人の縁とは不思議なものだ。25日に行われた明治神宮大会・大学の部決勝を見ていて、ふとそう思った。マウンドには慶應義塾大(東京六大学連盟)の左腕、増居 翔太投手(3年=彦根東)が投げていた。安定したフォームから、切れ味鋭い直球と変化球を低めに集め、中央学院大(関東五連盟第一代表/千葉県)の打者をつまらせ、ポップフライを打たせ、空振りさせていた。

 その顔とフォームには、見覚えがあった。

 3年前の春、甲子園の記者席にいた。ワクワク、ドキドキしていた。センバツ大会3回戦の彦根東(滋賀)と花巻東(岩手)の試合が、9回を終わろうとしていた。彦根東の投手が、ノーヒットノーランをしていたのだ。しかし味方が得点を奪えないまま0対0で9回裏に突入していた。抑えても無安打無得点は成立しない。もったいないなあと思っていたが、それでもその投手は9回を無安打無得点に抑えた。その投手こそ、慶應義塾大の増居投手だった。

 結局、延長10回、味方の援護なく、10回に初安打を許し、サヨナラ負けをした。ポーカーフェイスで感情を表に出さず、投手向きな性格かなと思っていた。その顔と安定したフォームは3年前と、さほど変わってなかった。

 増居はプロも考えたそうだが、大学を選んだ。悔しさが残るあの試合をともに味わった二塁手の朝日 晴人内野手とともに慶應義塾大の門をたたいた。そこにはその時、甲子園で戦った選手もいた。同じセンバツの初戦で対戦した慶應義塾高校(神奈川)出身の選手たちだった。

 エース増居の好投もありチームは4対3で勝利したが、投げ合った相手投手は生井 惇己投手、4番打者だったのが下山 悠介内野手だった。センバツで戦った同士が、大学で同じチームとして日本一を目指すことになった。そして1年後には、9回代打で登場して三振し、最後の打者となった廣瀬 隆太内野手が入部してきた。

 みんな現在の慶應義塾大主力メンバーに成長した。明治神宮大会大学の部決勝で中央学院大と戦ったスタメンには下山が3番、廣瀬が5番、朝日は8番、そして先発に増居が名を連ねた。

 増居が5回途中で降板し、6回から3番手で登板したのが生井だった。残念ながら、決勝では敗れ、東京六大学初の「大学四冠」は逃したが、増居らには来年がある。今年の東京六大学春季リーグで増居と朝日はベストナインに輝いた。昨年秋には下山と廣瀬がベストナインに輝いた。あのセンバツを戦った戦士は、東京六大学を引っ張っている。

 増居は高校2年の夏も甲子園を経験している。名誉ある開幕戦のマウンドに立ち、戦った相手は長崎代表の波佐見だった。増居は5失点しながら9回160球で完投。チームは9回に1点差を跳ね返して逆転サヨナラ勝ちした。

 涙した波佐見の先発は隅田 知一郎投手。そう、今年のドラフトで4球団競合の末に西武にドラフト1位指名された左の剛腕だ。隅田は高校生活最後の夏、甲子園で味わったあの敗戦を糧にドラフト1位まで駆け上がった。

 増居投手は人を引き寄せる何かを持っているのか。それとも単なる偶然なのか。

 増居もあの悔しい「幻のノーノ―」が甲子園ラストマウンドだった。あの淡々と、黙々と、投げる姿はプロでも見られるのだろうか。今から1年間、目が離せなくなる投手がまた1人増えた。

(記事=浦田由紀夫)