試合レポート

涌谷vs亘理

2010.07.17

2010年07月16日 愛島球場

涌谷vs亘理

2010年夏の大会 第92回宮城大会 2回戦

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橋本悠(涌谷)

1勝の裏にあったもの

2回裏1死2塁となったところで雷雨のため、54分間中断した試合。1回裏に大量5点を得ていた涌谷が、8-2で勝利した。
3年ぶりの初戦突破。主将・豊田賢斗(3年)は「初戦を突破してベスト8という目標を立てていたので、初戦を突破できて最高です」と笑顔を輝かせた。
どの学校もそうだと思うが、活動していく上で苦労や苦難が必ずある。笑顔の裏に、苦しみ抜いた涌谷の1年があった。

昨夏の大会後、部長を務めていた冨樫誠悦先生が監督に就任した。冨樫監督は宮城工で4番・エースとして活躍し、東北工大に進学した。大学では外野手として、2年春にベストナイン(指名打者)を獲得。3年秋からは主将を務めた。4年秋までプレーを続けた冨樫監督。教員採用試験に、工大野球部としては初めてストレートで合格したそうだが、なんと、秋のリーグ戦中に2次試験があったという。大学卒業と同時に涌谷に赴任。2年半、部長を務めた後、監督になった。
部員は12人からスタートした。「前監督が作ってきてくれたものに、もう一段落、上げたかった」。練習はちょっと厳しくなった。モットーは「本気になれる環境を作る」こと。「人生の中でがんばった経験をして世の中に出てほしい」という思いからだ。

だが、前指導者の方針から転換され、それを受け入れられない選手が出てきてしまった。一生懸命野球に打ち込みたいわけじゃない選手と、本気になれる環境を作りたいという監督の思い。「僕のやりたい環境は違うという選手が辞めていった」(冨樫監督)。「自分たちでミーティングをして、理由とかを聞いて止めようとしたんですけど」と豊田。
1人辞め、また1人辞め・・・。冨樫監督に付いていけば勝てると思った人間が残った。12人でスタートしたチームだったが、冬場は8人で乗り越えた。

「モチベーションを保つのが大変だった」と冨樫監督。情報科の教員である冨樫監督はビデオカメラで投球フォーム、打撃フォームの解析をやったり、独学でメンタルトレーニングを学び、涌谷用にまとめたりするなど、工夫を凝らした練習をした。「野球に興味を示してくれた」と冨樫監督。豊田は映像分析の効果を「自分の悪い癖を見直して、成長できた」と振り返る。
同時に、冨樫監督は近隣の中学校を周り、野球部顧問の先生に「高校でも野球を続けるよう、ご指導、よろしくお願いします」と頭を下げて回った。
生徒たちは体験入学でビラを配ったり、実際にバッティングを体験してもらったりしてアピール。そのかいがあり、4月、野球経験者9人が入部した。エース・橋本悠汰(3年)の弟・和樹は同級生を誘ってきた。和樹は1番・セカンドで活躍している。実は春の地区大会後、さらに1人が辞めた。昨夏の大会後にスタートした12人中、現在活動しているのは7人だけだ。

豊田がキャプテンになったのは、今年1月。辞めた選手の中に、前キャプテンも含まれていた。キャプテンの退部後、交代でその任務をこなしてきたが、「自分ならまとめられる。自分がチームを引っ張っていく」と豊田は決心。周りからの推薦もあり、監督とのミーティングで決定した。
豊田が野球を始めたのは高校に入ってからだ。古川東中ではソフトボール部に所属していた。高校でもソフトボールをやろうか迷ったが、「野球の方が白熱していて面白いかな」と硬式野球部の門をたたいた。「打ち方が違うので直すのに苦労した」。野球とソフトボール、似ているだけで全く別物。試合に出始めたのは2年夏から。この日は背番号8を付けて、9番ライトで出場した。5回にセンター前ヒットを放ったが、これが公式戦初ヒット!「やっとヒットが出た。うれしさが出ました」と、1塁ベース上で頬が緩んだ。2年3ヶ月、頑張った結果はこうやって出る。0回の素振りでたまたま出た1本のヒットと、10000回の素振りでやっとの思いで打った1本のヒット。心に残る思い出の深さが違う。2年夏から1年間の苦労は、公式戦初ヒットという形で報われた。試合にも勝利。3年生にとっては、夏初勝利であり、冨樫監督にとっても監督1年目で夏1勝となった。

試合後、冨樫監督は「3年生が苦労してきた分、よかったねという感じです。3年生はひたむきに努力してチームの土台を作ってくれた」と感無量の様子。昨夏大会後のスタートから部員の相次ぐ退部など、苦労が絶えなかった監督1年目。「監督に付いていく」といって、厳しい練習に絶えた選手たちが、夏に花を咲かせた。やってきたことは間違いじゃなかった。

選手の先頭で監督に付いてきたキャプテンの豊田は「監督ともっと野球をやりたいので、次の宮城農戦も絶対に勝ちます」と言い切った。
今年の夏はまだ続くが、現在26歳の冨樫監督に今後の目標を聞いた。「教員なので。本気で頑張れる環境を作れる教員、監督になりたいですね」。一生懸命とか必死とか努力とか根性とか、こういった言葉が死語になりつつあると言われている。でも、高校野球には付きもの。いや、高校野球に限らず、プロ・アマ問わず、スポーツには付きものである。そういった「本気」や「苦しさ」の中から生まれる「楽しさ」が本物の「楽しさ」。この味をしめると、人生を「楽しく」送れるのかもしれない。

(文=高橋 昌江


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この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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