試合レポート

愛工大名電vs宮崎西

2012.03.26

名電打線を覚醒させた中村のタイムリー

 優勝候補の愛工大名電に甲子園初出場の宮崎西が胸を借りた一戦はなかなか興味深かった。前評判は愛工大名電の圧勝。しかし、序盤は予想外の接戦になった。その原因は宮崎西の先発、戸高達郎(右投左打・176/71)の軟投にあった。
ストレートの速さは120キロ台がせいぜいで、横丁の野球自慢のオッサンでも打てるような速さである。この遅球に愛工大名電打線が予想外に苦労した。120キロのストレートだけなら苦労しない。これにスローボールが加わって緩急が生まれ、120キロのストレートは初めて武器になった。

戸高クラスのスローボールを投げるには技術がいる。これみよがしに空中に放り投げるようなスローボールを投げても打者はあらかじめ遅い球にタイミングを合わせられるので効果は半減する。ストレートに近い腕の振りをすることで、スローボールは打者のタイミングを翻弄する武器になり得るのだ。

このスローボールの球速は最初意識して見たときは90キロ台で、そこから80キロ台に落ち、79キロ、76キロと、急激に落ち始めた。このクラスのスローボールは昭和30年代後半にテレビ画面で見た金田正一(当時国鉄)、最近では多田野数人(日本ハム)以来で、いずれも対戦した打者はボールを待ち切れないのか、イライラしてボールを迎えにいって凡打に終わるケースが多かった。3回までの愛工大名電もその例に洩れなかった。

戸高の緩急にはまったのは、愛工大名電各打者にも問題がある。普段からゆったりしたタイミングでボールを待つ習慣があれば手元まで呼び込んで、逆方向におっつけて打ち返すことができたはずだが、愛工大名電の多くの打者はそれができなかった。


4回に訪れた無死満塁の局面で、7番中野良紀(2年・三塁手・右投左打・178/74)はスクイズ失敗、さらに8番濱田達郎(投手・左投左打・183/88)の一塁ゴロで三塁走者がホーム憤死したのを見てチャンスはついえたかと思えたが、ここで打席に立ったのが9番中村雄太朗(捕手・右投両打・175/71)である。

中村は走者がいようがいまいが、ノーアウトだろうが2アウトだろうが、バントを試みる選手。つまり、小技の選手である。多くの愛工大名電打者のように大きなタイミングの取り方でボールを待とうとしない。初球は外角低めへの120キロのストレートを見逃し(ストライク)、2球目は外角への120キロのストレートを見送り(ボール)、そして3球目の低め116キロをコンパクトに振り抜いて、ショートの左を鋭く抜く2点タイムリーを放つのである。

これが愛工大名電の緊張をほぐした。5回には3安打、2四球を交えた波状攻撃で3点加え、完全に勝ちパターンに突入した。

愛工大名電の代名詞、全力疾走は得点が加わるごとに加速しはじめた。全力疾走の目安、「打者走者の一塁到達4.3秒未満、二塁到達8.3秒未満、三塁到達12.3秒未満」をクリアしたのは、私のストップウォッチでは5人・8回。1回裏に私が席を外していたので、1~3番打者の内野ゴロの幾つかはタイムクリアしたかもしれない。これだけ走られれば内野陣にプレッシャーがかかるのは当然である。


 一方、愛工大名電のエース、濱田達郎(左投左打・183/88)に話を移すと、この日は14奪三振を記録する活躍で、“BIG3”の看板に偽りがないことを証明した。ストレートの最速147キロばかり独り歩きしているが、持ち味は「速さ」より左右の「揺さぶり」にある。この日は“脱力”がテーマかのように程よく力を抜いて、左右のコントロールだけに腐心しているように見えた。

7分くらいの力で投げていたためストレートは130キロ台がほとんどだったが、時折見られるコントロールのバラツキがなく、低め、低めと呪文を唱えるようにボールが低く構えるキャッチャーミットに吸い込まれていった。
「さすがは濱田、BIG3と言われるだけある」と賞賛の声が上がる一方で、ストレートの速さに不満を洩らす声があったことも確か。コントロールが安定していたこの日のピッチングに、どれだけストレートに凄みが加わっていくのか、2回戦の履正社戦の注目はその一点である。

(文=小関順二)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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