10年夏の地区大会を振り返る~東北地区編~
第15回 10年夏の地区大会を振り返る~東北地区編~ 2010年08月05日
聖光学院、福島史上初の4連覇の背景
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得点に沸く聖光学院ベンチ
6月の春季東北大会を見ても、各県の「夏の本命」といえるチームがどこなのか、見えてこなかった。そんな「本命不在」の東北地区の、甲子園を目指した戦いは、7月9日、福島大会を皮切りにスタートした。
青森では、6連覇中の青森山田が準決勝で光星学院に敗退。その光星学院を破って12年ぶり5度目の出場を決めたのが八戸工大一だ。春季県大会でも優勝しており、東北大会では持ち味の機動力を生かしベスト4入りしていた。
昨年、菊池雄星(花巻東・現西武)がいたことから大いに注目を集めた岩手は、東北地方の「最激戦区」といわれていたが、一関学院が8年ぶり6度目の出場を決めた。秋田は能代商が25年ぶり2度目、宮城の仙台育英は2年ぶり22度目、今春のセンバツに21世紀枠で出場した山形の山形中央は夏初出場を決めた。
東北6県で唯一、甲子園の連続出場を決めたのが福島の聖光学院だ。4年連続7度目。福島では初の4連覇を達成しての代表である。毎年、毎年、チームが変わり戦力が異なる中で、今年も覇権を握ったのだった。
その背景には、常に「今のチーム」を大切にしている姿勢がある。斎藤智也監督は4連覇について問われ、こう答えている。
「終わってみれば、凄いことだなと思います。でも、歴史の中でできていること。歴代のOBたちに感謝しかにといけない。(現役の)子どもらにとっては、この代にとっての初優勝。『今年も』じゃないぞ、『今年こそ』やるぞなんだと。4連覇じゃなくて、今年の初優勝」
村島大輔主将(3年)も、
「先輩方が勝ち続けて、周りが4連覇と言っていた。東北大会優勝者という周りの目もあったけど、3年生にとっては一生に一度の夏の大会。心を動かされてはいけない。自分たちは自分たち、と思っていた」
と話した。
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優勝を決め、スタンドに挨拶に向かうナイン達
聖光学院は磐石の戦いぶりだった。決勝以外は、すべて初回に得点をしている。こつこつ得点することもできるし、ここぞの爆発力もある。村島から始まる打線は抜け目が無い。それでいて、走ることもできる。
投げては、甲子園では背番号1を背負うことが決まった歳内宏明(2年)が全6試合に登板。初戦となった2回戦の郡山商戦での3安打、13奪三振完封が自信をもたらし、決勝でも3安打、12奪三振完封と好投。全6試合で1失点と抜群の安定感を誇った。
歳内は今大会中にあるボールが有効活用できるようになったことで、一気にその才能が開花した。スプリットだ。140キロ台前半の直球にスライダー、カーブという、高校生ではよくある投球スタイル。元々、フォークを投げていたが、握りを浅くしてスプリットに変えたところ、はまった。
高校生では滅多にお目にかかれない球種だけに、打者はクルクルと三振する。ボールが地面について、ワンバウンドしてもキャッチャーの星祐太郎(3年)が体を張ってとめた。「星がよく止めているよ。どっか怪我してもおかしくないのに」と斎藤監督。安心して投げられるキャッチャーがいてこそ、決め球として有効になっている。
もちろん、歳内一人では勝ちあがれなかった。福島大会で背番号1を背負っていた芳賀は3試合に先発し、試合を作った。3年生の遠藤昌が控えていたこともチームにとっては心強かった。大会を通して、失策は6だったが、得点に絡んだエラーは1。ミスを犯した後に広げることは無かった。
聖光学院の目標は「全国制覇」。投手力、守備力、攻撃力、チーム力……。あらゆる「力」を、全国を見据えて付けてきた。
このチームの始まりは、昨秋の東北大会で専大北上にコールド勝ち寸前から敗れたこと。斎藤監督は「(選手は)この世の終わりかのように泣いていた」と振り返る。そんな屈辱を味わっても、冬は「夏のために力をつける感覚じゃなかった。夏のことを考え切れなくて、夏のための1スイング、1球じゃなかった。1つにまとまらなかった」と村島。春季県大会は勝ち進み、当然のように優勝したが、その後に行われた準公式戦扱いの県北地区選手権で福島商に1点差で敗れた。チームに危機を感じた横山博英部長、斎藤監督は東北大会で「やりきる」ことを徹底させた。
限界って何だ? 力を出し尽くすってどんなんだ? お前たちがやっているのは、聖光学院の野球か?
なんとなく、こなさない。約2時間の1試合に全身全霊をかけて戦う。試合後、取材するのが申し訳ないくらい選手は疲れきっていたし、選手同士の「余計な」おしゃべりはなかった。1試合をやりきる。もちろん、戦い方や相手の分析もあっただろう。だが、相手を気にする前に夏本番に向けてチームとしてどう戦っていくべきか、それを明確に戦い抜いた。決勝まで全4試合、1戦、1戦を全力で戦い抜いた。1試合や2試合で終わらず、決勝まで戦えた。福島大会で優勝を決めた直後、村島は「東北大会でやりきる感覚をつかめたのが大きかった」と話した。
村島の言葉を借りれば、「3年生にとっては一生に一度の夏」。前年の結果に左右されることなく、高校野球最後の夏に向け、チームを最高の状態に作る。それを毎年、毎年のチームで繰り返す。その積み重ねが連続出場なのだろう。
2010年夏、初戦は大会6日目第二試合、相手は、広島・広陵に決まった。広陵はセンバツ4強、大会屈指の右腕・有原航平を擁する優勝候補の一角だが、それをいい意味で“気にしない”姿勢が聖光学院にはある。ここからは築き上げてきた「自分たちの野球」の真骨頂が試される。
(文=高橋昌江)
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