目次

[1]決勝後の「大事なこと」/嬉し恥ずかしの歓喜の瞬間
[2]「無意識に拍手」した積極走塁
[3]謝りに来た選手に食事


 昨年秋の明治神宮大会で準優勝に輝いた広陵(広島)は、今センバツ出場を決めた。「名監督列伝」第2弾は、その広陵を率いる中井 哲之監督。もう30年以上もチームを率いている。センバツ優勝2回、夏甲子園準優勝2回。春夏通算で19度も甲子園のベンチに座った。名将はいかにして名将になったのか。今回は選手との絆を紹介する。

これまでのシリーズはこちら
■第1回
「寝耳に水だった監督就任」

名監督列伝・前田三夫(帝京)
■第1回
「知られざる監督就任エピソード」
■第2回
「夏の全国制覇を勝ち取るまでの修行期間と大胆改革」
■第3回
「自主性とのジレンマ、胸が踊った2006年夏」

決勝後の「大事なこと」


「散歩に行ってきていいですか」

 キャプテンの藤田 真弘が、中井 哲之監督にそう申し出る。2003年4月4日。第75回選抜高校野球大会で広陵が優勝した翌日、新大阪駅に近い宿舎でのことだ。

 大会期間中の広陵ナインは、宿舎そばの淀川河川敷で軽い運動をしたり、素振りをしたり、自由時間には散歩に出かけるのが日課だった。前日の決勝で、横浜(神奈川)に勝ったあとも宿舎泊まり。この日地元に帰る新幹線の時間までは、まだ余裕がある。その間を利用して散歩に出かけたいというわけだ。

「聞くと、『応援してくれたホームレスのおばちゃんに、お礼をいいたい』と。なんでも、毎日、河川敷を散歩するうちにその方と顔見知りになり、それからは『頑張れ、ラジオで応援しているさかいな』と応援していただいたそうです。私は日ごろ、『人に出会ったら、見知らぬ人でもきちんと挨拶せえよ』と教えていますから、ホームレスの方にも、彼らは分け隔てなく接していたんでしょう。『そうか、そんな大事なことがあったんか』とうれしくなって、私もその散歩についていきましたね」

 いい話である。

 ダルビッシュ 有投手(現レンジャーズ)が、東北(宮城)の2年生エースとして初めて甲子園に姿を見せた大会。広陵は強かった。エースに西村 健太朗投手(元巨人)、白濱 裕太捕手(現広島)、二塁では上本 博紀内野手(元阪神)が2年生ながら定位置をつかむ。まず旭川実(北海道)との初戦、4番・白濱が3安打3打点の活躍、9回途中まで投げた西村が1失点の好投で8対1。好投手・小嶋 達也投手(元阪神)のいた遊学館(石川)戦では、西村が3安打完封の6対0。準々決勝は、西村が近江(滋賀)を失策がらみの2点に抑え、上本がファインプレーを連発して4対2。東洋大姫路(兵庫)との準決勝は、相手エースのグエン・トラン・フォク・アンが、延長15回の引き分け再試合などの4日間連投となり、5対1。そして横浜との決勝は、涌井 秀章投手(現楽天)、成瀬 善久投手(元ロッテほか)の二枚看板を打ち崩し、西村が3失点完投で15対3。決勝での15得点は、当時の大会最多タイ記録という大勝だった。

「それはともかく…」と中井はいう。

嬉し恥ずかしの歓喜の瞬間

「最後の打者を打ち取って優勝が決まり、当時の宇原毅部長と涙ながらに握手をしていると、西村たちが三塁側ダグアウトを目がけて走ってくるんですよ。ふつう優勝の瞬間というのは、捕手と内野手がマウンドのピッチャーに駆けより、ちょっと遅れて全力疾走の外野手、ダグアウトにいた控え選手で喜びの輪を作るでしょう。それなのにあのときは、私たちのいるダグアウト目がけて選手が集まってくる……」

 はたと思い当たったのは、いつかのミーティングで話した内容だった。サッカーはええのう、たとえば点を取ったあととか、試合に勝ったあとに、フィールドにいる全員がベンチの方向に走りよるじゃろ? 野球でも、あんなことができたらええじゃろうのう……。アイツら、そうしようとしているのか。ただよりにもよって、甲子園で優勝を決めたあとである。球場にいるファンだけではなく、テレビでも何百万人が見ているのだ。「冗談じゃない、早くグラウンドに戻って整列せぇ! まず、試合終了の挨拶じゃ」。あわてて選手たちを押し戻したという。

「それでも、ミーティングの内容を覚えていて、しかも、それを甲子園で実行しようとした選手たちが、ちょっと誇らしかったですけどね」

 それと河川敷での挨拶も、だ。中井にとって、91年のセンバツ以来、12年ぶりの優勝だった。

 このときも含め、センバツでは3回の優勝があり、「桜の広陵」「春の広陵」といわれるチームはなぜか、夏は頂点に届かない。4回決勝に進出しながら、いずれも敗退なのだ。最初が1927年(●1対5・高松商=香川)、2度目が67年(●1対7・習志野=千葉)、3度目が2007年(●4対5・佐賀北)と、ここまではピッタリ40年おき。そして4度目が、中村奨成捕手(現広島)が大会6本塁打の記録を打ちたてた17年(●4対14・花咲徳栄=埼玉)。間隔は10年と短くなったが、西暦の末尾が7の年、という巡り合わせは続いている。とはいえ夏の頂点に立つのに、なにも27年まで待つ必要もないのだが。