府立四條畷高等学校(大阪)
「俺はあいさつで勝ち上がったと思ってる」
今春の大阪大会で大体大浪商、近大附と強豪を撃破し(試合レポート)価値あるベスト8入りを果たした四條畷、5月下旬の練習後のミーティングで辻野監督は力強くそう言い切った。
高校野球は人間教育に尽きる、辻野監督が貫く信念
野球ノート(府立四條畷高等学校)
高校野球は人間教育に尽きる、確固たる信念を持つ辻野監督が何よりも求めるのがあいさつなのだという。
「4校目になるんですけど最初にあいさつ、返事、マナー、礼儀を徹底的に話します。なぜあいさつをしなければならないのか、なぜ止まって相手の目を見てしないといけないのか。日々過ごす中で野球に結びつくとわかってきたら一気に技術も伸びる。やらされた声じゃなくて心底声を出す楽しさをわからせたい」
四條畷野球部OBで可能な限り試合の応援に駆けつけるという清水校長も「そこまでせんでもいいのにと思うぐらいあいさつしますよ」と野球部の姿に自信と誇りを持つ。ティーバッティングでもお互いへのあいさつから始まり1球1球声をかけ合う。来客があれば止まって両足を揃え大きな声であいさつする。
新チームスタート時から始まった部員が順番で書く野球ノートは、5月下旬の時点で8冊目が終わろうとしていた。野球ノートに取り組む学校は多いが、四條畷は1人が書く文量が多く字もすごく丁寧。そんなチームだからキャプテンも野球の技術ではなく普段の姿勢を評価されて選ばれた。
三宅 弘人(3年)はケガの影響もあるが歴代の中で唯一レギュラー外のキャプテン。
「1年の時から目つきが良くて、こちらが要求することを素直に聞き入れ即実践してくれてる。自分の技術とケガが多いということもわかっている上で、ケガをしている時でも声を出して、自分のこと以上にチームのことを考えられる」
とは辻野監督の評価。春季大会初戦の2日前に左太ももの肉離れを起こし満足にプレーすることは出来なかったが、大きな声で仲間を鼓舞し続けた。
進学校ゆえ時間とスペースは限られる
バント練習の様子(府立四條畷高等学校)
四條畷は文部科学省がスーパーサイエンスハイスクールに指定する有名な進学校で、京都大学、大阪大学、神戸大学などの難関大学を目指す生徒が多く、野球部からも合格者を出している。ただその反面、飛び抜けたセンスを持つ野球エリートの出現は望めず、練習環境も十分とは言い難い。
グラウンドは当然他の部活動と共有。女子ソフトボール部、サッカー部、ラグビー部、陸上部と分け合っているため平日に使えるのは内野部分だけ。しかも18:30には完全下校と決められており練習時間は長くない。
テスト期間中は軽めの自主練習のみとなり、6月中旬の土日には文化祭がある。そのため普段の練習で求められるのが集中力。学業面でも優秀な成績を残す飯島 爽太(3年)は野球と勉強の両立について
「毎日部活があって帰ってからだと時間がとれないので、授業に集中することが大事。いかに集中していかに質を上げていくか。野球も一緒だと思います」
と話す。練習ではたとえ5mの移動でもダッシュで行い、ノックの順番待ちの時でも打球方向にスタートを切るなど限られた時間とスペースの中で技術の向上に励む。
不安から始まった代が描いた成長曲線
辻野監督が四條畷に赴任して4年目を迎えた2013年の夏、ようやく指導方針がチームに浸透し自信を持って臨んだ大会でベスト16の好成績を収める。強豪・東海大仰星を相手に一進一退の攻防の末、敗れはしたがあと1歩のところまで追い詰めた。しかし昨夏は3回戦敗退。しかもそのショックと反省と悔しさからスタートした新チームは、例年より人数が少なく戦力的にもやや落ちることから、期待よりも不安の方が大きかった。加えて8月上旬、毎年恒例の岡山合宿は台風が直撃した影響で思うように練習が出来ず、辻野監督曰く「最低の合宿」に。
しかしこの合宿中に1つ目の転機が訪れる。秋季大会の抽選の結果、初戦の相手が浪速に決まった。いきなり強豪とぶつかることで全員が闘志をむき出しにし、合宿後にチームがまとまった。8月31日に行われた浪速戦では8回に逆転を許し金星はならなかったが、辻野監督はベストゲームの1つに挙げた。
しかし、この敗戦により残暑の厳しい9月1日にして早くも”オフシーズン”を迎えると、毎年秋に近隣の学校だけで行う下飼手杯でも8位と例年より順位を落とす。
不満足な結果を受けて冬は飛距離を伸ばす練習に力を入れ、オフとしていた月曜日に選手は自主的にミーティングを行い結束を強めた。寒い時期でも日曜日には実戦形式の練習を行い、そこで出た課題を月曜日に話し合い1週間毎に目標を作り直す。この取り組みが2つ目の転機となり春の躍進につながった。
積極性が売りの中山 大輝(3年)、4番を務める河野 翔太(3年)、エース・藤井 俊介(3年)が本塁打を記録。格上との試合となった大体大浪商戦、近大附戦はいずれもジャンケンで勝った三宅が先攻を選ぶと、初回に4得点を挙げる強烈な先制パンチで優位に立つ。その後もチャンスに1本が出る攻撃が続き5試合で計34得点。投げては、豊富な球種を操る藤井が全試合に先発し、球速が自慢の河野もリリーフとしてほとんどの試合でマウンドに上がる。
共にイニング数を上回る安打を打たれたが要所を締めるピッチングで相手に流れを渡さない。マネージャー・津田 ひかる(3年)も「楽しかった。ベンチもスタンドも一丸となって全員野球で戦えた」と笑顔を見せる快進撃で、スター不在のチームが上位進出を果たした。
歴史を変える戦いに挑む
投球練習を見守る辻野監督(府立四條畷高等学校)
今春に結果を残した四條畷だが、実は辻野監督が指揮を執った最初の3年間は全て初戦で敗退していた。試合後のミーティングで引退する3年生や保護者を前に心の中で「もう1年待ってくれ」と翌年の白星を誓いながらも夏の1勝が遠かった。「あいさつが大事、元気を出すのが大事」何度そう伝えても結果が伴わない時期に部員全員が100%信じ切るのは難しい。それでもやり続けた結果、今がある。
この春、観戦に訪れたその世代のOB達からは「辻野監督がやりたかった野球はこういう野球なんだ」という声が聞かれるようになった。高校野球でよく言われるように、チームを作るのに最低3年はかかる。蒔いた種が発芽しかけた2013年、ベスト8を目前に涙を飲んだ東海大仰星との一戦をスタンドで観ていた当時の1年生が現在の3年生。
辻野監督についてキャプテンの三宅が「理想であり憧れ。こういう先生になりたいなと思える人」と言えば、1番を打つ柏木 雅哉(3年)も「厳しいところもあるんですけど、励みになる言葉もかけてくれるいい先生」と続く。2番を打つ中山も「自分の意志を貫く素晴らしい監督。信念がハッキリしている。僕らはついて行くだけ」と言い、エース・藤井は「野球に関してもそうですけど、人として尊敬出来る人。言葉や行動で示してくれる」と部員からの信頼は非常に厚い。
今のチームには、自分達の野球で私学に勝てたことが大きな自信となり、4月中旬とは明らかに違う雰囲気が漂っている。大阪でベスト8に入るのはもちろん大変だが、ここから勝ち上がるには更に高い壁を越えなければならない。「甘えが出たら退化する」と気を引き締めて練習を行う四條畷ナインが、春の躍進は偶然ではなく必然だったと証明することは出来るのか。
夏の最高成績は今から40年以上も前、第55回大阪大会のベスト4。創部100年を超える伝統校がこの夏、歴史を変える戦いに挑む。
(取材/文=小中 翔太)