試合レポート

仙台育英vs佐賀北

2012.08.09

新しいスタートラインへ

長く、苦しい4年間だった。
“がばい旋風”といわれた2007年夏の日本一から、佐賀北は勝てない時期が続いた。夏の佐賀大会では08年が3回戦敗退、09、10年が初戦敗退、11年がベスト4。10年は春の佐賀大会では優勝、08年は準優勝していたが、甲子園につながる大会では結果が出なかった。
日本一になった07年と同じ練習をしても、試合では同じようにいかない。甲子園から遠ざかるたびに周囲からの雑音は大きくなる。

百﨑敏克監督は、こんなふうに言っていた。
「優勝した後に低迷しているのは、こっちが高みを意識して、生徒とのギャップがありすぎて、それに生徒がついていけないという部分がありますね。指導者は甲子園はこうだった、ああだったという話をする。先輩たちは達成しているから、言っていることは間違いない。だけども、現状は予選の1回戦で負けてしまっている。この差がありすぎるんですね。こっちも(要求を)下げて、まず目の前の戦いに勝たなきゃいけないんですけど、最終的にはこうだと言っている。それが指導の反省のひとつですね。
あるときは折れて、ダッシュを100本やろうと思ったけど、50本にしようとか、1日練習を半日練習にするとかも必要ですよね。妥協しないことも必要ですけど、それがプラスであるならば、半分にすることも必要。『~しなければならない。~であらねばならない』じゃなくて、現状がそうだったら変えるしかないんですよね。そうしないと、前はここまでやった。それを乗り越えるためには、先輩が10やったから12やらなきゃ、13やらなきゃって、前よりも、さらに、さらにとなってしまう。じゃあ、前よりもさらにやって結果が出るかというと、そうじゃないことが結構多いですよね。指導者として、先輩が10やっていたのを7にはなかなかできないんです。やっぱり、妥協みたいになってしまいますから。」

 昨秋は初戦で伊万里にまさかのコールド負け。「本気で甲子園を目指していたのでショックでした」(ライト・内川慶一、3年)。そんなときだ。07年夏のヒーローが佐賀北にやってきた。広陵との決勝で8回裏に逆転満塁本塁打を放った副島浩史だ。教育実習で訪れ、放課後は後輩たちとともにグラウンドで汗を流した。
副島はコミュニケーションが巧み。百﨑監督も「あいつは選手の心をつかむのがうまい」と一目を置くほどだった。そんな副島が敗戦のショックで沈んでいる後輩たちに、こんな言葉をかけた。
「お前たちは甲子園に行ける。それまで全部負けても、夏に勝てばいいんだ」
07年のチームも夏までは結果が出ていなかった。秋は初戦、春は3回戦で敗退。5月の佐賀市長杯で優勝し、そこからトントン拍子に成長階段を駆け上がった。自らの経験と実績。中学生の頃にあこがれたスターである副島の言葉は選手たちの心に響いた。
ひと冬、トレーニングを積み、春の佐賀大会では優勝。九州大会でも1勝を挙げ、手応えをつかんだ。


 そして、夏。
選手たちはたくましい姿をグラウンドで見せる。初戦で前年夏の準優勝校で、春の佐賀大会決勝でも対戦した佐賀工末次慶一郎(3年)が4安打完封して勢いに乗ると、有田工敬徳鳥栖商を破って決勝進出。決勝では伊万里農林を相手に14安打で8点を奪って8対3で完勝した。初戦から決勝までの5試合、一度もリードを許すことのない理想的な試合運び。百﨑監督が「こっちが勝ってきたら嫌だなと思った方が全部負けてくれた」と言うように、運も味方につけて5年ぶりの甲子園切符を手にした。

この大会で、百﨑監督らしさを感じさせられたことが2つある。
ひとつは、初戦の佐賀工戦。1対0とリードした7回の攻撃。二死一、三塁の場面で九番の内川に初球セーフティーバントを命じたのだ。相手の虚を突き、見事成功。貴重な追加点を生み出した。結果的に、佐賀大会を通じて内川の安打はこの1本だけだった(12打数1安打)。
「百﨑先生には、打てなくても、(バントの構えで揺さぶったり、ファウルを打つことで)相手を疲れさせている。目に見えない貢献をしているからいいんだと言ってもらいました」(内川)
内川の役割は下位から上位につなぐこと。百﨑監督の言葉でいうと、“接着剤”だ。打つことは求められていない。いかにつなぐか、いかに相手を疲れさせるか。内川はチーム一位タイの4犠打をマーク。ほぼ全打席でバントを試みるか、バントの構えで揺さぶり、期待に応えた。
佐賀北に特別な選手はいない。だからこそ、身の丈にあったことしか要求しない。できることを確実にやりきる。個々の小さな仕事の積み重ねが、チームとして大きなことを成し遂げることにつながる。
「自分は打てないので、百﨑先生じゃなければレギュラーはなかったと思います。それをずっと使ってくれた。生きる道を教えてもらいました」(内川)

もうひとつは、捕手の山田の起用法。マジメで言われたことを忠実にこなす選手が多い佐賀北にあって、山田は異質の存在。気が強く、人の意見を聞かない。チームメイトからも決して人望があるタイプではなく、捕手向きの性格ではない。それがわかっているから、百﨑監督は春の大会で山田をベンチから外した。

だが、山田はよく野球を知っている選手。佐賀大会を勝ち上がり、甲子園を目指すうえで、マジメな人間ばかりの集団では厳しい。そこで、百﨑監督は春の大会が終わると山田を戻した。チャンスを得て、意気に感じた山田は勝つために必死の行動をとる。夏の大会中は指示されなくても自ら対戦相手の試合を観に行って分析。「分析した内容を野球ノートに書いてくるんだけど、こっちがびっくりするほど細かい」(百﨑監督)。相手校の分析を担当する吉冨壽泰部長も「あいつで勝ったようなもの」と舌を巻くほどの貢献を見せた。
「常に反発するヤツというのはかわいくはないんだけども、本当の仕事ができるというか、“ここ一番”で活躍できるヤツは、そういう反骨精神があるヤツなんです。指導者というのは、自分が『こっちの方向へ行くよ』と言ったら、それに一生懸命ついてこようとする生徒をよしとします。僕自身もそうですね。ところが、右に行こうと言っているのに左に行こうとするヤツもいます。こういうヤツはチームをかき混ぜることになる。それでも、その子の方がいいこともある。左に行くヤツは一見、空気やチームワークを乱す、チームのためによくないヤツですけど、そのエネルギーがあるということをものすごく買うわけです。ベクトルを反対に向ければものすごい力になる」(百﨑監督)
まさにベクトルの向きが逆になるように“操縦”して、山田を大きな戦力にした。


 そうやってたどりついた5年ぶりの甲子園。
初日の登場とあって感慨に浸る時間もなく、勝利を挙げることもできなかったが、仙台育英戦でも随所で持ち味を発揮した。
2回は4連打で2点を先行されるが、なおも一死一、三塁の場面でショートゴロ併殺打を打たせた。4回には1点を追加され、なおも一死三塁の場面で三遊間のヒット性の当たりをサードの古川大地(2年)がダイビングで捕球して一塁へ好送球。一方的な展開になりそうなところを、ぎりぎりのところでしのいだ。
攻撃では、4回一死二、三塁からスクイズ失敗で二死となった後、藤田和宏(3年)がレフト前にタイムリーを放った。8回の1点も二死三塁から山田がレフト前にタイムリーを打ったもの。いずれも二死からの得点だった。実は、佐賀大会の全得点24のうち、二死からの得点は半分を超える14点。二死になってからも、しぶとくつないで点を取る攻撃は大舞台でも見せた。

 今大会初めて先制点を許し、4回、8回は得点を挙げながら直後の守りで失点。最後まで流れを呼ぶことはできなかった。終盤は1点もやらないために外野を前に出したが、その上を越されるなど力の差も見せつけられた。結果は5年前に遠く及ばなかったが、彼らもまた“上”を狙っていた。
佐賀大会で優勝し、甲子園出場を決めた後も、変わらずトレーニングを続けてきた。猛暑の中、丸太ダッシュや下半身を鍛えるサーキットトレーニングを継続していたのだ。
「甲子園まで来るチームはどこも力がある。力の差はないから、最後までしっかりトレーニングをやっていたチームが勝つんだ」
1回戦から登場し、引き分け再試合を含む二度の延長戦など7試合73イニングを戦い抜いた先輩同様、決勝までへばらないスタミナをつける準備はしていた。

ずっと日本一を背負わされていた佐賀北ナイン。この日も、報道陣からは最後まで07年関連の質問が飛び交った。「意識しない」とは言っても、意識させられる状況が続いた5年間。勝利を手にすることはできなかったが、甲子園までたどりついたことで、ようやく、背負っていた荷物は軽くなった。
「周りの声とか、評価というのは意識するなと言っても意識します。それによって、自分たちが限界を決めてしまうんです。でも、挑戦しているとカベというのは別にあるわけじゃなくて、自分がつくるもの。何もないんです」(百﨑監督)

もう、そのカベもなくなった。次は、07年以来の校歌、“がばい旋風”を――。
甲子園も、ファンも、その日が来るのを楽しみに待っている。

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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