Column

前田三夫(帝京前監督)③「自主性とのジレンマ、胸が踊った2006年夏」

2022.01.08

 2021年夏、帝京の前田三夫監督が50年に及ぶ監督生活に幕を下ろした。全国制覇3回、甲子園通算51勝。高校野球に半世紀を捧げた男はいかにして帝京を全国屈指の強豪に鍛え上げ、「名将」となったのか。

 前田監督の監督生活を振り返った特別連載企画の3回目は最終章に突入する。「一番感慨深い」という仙台育英との決勝秘話から、高校野球史に残る伝説の総力戦となった2006年夏の智辯和歌山戦などを振り返ってもらった。

前田三夫(帝京前監督)③「自主性とのジレンマ、胸が踊った2006年夏」 | 高校野球ドットコム名監督列伝・前田三夫(帝京)
■第1回
「知られざる監督就任エピソード」
■第2回
「夏の全国制覇を勝ち取るまでの修行期間と大胆改革」
■第3回
「自主性とのジレンマ、胸が踊った2006年夏」

仙台育英・大越と紙一重の勝負

前田三夫(帝京前監督)③「自主性とのジレンマ、胸が踊った2006年夏」 | 高校野球ドットコム
前田三夫監督(帝京)*2020年野球部訪問より

 1989年、第71回全国高校野球選手権の決勝は0対0のまま10回、帝京の攻撃を迎えていた。ヒット、四球、バントでつかんだ1死二、三塁で打席には鹿野浩司(元ロッテ、現江戸川ポニー監督。ここまで仙台育英大越基の速い球に詰まらされていると感じた前田三夫監督は、タイムをかけて「狙いは変化球だ」と指示を出した。だが、ズバズバと直球が2球決まり2ストライク。前田さんはいう。

「2球見送った鹿野が、恨めしそうにこっちを見てね(笑)。手を上げて”悪い悪い、変化球狙いは取り消しだ”と意思を伝えると、3球目もまっすぐ。だけど、これをファウルしてくれた。追い込まれても、一度バットに当てると打者はその気になるでしょう。そして4球目、外目の甘いまっすぐをセンター前に会心の当たりです。これで2点勝ち越して、優勝できました。ただ後年、雑誌の企画で大越君と対談したんですが、彼は投球中に私をよく見ていて、”打て””待て”のサインがわかっていたというんですね。最後、鹿野の打席のときも見られていたら、変化球狙いを取り消したのがばれたかな(笑)。

 また大越君がいうには、すでに疲労は限界近く、9回裏の2死から三塁打が出たときにサヨナラ勝ちを期待したそうです。それが0に終わり、気持ちを切り換えられないまま10回のマウンドに立った。だから、直球にまったく合っていない先頭の井村(清治)に対して、なぜか変化球から入ってしまうんですね。それを叩いた打球がセンター前に抜けていき、ウチのチャンスになるわけですが、9回裏の仙台育英がすんなり3人で終わっていれば、大越君の気持ちもまた違っていたかもしれません」

 ぎりぎりの勝負にはときとして、そういう勝負のアヤがある。この代の帝京は、エース・吉岡雄二らが入学してきたときから「全国優勝を狙うよ」といい続けるだけの力があった。だがセンバツでは、報徳学園(兵庫)に初戦負け。捲土重来を期した夏の東東京大会前には、吉岡がねんざして投球不能という緊急事態だった。代役の池葉一弘が奮投したが、岩倉との決勝では一時、4点差をつけられる大ピンチ。ここをなんとか逆転しての出場だった。甲子園本番では、2回戦から登場の組み合わせ。吉岡のねんざの回復には貴重な時間をもらえたのも、微妙なアヤだ。

「あれで吉岡の目の色が変わりましたね。なにしろ、自分が投げられないのに連れてきてもらったんだから、今度は”オレがやらなきゃ!”という気になる。ねんざの後遺症はあったと思いますが、下半身が弱っているのを取り戻そうと、毎朝6時から私が付き合い、宿舎のそばの武庫川べりを走りました。一度本気かどうか試そうと狸寝入りをしていたら、”監督さん、時間ですよ”と揺り起こされた。ああ、コイツはやってくれそうだと確信を持ちましたね。結局吉岡はこの大会、5試合で1点しか取られていないんです」

 以後も、毎年のように甲子園に出場した。91年夏には、またも池田(徳島)と3回戦で対戦。すでに蔦文也監督はベンチからは退いていたが、3点を追う8回裏、三沢興一(元巨人など)の満塁ホームランで逆転。9回に追いつかれるも、10回裏の2点ホームランでサヨナラ勝ちしている。翌92年春は、初のセンバツ制覇を果たす。エース・三沢は前年秋、公式戦の防御率が32校中ブービーと、前評判はさほど高くなかったが、甲子園では5試合すべて完投で防御率1・00と、見違えるような安定感だった。

[page_break:空中分解寸前からの全国V、「自主性」との葛藤]

空中分解寸前からの全国V、「自主性」との葛藤

前田三夫(帝京前監督)③「自主性とのジレンマ、胸が踊った2006年夏」 | 高校野球ドットコム
前田三夫監督(帝京)*2020年夏季東東京大会 目黒学院戦

 夏2度目の優勝が95年。実は、空中分解寸前からのVだった。6月の練習試合でふがいない負け方をすると、ただでさえ厳しい練習はさらに壮絶になった。ときに、夜の12時近くまで続くと、終電に間に合うように、全員が駅までダッシュした。やがて耐えかねた数人の主力メンバーが練習をボイコットし、部を離れる者もいた。なにやら監督就任当初を思い起こさせるが、本番目前での主力の造反だから当然、チームはめちゃくちゃになる。下級生中心に、一からつくり直しを図るが、さすがに今年はダメか——と前田さんもサジを投げかけたという。

 だが、造反組の一人・吉野直樹が「もう一度、頑張ってみたい」と直訴してチームに戻ると、おろおろしていたチームに核ができた。ベンチ入りメンバー中、3年生はわずか4人。だが、早稲田実との東東京大会決勝は吉野の決勝3ランで勝利し、甲子園では背番号10の2年生エース・白木隆之の好投や、四番・吉野の活躍などで頂点に立つことになる。春夏の甲子園で3回以上優勝している監督は、現在まで範囲を広げても10人しかいない。やはり前田さんは、高校野球史上きっての名将なのだ。

 かと思うと、50歳を目前にして「高校生がわからなくなった」。98年のことだ。当時の高校野球界は、自主性尊重の指導が主流になりつつあった。選手たちをがんがん鍛える、昔ながらのやり方はもう古い。前田さんもそのときの主将・森本稀哲(元日本ハムなど)の「自分たちで練習メニューを考えてやりたい」という申し出を最大限に認め、実際に夏の甲子園にたどり着く。ただ前田さんは、そういう時代なのかと思いつつ、ベンチに緊張感がないことに懐疑的だった。案の定、手応えがあったはずのチームは、優勝候補にあげられながら浜田(島根)の和田毅(現ソフトバンク)にひねられ、3回戦で姿を消すことになる。

「あ然としたのは、親しい記者の方に聞いた話です。試合の前日、甲子園近くのゲームセンターで遊んでいる選手の姿を見た、と。がっかりしましたね。高校生がいう自主性なんてしょせんそんなもので、一歩間違えばどこに落とし穴があるかわかりません。自主性尊重の結果がゲームセンターとは……」

 だから、高校生がわからなくなったのである。

 なにかのヒントに、とメジャーの視察に出かけたのはその後のことだ。選手たちの集中したプレーに点差、あるいは敵味方関係なく、観衆はスタンディングオベーシーョンを送る。英語などからきしわからなくても、その共感は伝わってきた。これだ、勝ち負けではなく、見ているほうがのめり込んでくれる野球をやろう。帰国した前田さんは、その決意を選手に話した。きれいに、正々堂々とプレーしよう。スライディングで相手が倒れたら、手を貸して起こす。キャッチャーがマスクを捨ててフライを追ったら、打者はそのマスクを拾い、拭いて渡す。最初はなかなか徹底しなくても、口うるさく指摘するうちにそれが身につき、やがて意識しなくても当たり前になっていく。そうすると同じひとつの白球を追いかける相手も、そして観客も、共感してくれるようになる。

[page_break:伝説の智辯和歌山戦、そして最後の甲子園となった11年夏]

伝説の智辯和歌山戦、そして最後の甲子園となった11年夏

前田三夫(帝京前監督)③「自主性とのジレンマ、胸が踊った2006年夏」 | 高校野球ドットコム
前田三夫監督(帝京)*2020年夏季東東京大会優勝監督インタビュー

 そして、2006年夏。

「これなんだよな、求めていたのはこういう空気なんだ……」

 前田さんは、そう思ったそうである。この夏の甲子園。帝京は、智弁和歌山と準々決勝を戦っていた。劣勢だ。4点を追う9回の攻撃も一、二塁に走者がいるが、すでに2死。だがここから中村晃(現ソフトバンク)、杉谷拳士(現日本ハム)らがつなぎにつないだ。5連打。ハデな当たりは1本もない。泥くさく、ひたむきに食らいつき、野手の間を抜く単打ばかりだ。5点を奪って土壇場から逆転し、6連打目が3ランホームラン。帝京は、4点差をはね返すどころか、つごう8点を奪って4点差をつけた。前田さんはいう。

「その攻撃中ね、お客さんが拍手をし、立ち上がり、声をそろえ、甲子園が揺れるのがわかるんです。ヒットが続くごとに、それが大きくなっていった。スタンドが一体になってくれている……甲子園で何十試合もやったけど、あんな経験は初めてでしたね」

 球史に残るこの名勝負は結局その裏、智弁のこれまたミラクルな反撃で再逆転されてしまうのだが、点差が開いても最後まであきらめない姿勢は、スタンドに共感を自然発生させた。近年の甲子園でも、劣勢のチームが反撃の兆候を見せると客席から拍手がわく。だけどその肩入れは、イベントに参加している自己満足の表現みたいで鼻につく。あの試合はそうではなく、野球好きならふるえてしまう共感が確かにあった。

「その晩は、眠れませんでしたよ。勝負としては、あんな悔しいゲームはない。だけど、見ている方も、ひたむきで、あきらめない姿勢に一体になってくれている……それがわかったのは、満足でしたね」

 帝京はその後も強豪であり続け、松本剛(現日本ハム)らのいた11年夏には、大谷翔平(現エンゼルス)が2年だった花巻東(岩手)と対戦。8対7で勝利しているが、

「あの大会の大谷君は故障もあり、ピッチャーというより野手。レフトにフェン直の二塁打を打たれたんですが、逆方向にあの当たり、そして走る姿……とてつもない選手、いや、アスリートだと思いましたね」

 この大会は続く2回戦、3点リードの9回に満塁ホームランを浴びるなどで、八幡商(滋賀)に敗れた。それが前田さんの、最後の甲子園だった。監督生活50年で甲子園51勝は、平均して毎年1勝ということになる。そして、全国制覇3回。繰り返しになるが、「高校も大学も3期生で、名前が三夫、3に縁があるんですよ」という前田さんの言葉を思い出した。

(記事:楊 順行

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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