第8回 鹿児島実・久保 克之名誉監督「己を知り、相手を知る。「ミス」をなくし「負けない」チームを作る 」【前編】2017年05月23日

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【目次】
[1]勝てる練習=ミスをなくすこと
[2]転機の74年

 鹿児島実を全国区の名門に育て上げた久保 克之さんが2002年夏に監督を勇退し、今年で15年になる。勇退後は総監督、現在は名誉監督として母校のグラウンドに足を運びつつ、大会があるときはNHK鹿児島放送局の解説者として球場で球児たちを見守る。

 35年間の監督生活で夏12回、春7回の甲子園に導いた。1974年夏には準々決勝で東海大相模(神奈川)を延長15回で破って4強入りしたのを皮切りに、96年春には鹿児島勢初の選抜優勝に輝いた。現在までのところ、鹿児島で唯一甲子園制覇を経験した指導者である。野球は「実に奥が深くて魅力的」と語る名伯楽は、試合前にどんなゲームプラン、戦術を立てていたのだろうか。

勝てる練習=ミスをなくすこと

鹿児島実・久保 克之名誉監督

「己を知り、相手を知ることでしょうか。勝てるチームに必要なのはあらゆることを見極める力だと思います」

 今回のテーマについて真っ先に思い浮かんだのがこの言葉だった。試合に勝つためにはまず自分のチームを鍛え、その上で対戦相手に関する情報を集め、それに対応する戦術を考える。今は野球関連の情報は新聞、雑誌、インターネットなどで氾濫しており、相手の試合をビデオで撮影して分析することは上を目指すチームなら当たり前にやる時代だが、久保さんが監督を始めた70年代は対戦相手に関する情報は極端に少なかった。

 指導者として初めて甲子園の土を踏んだのは72年春だが「この頃は、対外試合の解禁も甲子園からだったので、練習試合もしないで臨みました」。対戦相手は[team]取手一[/team](茨城)。この時点では夏2回の甲子園出場経験がある「先輩」だったが3対0で完封勝ちできた。勝因は「エース吉丸が良い投球をしてくれたこと」と「勝てる練習を積んだ」自負だった。

 このときのエース吉丸 時典は168センチ、60キロの小柄な左腕だったが「けん制球がうまくて、ピンチを何度か救ってくれた。バッテリーの配球が実に見事だった」。野手出身で30代の青年監督だった久保さんには、まだけん制や配球術なども含めた投手育成法を確立できていなかったが、吉丸は「当時、鹿児島にあった社会人チームの鹿児島鉄道管理局の人が『今すぐうちに欲しい』」といったほどの投球術を持っていた。

 74年夏ベスト4の定岡 正二(元巨人)、96年春優勝の下窪 陽介(元横浜)、98年夏にノーヒットノーランを達成した杉内 俊哉(巨人)…こののち鹿児島実から多くの記録、記憶に残る名投手が誕生したが、「甲子園で勝つためには、まず良い投手を育てなければならない」と考える原点になったのが72年の吉丸だった。

 相手に勝つためには何より「勝てる練習を積む」ことを説く。己を知り、磨くためにも日々の練習が第一である。では「勝てる練習」とは何だろうか?

「難しいですねぇ~」。甲子園優勝経験のある久保さんでも「こうすれば勝てる」という明確な方法論はなかなか語れない。ただ長年、様々な試行錯誤を繰り返して経験を積み重ねた中で「負けないために、ミスをなくすこと」を練習では徹底してこだわってきたことだけは言い切れる。

 著書「鹿実野球と久保克之」(南方新社)でも「勝つための方程式・哲学」として紹介されているのが「E・B・B・R、4つのミスを1つでも減らすこと」である。「ミスはエラー(E)を思い浮かべる人が多いですが、エラーだけじゃないんですよ」。守備面では投手の四死球(B)も、数多くの敗因として挙がってくる。攻撃ではバント(B)失敗とランナー(R)の走塁ミスが、最も攻撃のリズムを狂わせる。日々の練習では個々の能力の向上とともに、これらのミスをしない訓練の繰り返しだった。

 鹿児島実の練習の「厳しさ」は全国でも屈指だろう。中でも久保さんの「厳しさ」を象徴するエピソードは枚挙にいとまがない。甲子園初出場を果たした72年春のチームで主将だった下川 洋一さんは「バック!」というノック中の久保さんの言葉が脳裏に刻まれている。ノック中、闘志を見せないプレー、覇気のないプレーをしようものなら「バック!」の一言で久保さんのところに集まり、説教が始まる。「遠くにいても目が光っているのが分かりました」と還暦を過ぎた下川さんも恐れおののくほどのエネルギーがあった。

 練習はいうにおよばず、寮での日常生活、県大会などかねてはほとんど笑顔を見せたことがない久保さんだったが、唯一笑顔でいたのが甲子園のベンチだったことも、多くの教え子たちが証言している。「大舞台で緊張するはずなのに、監督さんの態度や言葉を聞いていると、落ち着いていつも通りのプレーができた」と[player]宮下 正一[/player]・現監督は言う。「練習は厳しく、複雑に、難しく。試合は簡単に、明瞭にやるということです」と久保さん。「負けてもいいのならいくらでも甘くできる。でも勝とうと思ったら厳しさが必要なんです」。

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プロフィール

政純一郎
政 純一郎(つかさ・じゅんいちろう)
  • 生年月日 1974年12月18日
  • 出身地 鹿児島市
  • ■ 経歴
    鶴丸高校―同志社大
  • ■ 鹿児島新報で6年間スポーツ担当記者。2004年5月の同社廃刊後、独立
  • ■ 「スポーツかごんまNEWS」を立ち上げ、野球、バスケットボール、陸上、サッカーなど主に鹿児島のスポーツを取材執筆する。2010年4月より奄美新聞鹿児島支局長を兼務
  • ■ 著書に「地域スポーツに夢をのせて」(南方新社)「鹿実野球と久保克之」(同、久保氏と共著)
  • ■ Webでは「高校野球ドットコム」、書籍では「野球小僧」(白夜書房)「ホームラン」(廣済堂出版)「陸上競技マガジン」(ベースボールマガジン)「月刊トレーニングジャーナル」(ブックハウスHD)などに記事を寄稿している。
  • ■ 野球歴は中学から。高校時代は背番号11はもらうも、練習試合に代打で1打席、守備で1イニングの試合経験しかない。現在はマスターズ高校野球のチームに所属し、おじさんたちと甲子園の夢を追いかけている
  • ■ フルマラソンの自己ベスト記録は3時間18分49秒(2010年のいぶすき菜の花マラソンにて)。野球とマラソンと鹿児島をこよなく愛する「走るスポーツ記者」

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