速い球の投げ方3/イップスの治し方2
速い球の投げ方3/イップスの治し方22010年07月05日
![](/images/clmn/zenkoku/20100709no18ub/photo01.jpg)
イップスに陥りがちな原因とは
前回まで、最大外旋位と水平外転からストレッチショートニングサイクル+水平内旋トルク+内旋トルクで腕が出てくるということを解説しましたが、その後は肘関節の伸展回内と手関節の掌屈、尺屈によるリリースになります。
特にこの肘関節と手関節の動きが大切で、話を脱線すると、それを間違えてイップスになる選手が多いです。ジャイロボールが流行ったとき、イップスの選手が大変多く来院してきました。ジャイロ回転を与えるためには、リリースの時に小指をキャッチャー方向に見せ、そこから回内運動を与えて回転を加えます。
正しくは肩の内旋動作でボールに力を加えて、その勢いで肘を伸展し回内するので、バックスピンの正しいストレートを投げることが出来るのです。これは西武ライオンズの工藤選手も日本ハムファイターズのダルビッシュ選手も同じことを言っていました。
利き手の使い方は運動の流れで自然に出るものであって、無理に作るものではありません。ジャイロボールとは変化球で、それを投げるための解説本も多く出版されていますが、ストレートでは無いわけで、今までのフォームを変えずに腕の使い方だけ変えたらイップスになるのも当然といえます。まずイップスの選手に対して、ストレートとジャイロは違うことを説明するだけでも一苦労です。おそらく漫画で描かれている内容の影響を受けていると思われますが、あくまで漫画は漫画と念頭に置いてください。
話がそれましたが、今回のコラムはイップスの選手にも参考になると思うので、ぜひ読んでいただけば幸いです。
関節力とは
まず、リリース時に最も大きい速度を発揮するのは、肩関節の内旋です。およそ5000(°/s)〜8000(°/s)、肘の伸展で2000(°/s)〜2500(°/s)、前腕回内も2500(°/s)〜5200(°/s)、掌屈も3000(°/s)〜3800(°/s)と、とても大きく出ています。
これだけ見てもかなりの高速回転が前腕部の回内、掌屈で出ていますが、関節のトルクは回内で6.2±1.9Nm、掌屈で4.3±2.0Nmと、かなり小さいです。確かに手首は小さい部位で慣性モーメントも小さいので回転させやすいのですが、これだけの高速回転を上記のトルクで出すのは難しいはずです。では、なぜこのようなパフォーマンスが可能かと言うと、掌屈において関節力で説明が出来ます。関節力とは、例えば、2つの物体A、Bが接地したまま共に時計回りにトルクを加えた場合、BはAのトルクとの反作用により固定されるので、Aのみが回転します。しかしこのままでは関節が脱臼するので接地面方向に力F1が発生します。この力が反作用となり、Aの時計回りのトルクと並進のF2という力が生まれ、加速に使われます。このF1とF2を関節力と言います。
この関節力がリリース時に肩関節で640±90N、肘関節で550±60N、手関節で290±35Nと発生します。リリースの直前に急に大きくなるのですが、直前までは手首は背屈されています。これはまだ手部にかかる慣性がこの関節力(作用・反作用)より大きく、リリース直前でこの慣性を追い越すことにより手首が屈曲します。この力であれだけの高速回転を生み出しています。また、尺屈は解剖学的にみて、尺側に傾いているので、屈曲しながら尺屈していきます。
前腕の回内運動
前腕の回内運動は、ピッチング動作でよく出ています。肘だけの純粋な回内動作を出すためにはまず脇を締めてみて欲しいです。肩の回旋を出さないようにするためです。180°回ると思います。
ここに、上腕の180°の回旋を加えて360°の上腕の回旋を得ます。また、回内運動は撓(とう)骨が尺骨にかぶって出てくるため、尺骨の伸展動作を促し、回内と同時に肘の伸展も出てきます。また、前腕の慣性が小さいため、肩の内旋から大きい影響を受けます。
肘のトルクはほとんど出てこないのにこれだけの速度が出せる理由は、肩の最大外旋位から一気に高まった内旋トルクが5300±1400(°/s)に達し、リリース直前に回内速度へ導きだし、そのまま尺骨を伸展させるからです。このことからわかるように、肘の動きは肩の内旋により引き起こされるもので、リリース時に無理にひねるものではありません。
ジャイロボールを投げるためには
ジャイロボールを投げるためには、肩の内転動作を出す必要があります。しかしこれを強く出すと腕が振れなくなってしまうので、注意が必要です。
動作はパフォーマンスを出すためにあるはずです。ピッチャーがボールを投げる時、必然とキャッチャーは右ピッチャーの場合利き手の左下側にいるはずです。上腕は最大外旋位において肩は外転、外旋、水平外転しているはずです。それをリリースするためには肩を内転、内旋、水平内転しなくてはなりません。特に上から下に投げる時には、内旋動作が大切です。へそをキャッチャー方向に向けてみて下さい。リリースは水平内外転0°位でリリースされるので、その位置に持ってきて、外転角を投げやすい位置にしてみて下さい。
その位置から右上にある腕をキャッチャーに投げるには肩の内旋だとわかります。そして、肘は蝶番関節なのでボールをキャッチャー方向に投げるためには、もっと体をひねる必要が出てきます。体幹がひねられ、肩が内旋して自然と肘が回内、伸展すると、その連鎖で手首の掌屈が関節力も利用されてきます。
よって、キャッチャーミットに届く時、上・下のバックスピンになっているのは当たり前の事なのです。これが本当の正しいストレートです。
私が診たこの投手もやっと納得してくれてきちんと正しいストレートの腕の使い方が出来るようになりました。ストレートのスピードも戻り、喜んでもらえました。
ジャイロ回転のボールは縦のスライダーの抜けたボールと言われていますが、まさにそのとおりで、これは変化球なのです。しかしこれを逆手に取れば、カーブやスライダー、カットボールを投げる時は、この内転動作の意識を加えることで、大きく変化させることができるのです。
よくストレートと同じように変化球を投げると言っている指導者を見かけますが、それでは投げられません。それではボールは曲がらないのです。ボールをどの方向に曲げるのか、カーブなら外角低めです。そこで、リリースの時、内転と水平内転を少し強めに出すのです。これだけでボールは大きく曲がります。当院のピッチャーもこのカーブを覚えて東京都大会を優勝しています。
イップスについて
イップスになるのは、イップスになる原因があるからです。
イップスの治らない選手、伸び悩む選手は必ずと言っていいほど、自分の考えを曲げません。多くの場合、テクニックにどこかで連鎖を止める動作が入っているのです。それはボールが抜ける方向から判断してフォームを解析すれば分かってきます。
メンタルに関しては、恐怖心です。まず知って欲しいのは、「不安」を感じるセロトニントランスポーター遺伝子のS型を日本人の9割が持っているということです。恐怖というのは、どうしても遺伝子的に感じてしまうものなのです。いくらポジティブなイメージを持ちましょうと言われても、この遺伝子がある限り、不安を感じてしまいます。
そのことを受け入れましょう。
厳しい条件下でのトレーニングを乗り越え、そのストレスを経験させることで、それを恐怖と感じなくなればいいのです。イップスの治らない選手は結局メンタルが悪いという見解もありますが、それを意識して頑張って欲しいと思います。
ポイントをおさらい
今回は上肢の利き手の使い方についてお話させてもらいました。球の速いピッチャーほど肩の内旋速度が速く、かつその後にトルクと関節力を使って肘の伸展、回内、および手首の掌・尺屈が出ています。つまり、スナップ動作は無理に出すものではなく、あくまでもこの流れで自然に出るものだとお話しました。
そして、スナップ時はボールの加速はすでにされずに、その役割は1.ボールに回転を加えること、2.コントロールにあります。なので無理に力を加えてはならないのです。
前回からひき続いて速い球の投げ方について解説していますが、ポイントをおさらいします。(実際に自分の体で試してみてください。)
1.脚を上げてから、軸脚の大腿後傾をきちんとだすこと
2.そこから、重心を下、水平方向に落としていく。その時、上胴、下胴ともに後ろにひねられていること。
3.頭が基底面から外れると一気にバランスが崩れ、キャッチャー方向に加速が始まる。ここに膝の伸展、股関節の伸展を加え、並進エネルギーを高め、腕も外転させていく。
4.踏み込み脚のつま先が接地した瞬間か直前に一気に後ろに引いて、捻転動作を出す。腕は肩関節外転90°に持ってきて、バランスをとる。
5.かかとをつきながら一気に捻転し、下胴の回転速度を早め、利き手を外旋させながら水平外転していき、ストレッチショートニングサイクルの準備を。
6.加速期から一気に上胴が回転して、利き手の肩の内旋速度が一気に高まり、そのトルクで肘、手首と振られていく。
以上の流れになります。この速度と力の流れが大きくなるほど、球も速くなるのです。次回は指についてお話しようと思います。
参考文献
『野球の投球動作のメカニズム』(2003・宮西智久)