。山口投手のこだわりがたっぷりと施された一品である。
恩返しのためにも好成績を!
山口 俊選手の練習用グラブ
「来季使用するグラブは、大幅なモデルチェンジを施したものになりそう」と山口投手。そのきっかけは「練習用のグラブ」にあった。
「ザナックスさんがゴロ捕球の練習をするための内野手用のグラブを作って届けてくれたので、シーズン中もずっと練習で使っていたのですが、ポケットが広くて捕りやすいだけでなく、手を入れる部分の間口が広いため、投げるときも左手首が返しやすく、投げる上でもいい影響を与えそうな感覚があったんです」
機能面だけではない。山口投手は、この内野手用グラブのフォルムが「大のお気に入り」であることを力説した。
「中指、薬指、小指がこれまでのピッチャー用のグラブと比べると全体的に細いんですよ。そのスレンダーな感じがすごくスタイリッシュに感じられて。大のお気に入りポイントです」
高嶋さんの説明によれば、この内野手用のグラブにはポケットを小指側にずらす効果をもたらす、業界用語で「みずかき」と呼ばれる2本のラインが人差し指と中指の付け根の間に入っており、その幅の分だけ中指、薬指、小指の横幅は今まで山口投手が使用してきた投手用のグラブよりも狭くなっているのだという。
「そこで今日、工場を訪問した際に『この練習用の内野手用のグラブをベースに投手用のグラブを作ってもらえませんか?』というお願いをしてきたんです」
グラブ職人の方と高嶋氏と意見を交わしつつ、決定した主な変更点は次の通りだ。
■グラブの形をこれまで練習で使用していた内野手用をベースとしたものに変更
■ウェブを従来のオーソドックスなバスケットウェブから、山口投手のイニシャルである「S.Ý」をモチーフにしたオリジナルウェブに
■背面のファーストバックスタイルを業界初の新バックスタイルに変更
■濃い茶色の他に濃紺カラーも試作
「ベースとなる形からして変更しているわけですからね。過去にもない、大幅なモデルチェンジです」
試作品が山口投手のもとに届けられるのは、キャンプイン直前の1月末の予定だ。
「出来上がったグラブとの対面が今から楽しみで仕方ありません。試作品の感触が良ければそのままシーズンでも使おうと思っています」
インタビューの終わり際、山口投手はザナックスへの感謝の念をあらためて言葉にした。
「こちらの要望をしっかりと聞く姿勢を持ち、なおかつその要望をきちんと形にして手元に届けてくれる。選手のことをものすごく大事にしようとする気持ちがしっかりと伝わってくるんです。グラウンドでなんとかいい結果を残したいですね。それがわれわれ選手がメーカーさんに対してできる一番の恩返しだと思いますから」
ザナックスとともに迎える5度目の春が間もなくやってくる。
(インタビュー・文/服部 健太郎)
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