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大逆転劇の明徳義塾戦の舞台裏 松坂大輔は野球メディアにも大きな影響を与えた【後編】

2021.08.22

大逆転劇の明徳義塾戦の舞台裏 松坂大輔は野球メディアにも大きな影響を与えた【後編】 | 高校野球ドットコム
渡辺元智 前監督(横浜)、高校時代の松坂大輔(横浜)写真:日刊現代/アフロ

 横浜は、その後の埼玉県で開催された春季関東地区大会でも大島 裕行のいた埼玉栄多田野 数人がいた八千代松陰、旋風を巻き起こしていた坂戸西を下して決勝進出。決勝ではエースとして館山 昌平がいた日大藤沢との同県対決を制して公式戦無敗が続く。

 そして迎えた夏は第80回記念大会で横浜は東神奈川大会で準決勝では横浜商大高に25対0などという大勝をしながら、優勝すべくして優勝して春夏連覇を目指す甲子園出場を果たす。

 甲子園では初戦で柳ヶ浦を下すと、2回戦は初戦でノーヒットノーランを達成している杉内 俊哉鹿児島実との対戦で、序盤のハイライトとも言われた。横浜は6回に後藤の犠飛で1点をリードしていたが、1対0のまま8回を迎える。ここでようやく杉内を捉えて小池のタイムリーに最後はとどめの松坂の2ランでこの回5点。杉内を粉砕した。

 3回戦でも横浜星稜を下して、準々決勝でPL学園と春の再戦となる。

 延長17回の熱闘となるこの試合。ドキュメンタリー番組としても紹介され、この試合だけの分析本も刊行されたくらいに伝説の試合だった。その試合を制した横浜は準決勝の明徳義塾戦では、松坂は先発を回避。回避の背景について、渡辺元智監督はこう語っている。

 「9回に終わって勝っていればそのまま先発でしたが、17回も投げて、打って走っていたんですよね。試合後の談話では『松坂は明日投げさせませんと』。そしたら松坂はインタビューで『明日は投げません』と(笑)。監督は俺だぞ!と。でも宿舎に帰ったら精根尽き果てている様子でしたので、テレビの発言通りで、登板回避させようと思いました」

 4番左翼手で出場するが、チームは6点のリードを許して8回を迎える。

 さすがの横浜も、追い詰められた状況になってしまった。しかし、8回裏に4点を返すと俄然、球場のムードが変わった。この時、渡辺監督は「淡々と試合が進んでいて、どうせなら、最高のメンバーと戦って負けて、帰ろうと思っていたんですよね」と松坂をブルペンに送り出す。

 そうすると、甲子園は横浜、松坂コールの大歓声。そして、右腕のテーピングをはがして松坂がマウンドに登ると、甲子園は俄然と沸いた。

 9回表を抑えると、その裏横浜は奇跡とも言える逆転サヨナラ劇を果たす。渡辺監督の意図を超える逆転劇だったのだ。

 

 そして決勝では京都成章をノーヒットノーランの3対0で下して、春夏連覇を達成して、まさに松坂 大輔は甲子園が生んだ20世紀最後のヒーローとなった。

 横浜は、さらにその後に開催された国体でも優勝している。こうして、松坂世代の横浜は公式戦負けなしで、そのチームを終えることとなる。

 その年のドラフトでは、1位入札で3球団が競合の末、西武ライオンズに入団することになる。


 プロ入り後の松坂の活躍に関しては西武時代、メジャー移籍後、WBCの侍ジャパンなど、今さらここで述べるまでもないであろう。しかし、そんな松坂も、やがて年齢とともに衰えが生じたことはスポーツ選手の常でもあり仕方のないことであろう。

 ただ、松坂はただ単にその実績ということだけではなく、メディアを含めて、野球界周辺に残した影響も大きかった。まずは、「松坂世代」という言葉に象徴されるように、松坂の出現によって、高校野球時代の世代の重要性が認識されるようになった。

 現在、高校野球の指導者たちの中核をなしているのは40歳前後の人たちであるが、その多くの人たちは、「松坂世代の一つ上です」とか、「松坂世代の一つ下です」などという表現で年齢を伝えてくれることも多い。それも、それだけ「世代」の括りが浸透しているということであろう。ちなみに、メディアでも「世代括り」を意識し始めたのは明らかに松坂登場以降で、その後に斎藤 佑樹田中 将大の「ハンカチ世代」「マー君世代」などと言われる世代も登場する。さらに、「大谷 翔平世代」と繋がっていくのだが、高校野球のスター選手の登場で、一つの野球選手の世代層を構成していくということでもあろうか。

 また、自分も含めてそうなのだが、松坂の登場によって、高校野球メディアのあり方が大きく変わってきた。一つは、松坂の登場が、その後に野球雑誌の一つのエポックとなる『野球小僧』(当時、白夜書房・刊)を誕生させる。それを引き金に、双葉社・好奇心ムックで『熱中!甲子園』が誕生し、既存のスポーツ雑誌メディアでないところから、観客(ファン)目線での掲載記事が好評を得た。また、老舗の『報知高校野球』も、例年は刊行予定のない秋に臨時増刊として「松坂大輔]特集号」を刊行している。

 やがて、そうしたスタイルでいくつかの高校野球本が刊行されていくようになっていく。そんな中で、WEBメディアの驚異的な発達もあって、今日のような高校野球メディア過多時代を誕生させていったとも言えよう。

 そういう意味では、私のようなインディペンデントのモノカキを含めて、松坂の登場、活躍によって新たな活動の場を提供してもらえたということにも繋がっていくのである。つまり、松坂 大輔という存在は、野球界だけではなく、その周辺社会にも、多大なる影響を残してくれたということである。それは、まさに「平成の怪物」と称するにふさわしい存在だったのである。

(取材・文=手束 仁

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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