県立奈良高校(奈良)
彼らは勇猛果敢に攻めていた。
強豪・智辯学園に投打で圧倒されていても、その姿勢だけは崩さなかった。
昨夏の奈良大会準決勝(参照2011年7月26日)のことである。ベスト4に進出した奈良は、のちに甲子園ベスト8まで進んだ智辯学園と対戦。能力差を見せつけられる敗戦だったが、最後まで、攻め続けていたのだ。
逃げ道をもたない〝精神的強さ〟
練習中のミーティング風景
「言い訳をしたら負けた感じがするので、そこにしっかり向かっていく。狭いからこそ、ハンディに負けずにやろうという想いがあります」
現主将・中尾光博の言葉である。そのグラウンドの狭さに、入学当初こそ、驚いたと言うが、「狭い方が集中した練習に取り組めるし、練習時間も短いですが、何事も、もうちょっとやりたいくらいの方が意欲的に取り組めると思う」と語る。
ここ数年、上位進出の多くなった「奈高」だが、常に、順風満帆な道のりを歩んできたわけではない。奈良高出身で、就任して9年目になる吉村貴至監督は言う。
「僕が来た当初は部員も少なかったし、やってもやっても、負けてばかりだった。キャッチボールと内野ノックとバントしかできない狭いグラウンドだから、狭いから勝てないって、決めつけていた子が多かった」
公立校の性ともいおうか。「奈高」も例外ではなかった。
そこで吉村監督がやったのは、他府県の強豪校との練習試合だ。遠征に出かけ、そこで何かを感じることでチーム改革を目指した。電話一本で強豪校に申し込み。複数の学校に頭を下げた。広島商、総合技術、徳島池田、倉敷商、玉野光南…など。戦績は良くなかったが、それでも何かつかんで帰ってくることを財産とした。
「いつも、ぼろ負けするのですけど、大差になるとヤジってきたり、全力で走らなかったり、手を抜いたりとかしてくるチームは多い。けど、他府県の強豪校はそうじゃなかったんです。ウチがどんだけ弱くても、一生懸命やったら、それに応えてくれて、自分たちの野球をずっとやっておられるんです。そういう姿勢を見ると、強いチームはウチとやろうとPL学園とやろうと変わらないんだろうなって思えてきて、そう考えた時に、自分たちも自分らのグラウンドで、精いっぱい工夫して、相手チーム関係なしに戦おうと思ったんです。相手じゃなくて、自分自身を相手にすることで、『狭いから負けてもしゃぁないねん、相手の方が上手やねん』って思っていた子らが、狭くても、自分との勝負やって思ってくるようになった」
昨夏、智辯学園に大差で負けながらも、彼らが勇猛果敢だった理由の一端はそこにあった。
もっとも、これはメンタル的な部分だ。当然、チームを強くするためには、個人個人、チームとして内容を高めていかなければいけない。
練習試合では全員が1イニング以上の守備か1打席は出場する
彼らはグラウンドで何をしたのか。
奈高は基本的に練習のメニューを選手たちが決めている。その都度の課題をキャプテンが見極め、チームで取り組んでいる。
「グラウンドが広かったら、投げて、バッティングして、ノックをしていたら、上手くなると思う。でも、うちはそうじゃない。選手たちがやりたいメニューをやらないと絶対にうまくならない。この子らに何をするか考えさせているので、それが、ここ最近の成果に出ていると思います。自分でやりたいと思ったメューは真剣に取り組みますからね。バント練習をしたいのにと思いながら、バットを振っていても、絶対に伸びないでしょう」
もちろん、「ただ、考えろ」といっているわけではない。考えるための材料を指揮官は用意している。
吉村監督は練習試合では、全員を試合に出場させている。全員に最低でも、1イニングの守備か1打席を用意するのだ。
「自分がどんな力か勝負させようと思って。チャンスを上げたら結果がでます。打てないと思ったら、そのあとの1週間どんなメニューにしようと考えますからね」
取材の日は実践でのバント練習をしていた。その前の土日の練習試合でバントが上手く決まらなかったからだ。中尾主将は言う。
「この前の試合でバントに課題があったので、今日はバントにしようということでした。どういう練習にするかは、みんなとの普段の会話の中で決めています。ミーティングはしないんですけど、試合終わりとか、着替えているときとか、みんなの感想を聞くようにしています。自主的にやることに関して言うと、以前はやらされた方が強制力とかがあって、頑張れるんじゃないかと思っていたんですけど、自分たちで決めたら、練習に対するモチベーションが違いますし、集中力がついてくると思います」
個人個人のテーマも、人ぞれぞれだ。それは、新チーム結成から秋季大会まで。あるいは、秋以降と個々でテーマを掲げ、日々取り組んできた。
それぞれが別々のテーマを持つ選手たち
たとえば、今年のチームの三塁手は3人いるが、それぞれテーマが違う。
昨秋、背番号「20」だった亀井章登はバッティングの向上をテーマに掲げてきたという。
「新チームになってレギュラーを取れなかったのは悔しかった。中学の時はレギュラーだったので、甘かったなと。守備の練習もやるんですけど、僕はバッティングを買ってもらっている。連ティー(バッティング)とかをやって、ミートを中心に、冬場は練習してきました」
亀井は「4番・サード」のレギュラーを獲得し、「結果を出さなきゃいけない」と危機感の中で、春季大会に臨んでいる。
堅田健太は守備の意識が高い。
「新チームのころからバントと守備をテーマにしてきました。バッティングは“ダメもと”ってくらいの気持ちでした。春になって守備固めになったんですけど、守備をしっかりやらんとダメな立場になった。こういう役割になって違う難しさもあるけど、そこをがんばって乗り越えたい」と語る。
彼の場合、出場する時は試合の後半がほとんどだ。当然、緊迫した場面での出場が多い。
「常に、(県大会のある)橿原球場をイメージしてノックを受けるようにしています」と話している。
副主将で3人目の三塁手・河村拓槻は、出場機会こそ少ないが、モチベーションは高い。
「新チームが始まってからは、試合に出させてもらっていたんですけど、浮かれていた。自分がひとつのエラーを出したら、気持ちが落ちしまっていた。ベンチから励ましの声をもらっていてたので、今、控えに回って、ベンチを盛り上げるのはどうしたらいいかいつも考えています。他の二人は、それぞれバッティング・守備がいい。自分の持ち味を探したら、元気しかないなと思って、泥臭くプレーしています。前までより1打席に対する気持ちが変わりました。出場機会が少ない分、集中できる」。
3人は激しいライバル関係の中にある。だが、仲間意識はとても良好だ。そこはまさに公立校らしさで、「三塁手同士で朝練をやったり、自主練しますし、普段も、泊まりに行ったりして、クラスの好きな子の話をしたり、仲良いんすよ」と亀井は話してくれた。
亀井が置きティーを打ち、その打球を二人がさばく。「3人で一つのポジションを守っている」と指揮官は言う。
これもひとつ、奈高の特徴だ。言葉にすれば、「適材適所」。バッティング、守備、盛り上げ役。試合の中で、それぞれの役割を意識し、個人で取り組む。チーム力はそうやって上がっていくのだ。
代走要因・林俊希の意識も高い。
「代走で背番号をもらったので、走塁面でチームに貢献することを意識しています。トレーニングはダッシュを主にやってきました。僕は外野なので、内野ノックの時間を使って走っています。代走は楽しいし、やりがいがある。アップも大事ですし、この状況だったらどう走るか、自分の中で整理をして臨みます。代走でチームに欠かせない存在になりたい」
選手全員が戦力。ただ、それらも全て出場機会があるからこそ、士気が高まるのだ。
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自主、創造の校風 さらなる成長へ・・・
そして、今、奈良はさらに成長を遂げようと新しい試みに向かっている。吉村監督は言う。
「今まで、ここのグラウンドでは試合ができないということで、遠征ばかりしてきたんですけど、グラウンドを改造しまして、ここでも試合ができるようにしました。遠征ばかりだと、試合を作る難しさとか、感じていなかったんです」
前日に雨が降ったならば、早くに登校して、水抜きをする。ごくごく当然のことだが、練習試合は常に遠征だった奈良にとっては、グラウンドに狭いからこその盲点があったのだ。
「全部、対外試合だったら、用意された環境で楽な状態でやっていたんですけど、自分たちで用意して、相手チームのことを考えたりするようになって周りを見れるようになりました。人間的にも成長しているのかなと思います」と中尾主将がいえば、河村は「グラウンド作りについて考えるようになりましたし、ベンチも片づけました。部室にしても、掃除を心がけるようになりました」という。
与えられた環境に言い訳をせず、また、当たり前とも思わず、彼らは前に進んできた。
「自主性」と大きく、くくってしまうと、魅力がぼやけてしまいそうだが、奈良には、自分たちで取り組むという姿勢が常にチームを強くさせている。
中尾が最後を締めてくれた。
「学校の校風が自主、創造なんですよね。野球も自主的にやっているので、自分たちで対応できる強さはあると思います。自分でやったことなので、自信を持ってやれている。これからの目標は、自分たちの野球を出し切って、結果を残したい。完全燃焼したい。昨年、先輩たちが残したベスト4という目標をもって、負けないようしたいですね」
現在開催中の春季県大会で奈良高校はベスト8に進出している。次の対戦相手は、選抜大会出場校・天理だ。能力差は大きい。厳しい試合になるだろう。
しかし、たとえ、大敗したとしても、奈高は変わらない。
なぜなら、彼らには〝意思〟がある。
(文=氏原英明)