山陽vs尾道
中川皓太(山陽)
何かをつかんだ試合
勝敗はわずかの差だった-。
4回裏、山陽の攻撃。1番・濱先脩平が放った打球は尾道の右翼手・河野優作の前に飛んでいった。
河野は思い切ってダイビングするもボールはわずかにグラブをかすめ、打球は後方に転々とし、打った濱先は三塁まで達していた。
山陽ベンチに座る川岡孝弘監督は2番・岩城裕平に託した。
「気持ちで持っていった」という岩城はインコースのストレートを振り抜くと詰まりながらもライト前に運んだ。この1点が決勝点となり、1年生大会を制した3年生が主力となった山陽が、昨秋の広島王者・尾道を倒し、3回戦に進出した。
山陽は、昨秋に就任した川岡監督が指揮を執り始めてから今大会が初の公式戦となった。
“山陽の川岡孝弘”といえば、ご存じの方もおられることだろう。
そう、90年夏の甲子園でベスト4に進出し“ミラクル山陽”と呼ばれた時の2年生エースである。
今大会から「縁起担ぎ」の意味を込めて川岡監督の現役時代のグレー基調に黄色が入った昔のユニフォームに代えてきた。そんな真新しいユニフォームに身をまとい、山陽ナインが引き締まったプレーをみせた。
初回、尾道の1番・竹中大喜が放った打球はセンター前へ抜けるかと思われた。しかし、遊撃手・岩城が横っ飛びするとすぐさま立ち上がり間一髪のアウト。
「絶対に勝とうという気持ちでした」(岩城)
そんな岩城のプレーにつられるように3回にはセンター前に落ちるかという打球を濱先がダイビング、4回には一、二塁間を抜けるかと思われた打球をセカンドの松下裕貴が横っ飛びするなど間一髪のプレーで要所を締めた。
投げては背番号10の左腕・中川皓太が3安打完封。
試合後、選手と握手を交わす川岡監督も「選手のおかげです」と感無量だった。
川本祐輔(尾道)
敗れた尾道だが、その戦いぶりは夏に向けてワクワクするような期待感を抱かせてくれた。
特にエース・川本祐輔のピッチングには目を見張るものがあった。
打たれた安打は4回の2安打のみ、それも詰まらせた当たりだった。
バックネット裏のプレスルームから見ていてもホップしているのが目に見えてわかる。
いったいどのくらいのスピードが出ていたのだろう。スピードガンを向けていた選手に聞いてみた。
「140キロを連発。アベレージで130キロ後半です」
その球速だけではなく、スピンの効いたストレートの球質も格段にアップし、それに加え、スライダーが鋭く切れるなど、高校生にはそう簡単に打てるとは思えないようなピッチングぶりだった。
“尾道のエース・川本祐輔”
一冬を越え、広島県屈指の投手に躍り出たといっても過言ではない。
だが、それだけではない。
最終回の攻めにも尾道の強さが垣間見えた。
攻撃に入る前、北須賀俊彰監督の鋭い目が光った。そしてナインにこう言った。
「4番、草本につなげ」と。
まず、この回、先頭の9番・ピッチャーの川本がとにかく粘った。
カウント、3ボール2ストライクになってからもだ。
ファール、ファールと食らいつき、結果、相手投手に10球を投げさせ、四球を選んだ。
2番・河野も8球投げさせ、四球を選ぶとついにその4番・草本悠太につないだ。
その草本、2ストライクまで追い込まれながらも右方向へライナー性の打球を放った。まさに4番らしい一打だった。これで2死満塁となったが、最後の打者が遊ゴロに倒れゲームセット。
その最後の攻撃からも尾道が何かをつかんだというようなものが十分に感じ取れた。
山陽、尾道ともに無失策。互いに結果以上の“何かをつかんだ試合”だったのではないか。
「ある意味、いい負け方だった」
試合後、そうつぶやいた北須賀監督の言葉が妙に不気味だった。
(文=編集部:PNアストロ)