試合レポート

成田(千葉)vs北大津(滋賀)

2010.08.18

2010年08月17日 阪神甲子園球場

成田(千葉)vs北大津(滋賀)

2010年夏の大会 第92回甲子園 3回戦

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中川諒(成田)

北大津流積極策の魅力

 日本でこんなサインを出せるのはこの人しかいない――。

 8回、1点差に迫り、なおも無死一、二塁と攻める北大津の攻撃。打者は1回戦の常葉橘戦で本塁打を放っている4番・小谷太郎。ボールカウントは3ボール。

 次の瞬間だ。一、二塁の走者が同時にスタートを切る。そして、小谷が打つ。ファールにはなったが、誰もが予想しない一、二塁からの、3ボールからのヒットエンドランに球場はどよめいた。だが、この攻撃はまだ終わらない。次の投球でも、同じように2人の走者はスタート。小谷も打った(ファール)。

 惜しまれるのが、この1球。

小谷が手を出したのはボール球。見逃していれば、四球で1死満塁となっていたところだった。結果的に小谷はセカンドゴロ。続く北野力にレフト前タイムリーが出ただけに、悔やまれる1球になってしまった。

 仰天の采配。

 だが、真相は想像とはやや異なった。北大津・宮崎裕也監督はあの采配をこう説明する。

「ウチでは、ランナーが詰まっているときの3ボールは走ることになっているんです。ストライクは見送ったらアウトになるから打ちにいく。たまたま3ボールになったからエンドランみたいなかたちになっているだけです」

 サインではなく、北大津の中での決まり事による自然なエンドランだった。だから、北大津ナインは誰も驚かなかった。二塁走者の大野晋平も「ああいうときは走ることになっているんで」と平然としていた。

 ただ、惜しまれるのが小谷がボール球に手を出してしまったこと。だが、これには伏線があった。初回、山口元気の三塁打で1点を先制した後の1死三塁で、小谷は外角ストレートに手が出ず、見逃し三振に倒れていた。

「ストレートを見送って三振していたので、積極的にいかないとと思って手が出たんでしょう」(宮崎監督)

 小谷の心境は、宮崎監督の推測通りだった。

「ああいう場面では気持ちで勝つ方が勝つ。食らいつこうと思っていました。今日は合っていなかった(三振、セカンドゴロ、ファーストゴロ)ので、振って合わすしかないなと。まっすぐでくると思ったし、打ったろうと思ったんですけど」

 状況的には成田がピンチ。追い込まれているのはマウンドの中川諒なのだが、前打席までの結果が小谷から精神的なゆとりを奪っていた。
「もう一度戻れるなら、バットは止まったと思います」

 負けたとはいえ、誰も小谷を責める者はいない。これが北大津の野球だからだ。北大津に「待て」のサインは存在しない。ノースリー(3ボール)からでも、積極的に打つ。実際に、2008年センバツの横浜戦でも、4回に橋本航樹がノースリーからライト前に勝ち越し打を放ったのを始め、二度3ボールから打ちにいっている。その積極策が功を奏し、土屋健二(日本ハム)、筒香嘉智(横浜)らがいて、夏に甲子園で4強に進出する横浜を破る金星を挙げた。

 ノースリーからでも打つ理由について、宮崎監督はこう説明する。

「常にアグレッシブ。強い気持ちを持つということですね。野球で一番しんどいのは気持ちがぶれたり、揺れ動くこと。打席で狙い球と違う球が来たりするとぶれるんです。そうならないためですね。攻撃は最大の防御ですから」

 常に前向きに、常に攻める。だからこそ強豪校に向かっていけるのだ。宮崎監督はこの日、守備でも積極策を選択している。7回、同点に追いつかれ、なおも2死一、二塁の場面でエース・岡本拓也に代え、横江巧真をマウンドに送った。上手、横手、下手と三投法を使い分ける軟投派の岡本と異なり、横江は140キロ台の速球が武器。流れを変え、目先を変えると同時に、球威で抑え込もうと思ったのだ。結果的に横江は連続四球と安打で2点を追加されたが、攻めの継投をした結果。悔いは残していない。

「やるべきことを全てやった結果。強気の戦い方はできました」

 小谷の打席も、多くの監督はバントをさせていただろう。だが、北大津野球は違う。常にアグレッシブが持ち味だからだ。

 近畿勢では唯一、優勝のない滋賀県。昨年までの夏の大会通算25勝、勝率・385は近畿6県でダントツの最下位だ(近畿1位は大阪の146勝、勝率・643、勝ち星5位は奈良の72勝、勝率5位は京都の・587)。その滋賀の公立校でありながら、横浜を破り、今大会も2勝を挙げた北大津の健闘は光る。

 それはもちろん、宮崎流の積極策があるから。気持ちで負けていないから。個性的な公立校が少なくなっている昨今の高校野球界。北大津野球、宮崎采配から目が離せそうにない。

(文=田尻 賢誉


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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