試合レポート

智弁学園vs奈良大付

2010.07.28

2010年07月27日 佐藤薬品スタジアム  

智弁学園vs奈良大付

2010年夏の大会 第92回奈良大会 準決勝

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奈良県No1左腕・松田(奈良大付)

奈良県NO1左腕、散る

  何かが切れてしまったような、そんな表情だった。

  延長13回表、智辯学園の8番打者・竹邑が放った痛烈な打球が左翼スタンドへ飛び込むと、マウンド上のエース・松田浩幸は片膝をついて、左翼方向を見つめていた。

 どれだけ三振を奪っても、どれだけ打ちこまれても、表情一つ変えることがなかった松田が、である。彼がこの試合にいかに集中していたか。初めて見せた落胆を隠せない彼の姿に、そう思わずにはいられなかった。

 「松田は神の子」。

 冗談を込めて、彼をそう表現したのは奈良大付・田中一訓監督である。1年秋、準々決勝で智辯学園を完封。一躍、その名をとどろかせた松田のことを、田中監督はそう表現したのだ。

 「コントロールがいいんです。それもね、ミスしたとしても、絶対、ボールが中に行かないんです。外か内へ逃げるんですよ」。

 どんな好投手だって、何球かのコントロールミスはある。松田もそうなのだが、それが真ん中付近に行かないというというのは、特異な才能を持った証である。

 翌春にはセンバツ帰りの天理打線をも完封。同大会ではないとはいえ、一人の投手が私学2強の天理智辯学園を完封したという事実は、彼の力を証明した。そこから、奈良県内では「奈良大付の松田」が各校の標的となったのである。

 しかし、転機はすぐに訪れる。天理戦のあとの3回戦・郡山戦で、松田は集中砲火を浴びる。しかも、5-0でリードしている展開から、試合をひっくり返されたのだ。言い逃れのできない、無残な打たれ方だった。2年夏は3回戦で奈良桜井に敗退。そして、昨秋は準決勝で天理にリベンジをくらい、今年の春は、またも郡山に集中打を浴びて敗れたのである。

 上手く攻められた2年夏の奈良桜井戦はともかく、標的にされた相手に、ことごとく集中打を浴びてしまう。松田には、何か一つの殻を破らなければならない大きな壁が立ちはだかっていた。

 それがどこにあるのか―――。田中監督は自らの指導法を問いただし、夏へ向けて、松田の育て方を一変させたと語る。

 「松田は神の子ではないと思いながらも、僕自身がすごく大事に扱いすぎていたんですね。たとえば、練習試合でアイツが打ちこまれると、『代えてください』と言ってきたら、すぐに代えました。どこか痛いと言い出したら代えていました。甘やかすのをやめて、どれだけ打ちこまれようとも、アイツを代えないことにしたんです」

 大事に扱うばかりに、彼をスマートな投手へと育ててしまっていた。好素材の選手を抱えることが少ない学校にありがちな「特別扱い」である。だから、松田は一度つかまると、止まらない。相手を気持ちで上回ることができなかった。甘やかすことをやめ、5月の練習試合では徐々に松田に自覚が生まれる。6月には報徳学園、神戸国際大付など、並み居る強豪を完封。松田は覚醒した。

 今大会が始まっても好調を維持。2回戦の青翔戦、3回戦の奈良北戦と奪三振ショーを演じた。1年秋に鮮烈なデビューを飾った時のような、マウンド上で躍動する松田の姿がそこにはあった。

 ところが、奈良北戦の後から暗雲が立ち込める。松田の左ひじに違和感が生じたのだ。「筋肉疲労」という程度ではあったものの、ストレートにいつもの切れがなくなり、ストレートがそうなってしまうということは、彼の真骨頂の一つであるスライダーの切れが落ちる。

 準々決勝はそれでも乗り切れたが、準決勝・智辯学園はそう簡単ではなかった。カーブのような変化球と切れの衰えたストレート。それだけで抑えられるほど、智辯学園打線は甘くない。1回表に2点を先制され、その後、逆転したものの、8回に同点に追い付かれた。そして、延長13回の冒頭の場面を迎えたのだ。

 ただ、敗れたとはいえ、前日に投球練習すらできなかった松田がここまで投げたことは、それこそ、すぐ降板を志願していた彼からすれば大きな成長である。田中監督は言う。
「今日のような状態で、以前なら『無理です』と言っていたと思う。延長に入って、しんどい素振りを少しでも見せたら代えようと思っていましたけど、ホームランを打たれるまではそんな態度ではなかったので、代えようとは思いませんでした。いいピッチャーに成長したと思います」。

 試合を終えた、松田は誰よりも泣きじゃくっていた。常に標的にされながら、それでも自分は甲子園に行っていないという事実を受け止めてきた彼には、目標が達成できなかったことが何より悔しかったのだ。
「智弁より練習をしてきたというのが自分の中にはあって、それが及ばなかったのは、足りんもんがあったんかなと思います。甲子園を目標にやってきたので、達成できなかったのは悔しい」。

松田はそう言った。試合後にありがちな敗者の涙だ。しかし、延長13回に見せた落胆した表情と試合後に涙を流す彼の姿は本気で甲子園を狙っていた者にしか出せないものだ。自分の、チームの勝利を疑っていなかったものだけが見せることのできるものだった。

彼は本気で甲子園を狙っていた。前日に投球練習ができなくても、そう思って立ち向かったこと、その気概が素晴らしいではないか。
敗れたとはいえ、彼が奈良県№1左腕だという評価は、僕の中では今も変わらない。

 

 

(文=氏原 英明


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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