試合レポート

秋田商vs能代商

2012.07.26

これぞ、高校野球

これぞ、高校野球だ。
9回裏二死走者なし。誰もが守る能代商の3年連続の甲子園切符を疑わなかった。たった3球で外野フライを2つ打ち上げた秋田商の攻撃を見れば、そう思わない方が不思議だ。

だが、ドラマはここから始まった。
5番の近藤卓也(3年)がレフト前安打で出ると、和田光平(3年)がライトフェンス直撃の三塁打を放って1点差。それでも、能代商ナインは落ち着いていた。伝令で間を取り、エース・畠山慎平(3年)は続く大友航生(3年)にショートゴロを打たせる。ところが、三遊間の当たりで慌てた成田瑠茉(3年)一塁送球が高く浮いた(記録は失策)。これで同点。

さらに、8番の坂谷歩(3年)の2球目が暴投となり、二死二塁。能代商は甲子園目前から一転して、サヨナラのピンチに追い込まれた。ベンチはもう一度伝令を送って間を入れるが、直後の1球。坂谷のセカンド左への強いゴロが岳田諒平(3年)の股間を抜け、二塁走者の大友が歓喜のホームを踏んだ。

あと1アウトで天国から地獄へ――。

岳田は言った。
「ワイルドピッチから焦りが出て、足が動かなかった。足が止まってしまいました」
昨夏、レギュラーとして甲子園2勝を経験している岳田。それでも、最後に足が動かなくなってしまう。同じく昨夏からレギュラーだったサードの小川宗太郎は言った。
「簡単にツーアウトになって、ホッとしてしまったかもしれません」
経験があっても、ここ一番では平常心ではいられなくなる。ましてそれが、自分たちが有利な状況から突然苦境に立たされれば無理もない。これが、高校生。高校野球なのだ。だから、最後まで何が起きるかわからない。


 文字通り、あと一歩で3連覇を逃した能代商ナイン。彼らにとっては酷な結末になったが、昨秋から見れば、目に見えて成長した。秋の東北大会初戦。能代商は7回表まで古川学園を10対0とリードしていた。その裏を3点以内に抑えればコールド勝ちという状況で、エースの畠山は突然崩れた。先頭打者にその試合初めての四球を与えると、3連打を含む4安打を浴びて5失点。8回に3ランを浴びて2点差となると、9回には死球と失策で追いつかれる。結局、11回にサヨナラ負けを喫した。
「畠山は最初のフォアボールで何かマウンドのせいにするようなしぐさを見せたんです。それが気に入らなかった。そんなことをしているから逆転されるんだと思います」
当時、工藤明監督はそう言っていた。

 あれから9ヶ月。畠山は別人のように成長していた。安打を打たれても、1点差に追いつかれても、味方が失策をしても、マウンドから周りに声をかけ続けた。四球は8回に与えた1つだけ。気持ちを切らさず、丁寧に、コーナーへ投げ続けた。

「あの試合以来、監督さんからも四死球はダメだと言われ続けていました。大量点につながらないように、ストライク先行で投げようと思っていました。打たせて、守ってもらって、チームプレーで勝とうと思っていた。最後まで冷静に、それを頭に入れて投げました。打たせてアウトにならなかったらしょうがないです。最後(の球は)は甘かった」(畠山)

畠山自身はやるべきことをやりきった。秋にできなかったことをやってみせた。
「私自身、秋のことがよぎることはありませんでした。過去のことを忘れてじゃないですけど、乗り切らないといけないとやってきた。畠山は、秋のような様子は一切見せませんでした。それよりも、私自身が勝負を急がせすぎたかもしれません。ショートゴロも、(成田の)一人のプレーにしてしまった。ファーストに大きく構えさせたり、低い球というジェスチャーをさせたり、守る意識を徹底させていれば……。畠山は本当に落ち着いていた。すごく成長しただけに、甲子園のマウンドに立たせてやりたかった」
工藤監督はそう言って涙ぐんだ。


これぞ、高校野球――。
そう思わされたのは、試合だけではない。むしろ、試合が終わってからの光景にあった。
閉会式で能代商ナインがベンチからマウンドに向かう姿、ダイヤモンドを一周する姿は、敗者であることを感じさせなかった。「1、2、1、2」と声をかけ、肩の高さまで手を振り、ひざが90度になるまで足を大きく上げる。涙をこらえながら、毅然とした表情で行進する姿は立派だった。

さらに、驚いたのが、その後。工藤監督をはじめ、能代商ナインは取材を一時中断し、球場外の駐車場出口に向かったのだ。全校応援を続けてくれた生徒たちに感謝とお礼の気持ちを表すためだった。混んでいたため、学校のバスが来るまで15分は待っただろう。その間にも、自家用車で応援にかけつけてくれた親族や地域の人たちに丁寧に頭を下げていた。

その姿を見て、車内から次々と「ごくろうさま」「ありがとう」「いい試合だったよ」と声がかかる。拍手をしながら、「日本一」と言った人もいた。その人たちは、能代商ナインの前を通り過ぎた後、思い出したように涙を流していた。見ているこちらも、思わずもらい泣きしてしまう光景だった。
「いつもは試合後に(高野連の規定による理学療法士の)ストレッチなどがあり、先にバスが出てしまうんですが、今日は最後だからそれはいらないと。それよりも、やらなくちゃいけないことがある。毎年、われわれのためにわざわざ時間を割いて、全校応援に来てくれる。このタイミングを逃すな、と。選手たちは負けて悔しいし、恥ずかしいかもしれません。でも、愛される野球部になるのが目標。感謝の気持ちを示そうと」(工藤監督)
 勝つことは大事だ。選手たちは、勝つために毎日苦しい練習をするのだから。だが、ただ勝てばいいというわけではない。


勝負の世界は非情だ。どちらかが必ず勝ち、負ける。どんなにいい試合をしても、どんなに素晴らしい行動をとっても、それは勝利とは別だ。だが、試合の結果に関係なく、能代商ナインは最後まで自分たちのやるべきこと、できることをやりきった。

工藤監督はよく「甲子園には行く資格があるチームとそうでないチームがある」と言う。勝利目前で敗れはしたが、今年のチームは、間違いなく“行く資格のある”チームだった。

能代北と統合され、来年度からは能代松陽となる能代商。最後の歴史を刻んだ彼らに、横断幕にあったこの言葉を送りたい。
『永久不滅 ありがとう能代商業』

(文=田尻賢誉)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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