11月2日(月)広島県福山市の福山大学にて、10月26日(月)に行われた「2020年プロ野球ドラフト会議suppportedリポビタンD」で読売ジャイアンツから育成10巡目で指名を受けた山﨑友輔(やまさき・ゆうすけ)投手が同球団からの指名あいさつを受けた。

 1975年創部の福山大野球部にとって46年目にして初のドラフト指名選手誕生。それでもあいさつ直前までは「通常の生活の中に様々な行事が入っている感じで実感が湧いていない」と話していた山﨑投手であったが、武田 康チーフスカウト、岸 敬祐スカウトから来年1月初旬スタートの新人合同自主トレーニングまでの日程などを説明されると「今日、やっと巨人の一員になったことを実感した」と表情を引き締めていた。

ちなみに山﨑投手の3年時からリーグ戦のみならず今年春先の関西遠征や紅白戦・練習にも足しげく通い続け、阿部 慎之助二軍監督・二岡 智宏三軍監督も交えてのスカウト会議でドラフト指名を強く進言したのは読売ジャイアンツスカウト2年目で初のドラフト指名選手を輩出した岸 敬祐スカウト。

 同スカウトも関西学院大卒業後、関西独立リーグの大阪ゴールドビリケーンズ(2010年解散)、四国アイランドリーグplus・愛媛マンダリンパイレーツを経て2010年育成ドラフト2巡目で読売ジャイアンツに入団。入団後には「僕は長距離走が得意だったので、そこで当時の川相 昌広三軍監督にアピールしてチャンスをもらった結果」2年目途中で支配下登録を勝ち取った苦労人左腕である。

 すなわち、この縁はコロナ禍により4月以降、ほとんど練習試合こなせない中でも這い上がり、球速を伸ばす過程を岸スカウトが自らの体験も投影し理解していたからこそ生まれたもの。「岸さんに見てもらわなかったら今の僕はなかった」。実はドラフト前の調査書も読売ジャイアンツ1球団のみだった山崎投手も改めて感謝の言葉を綴った。

 そんな恩人たちに応える最大の手段は「投げられる場所で全力を尽くし、強気で攻めていく姿を表現する」こと。178センチ80キロから投げ下ろす最速150キロと3種類スライダーを最大の武器とする魂の右腕は「僕は一軍で登板できなかったので、彼に一軍登板の想いを託したい」岸スカウトや「入学した時から『福山大で第1号のドラフト指名選手になれ!』と山﨑には言ってきたが、彼のプロに行きたい強い想いが実現して本当によかった」としみじみと語った福山大・蔵田修監督らの「想い」も胸に秘め、育成10巡目からの飛躍を誓う。

(記事:寺下 友徳