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2年間の契約不可、契約金不可…。日本の田澤ルールより厳しい「韓国版田澤ルール」の制約とは?【前編】

2020.09.16

 9月7日、日本球界にとって衝撃が走るニュースが起きた。なんと田澤ルールの撤廃が発表されたのだ。2008年に設定されたこのルールはNPB入り拒否の意思を示した上で海外球団と契約した際は、高卒なら3年間、大卒と社会人選手なら2年間はNPB球団と契約できないというものだ。

 このルール、日本だけではなく、韓国の野球界にもあることはご存知だろうか。それどころか、韓国のプロ野球の規約(KBO規約)にも記載されているのだ。実はその制約は日本以上に厳しいものとなっている。その事情について日本で弁護士の仕事をしながら韓国プロ野球の公認代理人としても関わっている金弘智(キム・ホンジ)さんに詳しく話を伺った。

韓国版「田澤ルール」の全貌

2年間の契約不可、契約金不可…。日本の田澤ルールより厳しい「韓国版田澤ルール」の制約とは?【前編】 | 高校野球ドットコム
金弘智(キム・ホンジ)さん

 韓国のプロ野球を束ねるKBOのドラフトのルールは、KBOの政策的観点から作られたものが多い。ドラフトは一次ドラフト、二次ドラフトの2回に分けて行われるが、一次ドラフトは、主にフランチャイズ地域の高校の選手を1人優先指名(縁故指名)ができる。NPBの例でいえば、福岡ソフトバンクが福岡大大濠山下 舜平大を優先で指名できるものだといえば、わかりやすい。

 このドラフトの狙いは「出身地域の有望選手を球団が指名してスターが誕生すれば、球団の人気が上がりやすい」という狙いがある。日本はそれぞれの組織が独立しているが、KBOと高校野球は比較的密接な関係にあり、韓国の80前後の高校の生徒はプロに入ることを前提に野球活動に取り組んでいる。そのため韓国では木製バットで試合を行っている。

 一見、競技力強化のためには非常に良い制度に見えるが、トップであるKBOの強化が主眼とされているせいか、韓国ならではの課題があり、それが韓国版「田澤ルール」とも言える海外進出選手の国内復帰に対する厳しい制約につながっている。

 現行のKBO規約107条1項(海外進出選手による特例)は以下のとおりである。
1 新人選手中、韓国で高等学校以上を在学し、韓国プロ球団所属球団として登録した事実なく、外国プロ球団と選手契約を締結した選手は、外国プロ球団との当核選手契約が終了した日から2年間、KBO所属球団と選手契約を締結することはできず…(後ろに続く)。

 上記KBO規約がいう外国プロ球団は解釈上、MLB、NPB(日本野球機構)、CPBL(台湾プロ野球)のことを指すとされている

 ここまでは田澤ルールと似ている。しかし田澤ルール以上に厳しい制約は以下の通りだ。
(KBO規約107条1項の続き)
・海外プロ球団との当該選手契約が終了した日から7年間、KBO所属球団と監督及びコーチ契約を結ぶことができない。
(その他の海外進出選手の国内復帰に関するKBO規約の制約)
・復帰初年度の契約金支払い不可 最低年俸からスタート
・出身高校・大学への支援金制限 海外進出選手の出身校には5年間の支援金を一切支払い不可

 最後に紹介した支援金というのは、韓国の高校野球の競技力を強化、維持するために欠かせないもので、日本の高校野球は、一部活動の立ち位置だが、韓国では野球をする生徒が主にKBOに入ることを前提に取り組んでいるため、選手の親が支払うお金やこのような支援金が、各高校の指導者の報酬や活動費の支出にも欠かせない。

[page_break: 規約が制定された背景]

規約が制定された背景

2年間の契約不可、契約金不可…。日本の田澤ルールより厳しい「韓国版田澤ルール」の制約とは?【前編】 | 高校野球ドットコム
プレミア12で韓国代表にもなったハ・ジェフン

 このように、KBO規約による制限は高卒・大卒で海外進出した当該選手だけではなく、当該選手が所属していたチームにも制約が及ぶため、日本よりもはるかに厳しいものがある。もしこの規約が日本にあれば、現状よりも世間から厳しい批判にさらされていたかもしれない。

 なぜこのような規約が作られたかといえば、1990年代後半から2010年頃までの間にかけて、韓国アマチュア球界からKBOを経由せずに、メジャーに渡る有望株が相次いだからだ。

 代表的な例といえば、韓国人初のメジャーリーガーとなった朴 賛浩だろう。大学を中退してMLB入りした朴賛浩はMLB通算124勝を挙げ、プロ生活のほとんどをMLBで過ごした。他にも剛速球アンダーハンドで活躍した金 炳賢、現在も活躍するスラッガー・秋 信守など高卒・大卒後に直接KBO入りせず、アメリカへ進出する選手が多い。

 KBOはこのままでは国内リーグが空洞化しかねないことを懸念し、このような規約が設けたが、韓国国内では現状では「やむを得ない」という声も少なからずあるようだ。

 しかしながら、金さんによれば、韓国の公正取引委員会が過去にこのKBO規約を「選手の選抜競争を実質的に制限する行為で、韓国独占禁止法が規定する不当な取引制限に該当すると審決をだしたことがあります。」という。

 さらに、金さんは「選手が引退する平均年齢は28~29歳ですが、海外進出した選手が国内に戻ってくるのは早くても20代後半で、このような選手の貴重な2年間のキャリアを潰してまで規約を維持することについては全く合理性がない」と批判する。

 金さんによると、このパターンに該当してKBO入りしたこの規約に則ってKBO入りした選手はほとんど活躍しておらず、例外として挙げたのが、2016年に東京ヤクルトに在籍していたハ・ジェフン(SKワイバーンズ)だ。ハ・ジェフンは高校卒業後、シカゴ・カブスとマイナー契約を結び、MLB経験もなく、カブスを退団し、徳島インディゴソックスでプレーし、2016年のシーズン途中に東京ヤクルトに入団した。

 ジェフンは2016年12月2日に自由契約となり、KBOにより、そこから2年間はKBOでプレーできないという解釈になってしまった。そこでジェフンはもう一度、徳島インディゴソックスで2年間プレーし、二刀流として活躍。

 徳島インディゴソックスで専門的なトレーニングを経て、150キロ台の速球を投げられる速球投手に化け、韓国球界で活躍する礎を築いた。そしてドラフト指名を受けて、韓国球界に戻ってきたジェフンはプロ1年目、36セーブを挙げ、最多セーブを獲得。さらにプレミア12の韓国代表にも選出された。

 もう一度説明するようにジェフンは例外中の例外で、今も韓国では選手個人だけがその負担に苦しむルールが存在し続けていることを見逃してはならない。

次章では今回の田澤ルール撤廃で、野球界に期待したいことについて触れていく。

(文・河嶋 宗一

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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