「伝統校」の誇りと歴史を胸に戦う──100年以上の歴史を築きあげている高校野球。その中には幾度も甲子園の土を踏んだが、ここ数年は遠ざかり”古豪”と呼ばれる学校も多く存在する。
昨年から導入された低反発バットや夏の甲子園二部制など、高校野球にも変革の時期が訪れようとしている。時代の変遷とともに変わりゆく中で、かつて聖地を沸かせた強豪校はどんな道を歩んでいるのか。『高校野球ドットコム』では名門復活を期す学校を取材し、チームの取り組みや夏に向けた意気込みに迫った。
「KKコンビ」を下して初優勝
PL学園の桑田 真澄と清原 和博。いわゆる「KKコンビ」は、甲子園の歴史に名を残す名選手である。1983年夏、二人は1年生にしてエースと4番の大活躍。夏の全国制覇に貢献した。翌1984年春も甲子園の切符を掴んで優勝候補筆頭に挙げられていた。
下馬評通り勝ち上がり迎えた決勝戦。甲子園20連勝中のPL学園に立ちはだかったのが岩倉だった。エース右腕・山口 重幸投手を中心に勝ち上がり、準々決勝では茨城の強豪・取手二を撃破。準決勝でも大船渡に2対1で勝利すると、決勝でも山口の力投が光り、1対0で完封勝ち。伝説のKKコンビを下し、春夏通じて甲子園初出場初優勝を掴み取ったのである。
母校の輝かしい記録を嬉々として語るのは同校を率いている豊田 浩之監督だ。
「あのチームはただいい選手がいて、強いだけでなく、野球に対して真摯に向き合っていたと話を聞いて感じます。山口さんはベンチに入っていない仲間に対しても気を遣うほど仲間を大切にされていたそうです。個の力に頼るのではなく、本当にチームが一丸となって戦っていたそうです」
上野駅近くに校舎を構える下町で育った生徒が、西東京市にあるグラウンドから、見事全国の頂点を手にしたのだった。
立ちはだかるベスト16の壁
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