初球・カーブ・ボール 習志野vs桐生第一 第62回春季関東大会
第2回 無死満塁コラム2010年05月24日
無死満塁――。
攻撃側にとってはビッグイニングが期待できる大チャンス。守備側にとっては大ピンチ。攻撃側のファンは大量点を期待し、守備側のファンにとっては最低でも1点を覚悟する。見ている誰もが「点は入るだろう」と予想する状況だ。
ところが、これが意外と点が入らない。『甲子園戦法 セオリーのウソとホント』(朝日新聞社)によれば、もっとも点が入るのは無死三塁(81,4%)、次いで無死一、三塁(77,3%)で、無死満塁(76,0%)は三番目にすぎない。アウトはゼロ、走者は3人。それなのに、なぜ点が入りにくいのか。無死満塁では、たいていの監督は一人目の打者にはヒィッティングを指示する。そこで安打が出れば大量点が見えてくるが、アウトになると1死満塁となるため、併殺が怖くなる。だからといってスクイズを敢行したくとも、フォースプレーのために失敗しやすい。「では、どうすれば……」と息づまってしまうのだ。
無死満塁でゼロに終わると、攻撃側にはダメージが大きい。流れは守備側に傾く。逆にいえば、守備側はピンチだが、流れを引き寄せる大チャンスともいえる。無死満塁で監督はどんな采配をふるうのか。はたまた、プレーしている選手の心境は。実際の試合から、それぞれの無死満塁を検証してみたい。
習志野vs桐生第一 第62回春季関東大会2回戦
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【 四番・山下斐紹(習志野) 】
「打たせると決めていた? 全然。正直、迷ってました」。
それにはわけがある。5回終了後のグランド整備中、小林監督はナインを集めてこんな話をした。
「次の回(6回)が初回だよ。しかも攻撃が始まるのは先頭打者からだ。1点取ろうという野球をずーっとしていけ」。
2点のリードは忘れ、6回を初回のつもりで確実に点を取れる作戦を選択する。それだけ3点目に重みを感じ、次の1点へのこだわりがあった。
事実、6回はその言葉通りの攻め。一番の本山貴士がインターバル直後の第1球を狙った見事なセーフティーバントで出塁すると、二番の中村敦貴は初球を確実に送りバント。これがサードのエラーを誘うと、初回に本塁打を放っている三番の福田将儀も迷わず送りバント。これが内野安打となった。1点を取るために、ひとつずつ確実に塁を進めようとした結果から生まれた無死満塁だったのだ。
だからこそ、小林監督の頭にはスクイズも浮かんだ。だが、山下への初球、カーブが外れてボールになった時点で腹は決まった。サインは「打て」。
2球目の外角ストレートを、山下はライト前に弾き返した。これで勢いに乗った習志野は続く早野凌太、宮内和也が連続してライトへの犠牲フライ。5対0として、勝負を決定づけた。
「山下のところで、初球のカーブがボールだったでしょう。配球からして、あれで打たそうと思いました。初球のカーブがストライクだったらば、うーん(どうしようか)となっていましたね」。
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小林監督には 桐生第一 バッテリーの配球がばっちり頭に入っていた。 桐生第一 のエース・2年生左腕の前田大介が5回までに投じた75球を見ると、変化球がボールになったのが12度(四球となった球は除く)。そして、そのすべてで次の球にストレートを投げている。カーブがボールになった時点で、山下は次の球をストレート一本待ちで思い切って振ることができる。これで小林監督は次の球を山下に託した。
「迷いをなくしてあげたかった。打たせるのも、スクイズをさせるのも監督の選択。例えば、そこで打ってゲッツーになったって、スクイズしてピッチャー前に転がって封殺されたって、それは監督が選択したんだからしょうがねぇって、そういうふうにしてあげたいんですよね」。
左打者の山下が左投手の外角球を思い切って引っ張れたのは、指揮官が迷いを取り除いてあげたからこそだった。
「ノーアウト満塁って、一人目のバッターでしょう。山下が打ったからあとも続いた。1点取ろうと言っていたので、そういう意味で、山下のあとの2点目、3点目はおまけというつもりでした」。
ちなみに、習志野は7回にも2イニング連続して無死満塁を作っている。6回同様、この回も死球のあとの送りバントがエラーを呼び、内野安打になっての満塁。打席に入った三番の福田に対して、小林監督は「(サインを出さないように)もう手を後ろに組んでました」。5対0と大きくリードし、相手はミスを連発するなど試合は完全な習志野ペース。こういうときは、何もせず、流れに乗って攻めた方がいい結果が生まれやすい。
「あそこでスクイズだとかね、エンドランとかかましてドツボにはまる、そういうことはやりたくない。それは僕(監督)の自己満足ですから」。
結果的に福田はライトへの2点二塁打。さらに山下、早野にも連続犠牲フライが出て、ダメ押しとなる4点を追加した。
5回まで2対0。どちらに転ぶかわからなかった試合が、終わってみれば9対0で習志野の7回コールド勝ち。「あの1点がすべてだし、あの初球だね」。
流れを決めたのは、5回の主砲のタイムリー。すべては、無死満塁からの“初球・カーブ・ボール”だった。