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あの抱擁は苦難を乗り越えた男の成長の証だった【2023年神奈川県・高校野球ベストシーン】

2023.12.04


緒方蓮(横浜)、丸田湊斗(慶應義塾)

2023年もあとわずか。ことしも高校球界ではさまざまな印象的な出来事があった。各都道府県ごとにベストシーンを思い出してみよう。

【選手権県大会決勝・慶應義塾vs.横浜】
2023年7月26日、真夏の太陽が照りつける横浜スタジアムの9回表。全国高校野球神奈川県大会決勝が行われていた。マウンドには2点リードの横浜杉山 遙希投手(3年)、打席には慶應義塾渡邉 千之亮外野手(3年)。1死二、三塁と慶應義塾が一打同点のチャンスを迎えていた。そして、フルカウントからの内角球に渡邉がフルスイングした打球は、グングン伸びて左翼席へ。逆転3ラン。9回土壇場で、慶應義塾が試合をひっくり返した。マウンド上の杉山は、目の前の出来事が信じられない表情を浮かべていた。観客はその「劇的さ」に驚くなか、横浜の遊撃を守っていた緒方 漣内野手(3年)に視線を送っていたに違いない。

すこし時を戻そう。9回表無死一塁からの二ゴロで横浜が併殺を狙った。4ー6ー3ときれいに球が渡ったが、一塁はセーフの判定。誰もが1死一塁となったと思った。しかし、二塁塁審はセーフのジェスチャーをしていた。遊撃手の緒方がベースに触っていないという判定。緒方本人からすれば、すり足した右足の先でベースに触れたつもりだっただろうが…。横浜ベンチからは二塁塁審へ説明を求めたが判定は覆らない。無死一、二塁で試合は再開され、犠打の後、冒頭のシーンを迎えるのであった。

試合はそのまま6-5で慶應義塾が優勝し甲子園への切符をつかんだ。敗れた横浜の杉山と緒方は号泣した。2人はともに1年夏から甲子園に出場。3年連続の夏甲子園出場を目前に、悪夢を味わった。

緒方は1年夏の甲子園初戦で、9回に起死回生のサヨナラ逆転3ランを放って一躍ヒーローになっていた。体は170センチに満たないが野球センスにあふれ、勝負強さも兼ね備えていた。集大成の夏となるはずだったが、こだわり、磨いてきた守備で悲劇を味わった。野球に向き合うことができなくなり、家からも出られない日々が1週間も続いたという。

その緒方が侍ジャパンのユニホームを着て、生まれ変わった。U-18日本代表メンバーに選ばれ、二塁手として活躍。MVPを獲得し、ベストナイン、首位打者、最多得点と「4冠」に輝き、チームを初の世界一へと導いた。神奈川大会決勝後、地獄の日々を味わった男が再び輝きを取り戻した。あの併殺プレーでの自分のプレーが正しかったのかどうかを考え直した。他にやり方がなかったか…。判定を不服とすることなく、もう一度自分と向き合って前に進んでいた緒方に、野球の神様は最高のご褒美をくれた。

台湾とのU-18W杯決勝。逆転に成功して沸くベンチの前で、緒方が丸田 湊斗外野手(慶應義塾3年)に後ろから抱き着き、ともにホームインした喜びを表現した。あの決勝で戦った2人は、正反対の「その後」を過ごしていた。緒方は落ち込む日々が続く一方、丸田は甲子園で一躍有名となった。決勝の先頭打者本塁打を含め、1番打者として打率4割の数字を残し、チームを優勝へと導いた。絶頂を味わった丸田が、U-18代表にも選ばれ、主軸として期待されたが、打撃不振に陥る。3試合連続でノーヒットに終わることもあった。緒方も、思うように力を発揮できない丸田の苦しむ姿をそばで見ていた。だからこそ、決勝で逆転したシーンで、感情を爆発させた。あのシーンで心動かされた人は多かったに違いない。

緒方にとって忘れることができない神奈川県大会決勝のあの併殺シーン。その時、二ゴロを放っていたのが、実は丸田だった。あの微妙な判定のプレーがなかったら、その後の渡邉の逆転3ランもなかった。もちろん、その先の夏甲子園107年ぶりの慶應義塾の優勝もなかったかもしれない。しかし、あの併殺プレーがあったからこそ、緒方の丸田への「抱擁」が感動を呼んだ。日本の初世界一もなかったかもしれない。

横浜慶應義塾で、ともに1番に座る2人が、この夏、天国と地獄をそれぞれ味わって成長した。来年春、緒方は國学院大に進学予定、丸田は慶應義塾大へと進む。今度は神宮の舞台で、2人が対戦する日がきっと来る。あの決勝で逆転3ランを浴びた杉山は、ドラフトで西武3位に指名された。

この3人はいつの日か、プロ野球の舞台で人々を感動させるプレーを見せることだろう。

<全国高校野球選手権:慶應義塾6-5横浜>◇2023年7月26日◇決勝◇横浜スタジアム
慶應義塾スタメン
(中)丸田 湊斗(3年)※慶應義塾大進学予定
(遊)八木 陽(3年)
(左)渡邉 千之亮(3年)
(右)加藤 右悟(2年)
(一)延末 藍太(3年)
(三)福井 直睦(3年)
(二)大村 昊澄(3年)
(捕)渡辺 憩(3年)
(投)小宅 雅己(2年)

横浜スタメン
(遊)緒方 漣(3年)※國学院大進学予定
(左)上田 大誠(2年)
(捕)椎木 卿五(2年)
(一)栗山 大成(2年)
(中)阿部 葉太(1年)
(右)萩 宗久(3年)
(投)杉山 遙希(3年)※西武3位指名
(三)稲坂 陽(3年)
(二)峯 大翔(2年)

この記事の執筆者: 浦田 由紀夫

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