みちのく便り~心の高校野球~

第2回 光星学院・下沖勇樹2009年11月05日

 人生でこんなにも不安に駆られることはそうないだろう。アマチュア野球選手がプロ野球選手になれるかどうか、その人生の分かれ道となるのが、「運命の日」といわれるドラフト会議である。

 青森県八戸市にも不安いっぱいにその日を待つ高校球児がいた。

光星学院 ・下沖勇樹。最速148キロのストレートにスライダー、シュート、チェンジアップ、フォークを投げる。フィールディングやけん制も上手く、何より、負けん気に満ちたマウンド度胸がいいらしい。

 岩手県二戸市で育った下沖。中央小4年の時、堀野ボーイズで野球を始めた。ボーイズといっても、関西で発祥した硬式野球のボーイズリーグではなく、軟式野球である。進んだ福岡中でも軟式野球部に所属した。1、2年は県大会で3位。3年時には全中で日本一になった。そんな大きな看板を背負っていても、「軟式だし、ほんと、部活で全然厳しくなかった」と笑う。

だが、この全国制覇が下沖に「プロ野球選手に“なるんだ”」と思わせた。それまでは「プロ野球選手に“なりたい”」憧れ。それが、「なる」という目標に変わった。そうなると、高校選びには相当頭を悩ませたようだ。

中学の仲間は地元・ 福岡高 に進む。 福岡高 は岩手県内最多の甲子園出場回数10回を誇るが、昭和60年夏以降の出場はなく「古豪」と呼ばれる。その 福岡高 でみんなと一緒に野球をやるか、甲子園に出てプロ野球選手という夢をとるか。

直前まで迷ったが、15歳の下沖は甲子園に出てプロ野球選手という夢を選択した。仲間に伝える時はそうとうドキドキしただろう。仲間だって、驚いたはずだ。光星学院の入寮の日、早朝5時半。下沖に知らされていなかったが、中学の仲間は自宅に見送りに来てくれた。感動の涙と共に、いざ、青森の光星学院へ。といっても、八戸と二戸はお隣。新幹線だと10分ちょっと。車では1時間くらいだ。

 部活動の中学野球だった下沖にとって、強豪・光星の野球は厳しかった。練習時間・質・量。加えて、容赦ない指導者からのゲキ。「はじめは辛かった」と漏らす。

だが、1年春から実力を発揮した。4月の室岡杯1回戦でノーヒットノーラン(5回コールド)をやってのけたのだ。決勝では 工大一高 に4回4失点だったが、上々の高校野球デビュー。しかし、目標の甲子園には遠い。聖地を踏めぬまま、2年の夏が終わった。気付けば、自分たちの代。キャプテンになった。その秋、春のセンバツ出場をかけた東北大会準決勝で 花巻東 と戦った。中学時代、シニアで活躍した菊池雄星と軟式で活躍した下沖勇樹。岩手が生んだ、左右の豪腕が激突。軍配は下沖、光星学院にあがった。

決勝を制した光星学院。1月、センバツ出場の吉報が届いた。3月、センバツ。初めての甲子園球場。「覚えてないですね。緊張して、舞い上がって。負けたのしか、覚えてないです」。3月21日、 今治西 にサヨナラ負け。1回戦で敗退した。夏、もう一度帰ってくることを誓い、土は持ち帰らなかった。 

青森に帰り、ラストスパート。夏に向けて練習を積んだ。ゴールデンウィーク。3年前、一緒に全国制覇を成し遂げたメンバーがいる 福岡高 と練習試合があった。「気合いが入った」その試合で、自己最速となる148キロをマークした。

 7月12日、高校野球の集大成を存分に発揮する、青森県大会が開幕した。
 しかし、わずか12日後の7月24日。
 「正直、負けると思っていなかった。余裕とか甘さがあったと思う」

 高校野球の終わりは突然だった。 野辺地西 に延長の末、敗れた。
 「負けたのに、負けたと思わなかった。明日も試合がある気がして」
 試合後の下沖は、まさに号泣。仲間に支えられて球場を後にしたという。
「泣きました。今まで泣いたことないくらい、泣きました」
一週間、立ち直ることができなかった。それでも、気持ちを整理。

「この経験を生かすために上でやろう。この経験は上で生きてくる」
金沢成奉監督はいう。「この夏はまさかの敗退。これが、今後の社会に向けてどう作用するか。いい経験、プラスになるようにしないといけないんでね。ホームスチールされたり、予想していないことをやられて、野球の怖さを知った。(監督自身)初めての経験やから、子どもらは想像もつかない負けだったでしょう。でも、成功する人っていうのは、失敗を生かすでしょ。成功しない人間は生かさない。挫折は必ず、その後の人生に左右する。人々の考え方一つ。成功するのには、大きな財産で、成功しない人生なら、ただの挫折です」。

  18歳の誕生日、9月8日付けでプロ志望届けを提出。ドラフトの10月29日を待った。

10月28日、ドラフトの前日。翌日に備えて散髪に行った後、グランドで練習をした。「緊張はないですね。不安です。指名されるか、指名されないか、不安です」。ボールを握っていないと、体を動かしていないと、不安だった。寒い八戸の夜。ブルペンで大粒の汗を流した。

10月29日、学校に着くと、急に緊張した。不安と緊張の中、授業を受けた。緊張の面持ちでドラフト会議の様子を見るテレビがある、図書室へ入った。何度も手の汗を制服のズボンで拭き、何度も何度も後ろで見守る同級生の野球部員へ目をやった。16時。ドラフトが始まる。1巡目は 花巻東 ・菊池の指名で沸いた。それから1時間後の17時20分頃。ソフトバンクから3巡目で指名を受けた。名前をコールされた瞬間、驚いた。「ない」と思っていたからだ。だが、テレビ画面をジッと見て、確かめると、瞬く間に安堵の表情になり、下沖スマイルが全開した。

「予想外、予想外」

そう言って、胸が高鳴ったまま、記者会見をする部屋へ移動し、記者会見に臨んだ。

 2日間の不安と緊張から解かれた下沖。「嬉しいですし、ホッとした気分です」。プロ野球への憧れはあるが、実際、どういうことをしているのか想像がつかないという。それでも、「これからが大事。今以上にこれからの時間を大切にしたい。子どもたちに夢を与えられる選手になりたい」と決意を述べた。硬式球を握って3年。軟式球児の目標や希望、指針になる選手になってほしい。

「予想外」だったし、3巡目ということで「自分の中では全然いい(順位)。もっと下だと思っていたので、本当に嬉しい」という高評価。それでも、下沖には見えていた。「紙を書いているとき、“樹”みたいのが見えて、同じ名前(漢字)の人がいるんだ、と思っていたんです。(沖の)サンズイとかあって、『一緒の名前の人いるんだ』って」。その直後、「下沖勇樹」がコールされた。いろんなことが重なった、驚きいっぱいの指名だった。

花巻東 ・菊池は西武から指名を受け、同じパ・リーグに呼ばれた。“再戦”もあり得る。「また同じ舞台で勝負できる。ワクワクする。早く1軍に上がって投げあいたい」。みちのくでしのぎを削ったライバルと、舞台をプロ野球、パ・リーグに移して再び投げ合うチャンスがある。

 センバツ以前は下沖も菊池も話題の差はほとんどなかった。しかし、センバツで印象を強め、準優勝という結果を残した菊池。10年、20年に一度の逸材といわれ、日本のプロ野球だけでなく、メジャーリーグからも注目を集めた。下沖は言う。

「(菊地は)自分の中では一番のライバル。でも、あいつの中ではもう、そうじゃない」。けれども、それを妬まない。むしろ、人の活躍を喜べる。

ドラフト前日。高校球児のプロ志望届け提出者一覧を見ながら、「この庄子(隼人、 常葉学園橘高 )って、中学ん時に見たんですけど、えぐかったんすよ。あと、この陽川(尚将、 金光大阪高 )はいとこで」と楽しそうに話していた。まるで、昔の卒業アルバムを見せてくれているかのように。そして、菊池については下沖自らが切り出した。憧れの選手を語ってくれた時だ。「ダルビッシュさんは見た感じからオーラがあるんですよ。野球でも見た目からもオーラのある選手になりたいんです。雄星はオーラがあるんですよ」。人の実力に嫉妬はしない。その雄星は即戦力としての期待を背負ってプロの門を叩く。「あいつはすぐ投げると思うけど、自分はわからない。早く1軍に上がれるように努力したい。雄星からは見習うこところがある。野球以外もきちっとしていて。尊敬しているところがある」。ライバルを認める。だが、きっぱりと言った。「いつか、抜きたいと思っている」。気付いた時には、すでに先を行っていたライバル。今度はプロの世界で抜き返してみせることを誓った。

 下沖が指名された球団は「福岡ソフトバンクホークス」。いわずと知れた、九州は福岡県に本拠地を置く球団だ。全国制覇をした中学は「福岡中」。高校の最速を出した相手は「福岡高」。そして、ドラフト指名されたのは「“福岡”ソフトバンクホークス」。

高校進学に迷った下沖は巡り巡って「福岡」に導かれた。ちなみに、岩手の 福岡高 は「HOKUOKA」と日本式ローマ字で表記されており、ユニフォームなどは「H」一字で表されている。ソフトバンクは「FUKUOKA」。

思わず、聞いてみたくなった。

―「福岡」に縁を感じるか。質問の意味を理解するのに、ちょっと時間がかかったが、下沖は「気づかなかったです。でも、そういわれると、そうなので、縁があるのかなと思います」と答えた。そして、故郷・二戸の福岡へのメッセージを口にした。「今まで応援してくれてありがとうございました。これからも応援してください」。東北の岩手から九州の福岡は遠い。まだ福岡県へ行ったことはないけれど、慣れ親しんだ「福岡」だけに、まず地名には馴染めそうだ。

 家族への思いも忘れなかった。「今まで野球をやらせてくれたお礼を言いたい。『ありがとう』って言いたいです。今まで言ったこと? ないです。恥ずかしいっすけど、これは言いたい。言わなきゃ、スッキリしないので」と言って、会見後、実家へ電話をかけた。母・礼子さんが出た。「泣いていました。お母さん。『本当におめでとう』って言われて。(指名は)いろんな人から電話が来て(知ったようだ)」。

 「ありがとう」は言えなかった。「泣いていたんで、ビックリして。『指名されたよ』って言ったら泣きながら『本当におめでとう』って。(母が泣いているの)見たことないです。感動したっていうか、心に響きました」。寮に帰ったらもう一度、電話をかけると言った。自分の部屋で落ち着いた頃、ゆっくり、家族と電話で喜び、そして、「ありがとう」を伝えたはずだ。

ドラフトの不安が終わったと思ったら、すぐ、プロ野球界への希望と不安が湧き出てくる。ドラフト前日、「(プロは)試合しか観たことないので、どんなことをしているかとかイメージが沸かないんですよね。昔もただ観ていただけで」と話していた。そんなこと、12球団まちまちだし、周りにはプロの先輩がたくさんいる。大事なことは、心構え。

「子どもに夢を与えられる選手になりたい」
「負けず嫌いなので、プロに行っても誰にも負けない気持ちでやっていきたい」
「夏の大会で野球の怖さを知ったので、苦い失敗を上の世界で取り戻したい」

プロで大成するには相当の努力がいるだろうし、様々な境遇が待ち構えているだろうけど、「雄星を追い抜くこと」、「家族への思い」、「この日の決意」、こういったことが支えになるはずだ。

誰に聞いても「ヤンチャ」と言われる下沖。だから、ツンケンしたところがあるかと思っていたが、そうではなかった。実力に驕ることはない。相手を認めることも出来る。取材慣れしていて、受け答えははっきり出来る。なにより、野球が大好き。でも、まだまだ写真写りも気にする高校3年生、18歳。多くの人がそうだけど、素直になりきれない時がある。「光星に来て、人間的に成長したと思うんです。礼儀を知らなかったんですよ。挨拶とか、社会で通用する人間になれたと思います」。他人には言えるけど、まだ、それを指導してくれた、部長や監督、コーチに伝えられていない。家族には伝えることが出来た感謝を、今度は、高校で指導をしてくれた指導者に伝えることができるだろうか。それが出来たとき、本当の「プロ野球選手」下沖勇樹が誕生するはずだ。

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プロフィール

高橋昌江
高橋 昌江
  • ■ 生年月日:1987年3月7日
  • ■ 出身地:宮城県栗原市(旧若柳町)
  • ■ 宮城県仙台市在住のフリーライター
    少年野球からプロ野球まで幅広く“野球”を取材し、多方面に寄稿している。
  • ■ 中学校からソフトボールを始め、大学2年までプレーヤー。大学3年からはソフトボール部と新聞部を兼部し、学生記者として取材経験を重ねる。
    ソフトボールではベンチ入りはできなかったものの、1年と4年の2回、全日本大学女子ソフトボール選手権大会で優勝を経験した。
    新聞部では何でも取材したが、特に硬式野球部の取材をメインに行っていた。最後は明治神宮大会準優勝を見届けた。
  • ■ ソフトボール部の活動から得た「人間性、人間力」を軸に「どう生きるか」を考えている。
  • ■ 野球が好きというよりは、野球の監督・コーチ・選手・関係者と話しをして、聴いたこと、感じたことを書いて伝えることが好き。“野球”については、常に勉強中。
  • ■ 【言葉には、力がある】が信念
  • ■ 取材時の持ち物は「気持ち、熱意、真心、笑顔」。
  • ■ 愛読書はデール・カーネギー『人を動かす』など自己啓発系が多い。
  • ■ 『高校野球ドットコム』にて「みとのく便り~心の高校野球~」好評連載中!!
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