前橋工vs前橋商
昨夏の決勝再現の前橋対決、延長12回前橋工が前橋商に雪辱
昨夏の決勝の前橋対決の顔合わせが、準々決勝で実現した。ちなみに、昨年は前橋商が3―1で勝って甲子園出場を果たしている。
そして、1年が過ぎた。
春季県大会でも優勝した前橋商は、今大会も優勝候補の筆頭に推す声が多い。ことに、1年生でエースナンバーを背負った岩崎君の台頭が著しいからだ。これに対して前橋工は、春季大会では3回戦で健大高崎に6回コールドで敗れている。そこからのチーム再建だった。どん底に近い状態からチームを作り直したが、4回戦ではかつて全国制覇の実績もある桐生一を破って勢いづいている。とは言うものの、戦前の予想では、やはり前橋商有利という声が多かった。
ところが、3時間15分を超す死闘は、延長12回、前橋工が9回から逃げ切りのための守備固めとして入っていた武田君のタイムリー打で勝ち越し、そのまま逃げ切った。
前橋商のエース左腕岩崎君は、長いリーチから、球持ちのよさもあって打ち辛い投手という印象なのだが、この日は、もう一つ本調子ではなかった。そこを突いて、前橋商は、4回までに7安打を放って6点を奪っていた。
このまま、前橋工のペースで試合は進んでいくかのようにも見えたが4回、前橋商は1点を返してなおも満塁で、もっとも信頼のおける三番森澤翼君が中堅手頭上を破る三塁打を放って走者一掃でたちまち1点差となった。
その後、前橋商は5回からリリーフした3年生の柳岡君が好投。踏ん張る前橋商の内山君との投手戦の様相となってきた。こうなると、次の1点が試合を左右していくだろうと思われたが、前橋工が8回は三番石原君のタイムリー、9回は二番角田君の左翼線二塁打で加点して、3点差とした。前橋工がそのまま逃げ切りそうな気配で9回裏を迎えた。
ところが、さすがに前橋商は粘り強かった。内山君も勝ちを意識したところもあったのだろう、森澤翼君に左前打を許すと、続く松井君に四球、さらに五番東海林君も中前打して満塁となる。ここで、走者の足が攣るというアクシデントもあって、少し中断。その再開後の初球を叩いた鹿沼君の打球は、右翼手頭上を破り同点の三塁打となった。しかも、無死三塁。一転、前橋商サヨナラの場面となった。
しかし、ここでは内山君と守りが踏ん張った。あわやサヨナラ中犠飛という場面で、角田君~藤澤君~原澤君という好中継プレーで刺した。
こうして、試合は延長戦に突入していった。ここからは、気持ちの勝負と言ってもいいだろう。
春季大会以降、精神的な部分の成長を目指してきた前橋工・小暮直哉監督は選手たちに対して意図的にトレーニングメニューで負荷をかけていく一方で、ミーティングなどを自主的に行うように仕向けていった。こうしたことで、選手たちも練習の一つひとつに目的意識を明確に持てるようになっていった。
「6月あたりから、明らかにチームの雰囲気がよくなってきました」と言うように、そうした心の成長が、苦しい場面で生きてきたのは確かであろう。
ピンチにマウンドに集まった選手たちは、「Yes,we can」を合言葉に、声をかけ合えるチームに成長してきたという。
従来、前橋工には不文律的にOBが監督を務めることになっていた。そんな中で、前橋高出身の小暮監督はいわば外様的な存在でもある。
それだけに、春季大会のような結果になると、不協和音が生じてくることも否めない。そんな中で、小暮監督自身も、選手たちとともに一緒になって悩み、苦しみながらも、昨夏の雪辱を果たしたことで、一つ大きく踏み出せたことも確かである。
それが、一番大事な大会で、戦いながら示していかれていることも素晴らしい。
延長12回、決勝打を放ったのが敬遠後に勝負された、守備固めとして出場していた武田君だったことにも、そんな前橋工の精神的な強さを示した象徴的なシーンと言ってもいいだろう。敬遠後の初球を思い切って振っていった積極性にも、その姿勢が表れていた。
小暮監督も、「春までのチームからは、想像できないような素晴らしいプレーが続出しました。何度も、相手の流れになりそうになりながらも、本当によくこらえてくれました」と、選手たちの精神的な成長に感謝していた。
驚異的な粘りを見せながら、ついぞリードを奪いきれなかった前橋商。
富岡潤一監督は、1年生の岩崎君に関しては、「今日は、投球バランスがよくなかったですね。改めて、野球の怖さを知ったのではないでしょうか」と、それを今後に生かしてほしいという思いでもあろう。
また、3年生の柳岡君に関しては、「3年生としての思いを背負ってよく投げてくれました。9回、3点差を追いつくことが出来たのは、そんな気持ちが皆に伝わったからでしないでしょうか」と称えながら、「ただ、あそこでサヨナラを決めなくてはいけませんでしたね」と、残念がった。
3時間15分、長い試合ではあったけれども、気持ちと気持ちがぶつかった、見ごたえのある試合だった。
(文=手束仁)