試合レポート

藤沢総合vs横浜商

2013.07.12

接戦制した藤沢総合!惜敗した横浜商の攻撃を分析

 しばらく、野球の歴史にお付き合いいただきたい。
野球殿堂博物館(旧野球体育博物館)が収蔵する『阪神タイガース 昭和のあゆみ』という資料の「第5章 倶楽部野球の勃興」にこんな記述がある。

「せっかく組織した京浜リーグだったが、秋の試合に一高が参加しなかったため、早大、学習院、横浜商、横浜外人の4チームがゲームしただけ。(中略)京浜リーグのような野球組織に、中学チームである横浜商業の加わっているのは一見奇異に思えるが、この学校の歴史は古く、明治二十九年一高が横浜外人を破ったころ、すでに有志たちが野球を楽しんでいたといわれる。(中略)横浜商の強かったのは四十四、四十五年ころで、このときは山口信郎と平井卯之助がバッテリーを組み、加藤吉兵衛が遊撃を守って早慶と互角に渡り合った」(※四十四、四十五年とは明治44、5年のことである)

横浜商が早慶と互角に渡り合った証拠がある。『慶應義塾野球部百年史・上巻』には明治32年9月24日に行われた秋期野球大会の結果が記載されていて、そこには横浜商業18-11慶應とある。戦評には「商業方はさすがに斯道に勘能なる青井氏の教練によりてか戦士の配布、間然するところなかりにし」とある。ちなみに、青井氏とは明治中期の野球界を席巻した一高の伝説的なエース、青井鉞男のことである。


これほどの名門校になるとOBも錚々たる顔ぶれになり、その中でも野球殿堂入りしている河野安通志は絶対に名前を外せない。横浜商業から早大に進み、明治38年には日本で最初のアメリカ遠征を挙行した早大のエースとして26試合中24試合に登板し「鉄腕河野」(アイアン・コーノ)の名でアメリカでも親しまれた。このアメリカ遠征で、今では当たり前になっている、振りかぶって投げるワインドアップを持ち帰ったのも河野である。

大正9年には日本で最初のプロ野球チーム、日本運動協会(通称芝浦協会)を設立し、さらに同協会の専用球場、芝浦球場を作り、現在のプロ野球がスタートしてからは後楽園球場の竣工に多大なる力を貸している。

“学生野球の父”と言われる飛田穂洲は著書『球道半世紀』(博友社)の中で「押川、河野以外に日本プロ野球の元祖があったり、育ての親などといふものがあったら、私は真向から反対もするし否定もする」と書き、河野を主人公にした『幻の東京カッブス』(毎日新聞社)の著者・小川勝は「『日本プロ野球の父』を一人選ぶとすれば、それは河野以外にあり得ない」と書いている。しつこいようだが、その河野の出身校が神奈川県内きっての伝統校・横浜商業で、昔からの野球ファンは親しみをこめて“Y校”と呼んでいる。


 このY校を見たくて神奈川大会1回戦の藤沢総合戦が行われる[stadium]俣野公園横浜薬大スタジアム[/stadium]まで来た。対戦相手の藤沢総合は昨年の夏の大会、4回戦まで進出した好チームで、このとき活躍した左腕・香月俊太朗が今年は3年になり、さらなる上位進出をもくろんでいる。

試合が動いたのは4回だ。左腕香月に対して横浜商は1死後、5番安徳豪が中前打で出塁し、6番八幡凌が四球、7番上原和馬のところで投手の暴投で二、三塁になり、上原三振のあと8番潮見勇志が2点タイムリーを放って先行する。横浜商は1~4まで左打者、5~9まで右打者が並ぶ変則的なバランスで構成されている。おわかりのように活路は5番以降の右打者によって開かれたのである。

藤沢総合の香月を左打者が攻略するのは大変だ。スピードはないが真上から腕を振ってくる投球フォームで、大きく縦に割れるカーブを最大の武器にする。打ち気がないときやカーブ狙いが露骨なときはストレートをど真ん中に投げくるし、打ち気にはやった打者にはワンバウンドになるような縦割れカーブで空振りを誘い、ストライクゾーンに入れて楽にストライクを取ることもできるというように、相手校から見れば非常にやりづらい投手である。横浜商は1~4番まで左打者が並ぶので当然、攻略には苦労した。

2点先行された藤沢総合は5回に反撃を開始した。2死一塁から1番打者が出塁して一、二塁とし、2番金子瞭が右前に2点タイムリーを放って同点。


横浜商は7回に左打者の2、3番の安打と四球でチャンスを作り、けん制エラーで二、三塁とし、4番福島拓也の犠牲フライで1点勝ち越し。するとその裏、藤沢総合も7番朝倉玄也、8番大平隼哉の連続二塁打で同点と、まさにシーソーゲームの展開。8回裏に藤沢総合横浜商・潮見の三塁けん制エラーで決勝点を奪うのだが、その表の攻撃で横浜商は惜しいチャンスを逸している。
 横浜商は8回表、2四球とダブルスチールで2死二、三塁という絶好のチャンスを迎える。ここで打席に立った1番黒田信三朗は初球、セーフティバントを試みる(ファール)。相手守備陣が油断していれば1点奪えるという計算があったのかもしれない。また、アウトになっても自己犠牲のバントは評価こそされ、批判されることはない。実は2死からのバントは高校野球の世界では珍しくはない。ついでに言うと、私が見てきた中でバントが安打になる確率は1~2割である。

黒田は結局、見逃しの三振に倒れる。これらのことから2死二、三塁の局面で黒田の頭の中にあった優先順位は「1位バント、2位四球、3位ヒッティング」なのかなと思う。黒田には酷かもしれないが、同点の8回表2アウトの得点機でやるべきことはヒッティングである。打って活路を開く以外にやるべきことはない、というのが私の考えである。

今年の神奈川大会の大会誌に県立逗葉高校・高野浩監督の話が載っていて、そこには高野氏のこんな言葉が紹介されている。

「送りバントが考えられる場面でも、ゲッツーを恐れずに打っていくことで、選手たちもバットを出すことを怖がらなくなりました。3球でチェンジになってもOK。まず打っていけと。たとえ凡打しても、腰の入ったスイングをすればいいと、打撃にこだわりをもたせるようにしました。その結果が秋のベスト8進出となってあらわれたのではないかと思います」

敗れたY校にはこの逗葉の精神で復活の道を歩んでもらいたいと思った。

(文=小関順二)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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