Column

【野球部訪問】鶴丸(21世紀枠推薦校) 「本氣」の取り組みで人間を磨く!

2024.01.26


守備練習に取り組む鶴丸ナイン

今春の第96回選抜高校野球大会の21世紀枠の九州地区推薦校に鹿児島の鶴丸が選ばれた。

昨秋の第156回九州地区高校野球大会鹿児島県予選で鹿児島商鹿児島実の強豪校に競り勝ち、準々決勝では出水工との点の取り合いを制し、19年ぶりとなる4強入り。準決勝ではれいめいにサヨナラ負けで九州大会出場は逃したが、2点ビハインドを9回表2死からワンチャンスで追いつく集中力を発揮した。

1894年、旧制・鹿児島一中として創立された県内トップクラスの県立進学校。野球部は1899年創部で、野球の名づけ親・中馬庚氏が指導に携わったこともある。1925年春にはセンバツに出場し、鹿児島県初の甲子園出場校となった。平日の練習時間は約1時間程度と様々な制約がある中でも、「文武一道」をモットーに掲げつつ、「甲子園出場」と学業との両立を目指す。県内の中学・高校の指導者として活躍する卒業生も多い。足を運んで感じたのは、野球にも学業にも「本氣」(福田健吾監督)で取り組むことで人間を磨いていこうとする高い志だった。

1年の始まりはOB戦

鶴丸野球部の1年は1月3日のOB戦から始まる。100人前後のOBが集まり、その半分ぐらいがユニホームを着用して試合をする。

「OBの先輩たちが本当に楽しそうに野球をしていて、しかもレベルが高い。皆さん、本当に野球が大好きだというのが伝わってきます」

就任7年目の福田監督があいさつで語る。大学の野球部やサークル、ソフトボールチームなど現在所属しているチーム、現役時代のユニホーム、ジャージなど、試合に出場するOBたちの服装は様々だが、一番多いのはマスターズ甲子園を目指すOBチームの試合用ユニホームだ。

「マスターズ甲子園」は「生涯スポーツとしての野球文化の発展」を掲げ、高校球児OBが再び甲子園を目指す大会。これを2004年に立ち上げたのは、野球部OBで神戸大国際人間学部教授の長ケ原誠さんだ。第1回大会に鹿児島からの出場チームはなかったが「発起人である長ケ原さんの母校を甲子園に!」と鶴丸OBの上野和重さんらが中心になって鹿児島県の連盟を作り、翌05年から鹿児島でも予選大会が始まった。

その年、鶴丸は決勝に進んだが、鹿児島実にサヨナラ負けを喫し代表を逃した。9年後の14年に決勝で鹿屋中央に勝って甲子園出場を勝ち取っている。マスターズ甲子園の発足を契機としてOB会の組織化も進み、1月3日のOB戦を「公式行事」と位置づけ、現役への支援と2度目のマスターズ甲子園出場を目指す活動を継続している。

37歳の重信拓哉さんは185センチの長身左腕で、東京大で東京六大学野球、明治安田生命で社会人野球を経験している。六大学リーグでは立教大戦で白星を挙げた。社会人野球を退いた2年前から晴れてOBチームのメンバーに加わった。長崎在住だが、今年は帰省し久々にOB戦のマウンドに上がった。現役は引退したが「高校生相手でも通用しますよ!」と福田監督が感嘆するほどの球を投げていた。

マウンドに上がった最年長54歳の中村敦さんは、高校教員で加世田の部長。野手最年長出場は86年春、鶴丸が最後に九州大会に出場した時の主将・寳來良治さんで55歳。01年春に4強入りした時の主将・日髙慎一郎さんは出水工の監督であり、昨秋4強入りをかけて準々決勝で母校と対戦した。学校の野球指導者以外でも30代、40代、50代と、働き盛りの「おじさん」たちが、OB戦ではユニホームを着て、現役さながらのハッスルぶりで硬式球を追いかけている。

OBのNPBプレーヤーは、南海、大洋などで活躍し、引退後はダイエー、阪神でスカウトとしても実績を残した池之上格さんが1人だが、中村さんや日髙さんのように県内の高校や中学で野球指導者として活動しているOBは多い。2年前、大島をセンバツに導いた塗木哲哉監督や枕崎の小薗健一監督らがその代表格。小薗監督は昨年、県内でキャンプを張る大学、社会人、クラブチームによる交流戦「薩摩おいどんカップ」の発起人でもある。

「マスターズ甲子園」や「おいどんカップ」には、既存の枠組みにとらわれない進取の気性、野球を通じて世のため、人のために貢献したいという校訓「For Others」の精神が感じられる。

その夜の懇親会では約30人が集い、「現役の21世紀枠とマスターズでアベック甲子園出場を!」と大いに盛り上がっていた。

OBとの交流

サイレントアップ

OB戦の翌4日、練習に足を運んだ。練習は午前中の約4時間。平日の練習時間は限られているだけに、じっくり時間をかけて練習ができる貴重な機会である。冬休み期間だが、5日からは10、11日にある実力考査のための試験休みに入ってしまうため、練習ができない。中間、期末、実力試験と、様々な試験によって年間約80日、練習ができない日がある。「もう2、3日、追い込めば良い感じに仕上がるんですが…」(福田監督)と隔靴掻痒の思いがありながらも、進学校ゆえの現実を受け入れつつ、限りある時間の中で最大限の成果を上げる創意工夫を凝らす日々を送っている。

ウオーミングアップのランニングやドリルを粛々と行っていた。野球部のアップといえば大声を出して雰囲気を盛り上げるやり方があるが、部員たちは声を発することなく淡々と体を動かしていた。校舎で大学入試を直前に控えた3年生の模擬試験が実施されていたため、音を立てるのがはばかられるからだ。

このあたりも進学校ゆえの涙ぐましい事情が垣間見えるところだが「それはそれでいいところもあるんですよ」と福田監督。例えばランニングで、全員の足並みをそろえるために全員の掛け声で合わせるのが一般的だが、声を出さずにそろえるためには、周りをよく見て、お互いの感覚でタイミングを合わせなければならない。注意力や集中力、協調性を高める効果がある。声を出さないウオーミングアップを「サイレントアップ」とチームで呼んでいる。

「練習試合でもあえて声を出させないことがある」(福田監督)。雰囲気を盛り上げたり、気づきや具体的にやるべきことを明確にするなど、声出しにいろんな効果があるのは分かっているはずなのに、声が出ない時がある。あえて声出しを禁止にすると、面白いもので「ここ集中だぞ!」「元気がないぞ!」と、無意識のうちに声を出す選手が出てくる。野球の中で声が大事な役割を担うことを体得するのにそんな「逆療法」も有効というわけだ。

トレーニング風景

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この記事の執筆者: 田中 裕毅

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