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ピッチング動作とトレーニングプログラム

2010.04.19

殖栗正登のバランス野球学

ピッチング動作とトレーニングプログラム2010年04月20日

前回までは、

第9回ピッチングトレーニング実践編【上】
第10回ピッチングトレーニング実践編【中】
第11回ピッチングトレーニング実践編【下】

と、ピッチングトレーニングとフィジカルテストと球速の関連性を話してきました。今回は、なぜそのようなトレーニングをするかについて、きちんと動作に基づいてお話します。

力学からみたピッチング動作

 ピッチング動作で大切なのはまず

①関節はテコの原理で動いていること、
②身体はキネティックチェーン(以下、運動連鎖)と筋力で加速されること

を知っておいて欲しいと思います。 ピッチング動作は、足を上げることで位置エネルギー(エネルギー力を生み出し物体運動を引き起こすことのできる潜在能力。公式では1/2×質量×(速さ)2、または、エネルギーは加えられた仕事に等しいので、力×距離)を高め、キャッチャー方向に踏み出すように移動することで斜め下に落下して加速していきます。ここに、ヒザの蹴りを加えて並進運動することでさらにエネルギーを高めます。そして、接地の瞬間につま先を進行方向に向け、一気に左の股関節を支点にして腕を伸ばしテコを長くして回転運動のエネルギーを高め、球を投げます。このような一連の流れを運動連鎖といい、運動連鎖の中で力学的エネルギーを次々と高めていくことが球速アップにつながるのです。

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【初動期】

・さて、ピッチングは振りかぶるかセットポジションかで始まるのですが、どちらにしても【写真1】軸脚の足の上に頭がキープされたまま踏み込み足が屈曲、内転しあがり、軸脚は股関節まわりの筋で固定します。この位置でのトレーニングは足と頭の位置がふれた位置の確認と、フォームをキープすることにあります。

・【写真2】では重心が斜め下キャッチャー方向に移動しながら軸脚の「ベーシックライン」上に骨盤がのり、上半身がそのラインにのって「キープ」されています。ここでは、軸脚がまず大腿四頭筋やヒザの屈曲でエキセントリックに収縮され、テークバックが始まると同時に股関節の屈曲が始まり、ハムストリングスがエキセントリックに活動しています。 頭が軸脚の上にのっていて、バランスをキープしていられるこの位置までを「ドロップ」と呼んでいます。

・次に、基底面から頭の位置がずれる「オフバランス」を迎えると一気に重心移動が始まり、身体はキャッチャー方向に加速されていきます。

・続いて、【写真3】にあります「横から横にズバッと移動」する状態を迎えます。この時、身体のコントロールの主役は唯一地面に設置している軸脚です。ヒザは一気に伸展して、重力加速にプラスして自家筋力で並進運動速度を高め、股関節は外転、伸展、内旋していきます。ここでは、半腱半膜様筋などの伸展、内旋筋が活躍して、ヒザでは大腿四頭筋が伸展します。これらは先ほど、エキセントリックに引き伸ばされていた筋です。これは、ストレッチショートサイクルが見られる加速動作の特徴です。

・このとき、体幹は前に突っ込まず、「キープ」され続けることで、のちの回転運動の距離を保つことが大事であり、ここで体幹のスタビリティのトレーニングや、前回少し説明したファンクショナルテストでスタビリティの弱い部位を確認することが大事です。私が思うのは、色々なトレーニング方法が存在していますが、そのトレーニングがピッチングという動作の中でどのように必要であるかをきちんと知ることが大切だと考えています。

例えば、このフェーズで体幹はキープ出来るが一気に加速できないフォームなら、これをタイムで科学的に計り、この選手に必要なのはサイドスクワット→ラテラルランジ→ラテラルジャンプ→カウンターラテラルジャンプ→シングルラテラルジャンプ、というように、段階をおってトレーニングをさせる事が大事になってきます。それを知らないと、知っているトレーニングをただただ行うことになってしまいます。ここがボディビルとアスリートのスポーツ動作のともなうトレーニングの違いであり、また、フォームを見ないとトレーニングメニューを提供出来ない理由です。またこの時、上半身の腕は外転(三角筋、棘上筋)しながら前腕は回内位をとります。

  • 【写真1】
  • 【写真2】
  • 【写真3-1】
  • 【写真3-2】

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【加速期】

 ・【写真4】はよくいうアクセレーション期である「完全接地」をするときであり、まずここで腕がSの字の形をつくり、グローブ側の肩と踏み込み足の股関節をテコの支点にしてモーメントアームを長くして、回転運動を行います。

まず、踏み込み脚と軸脚の踵(かかと)が一直線上にあること、そしてしっかり踏み込み脚に体重がのることで反作用により股関節の鋭いスピンを生みます。これで股関節の回旋は完了して、ヒザは屈曲位で固定されます。ここがぶれると股関節を支点にできなくなってしまいます。そして次に腸腰筋の収縮で背骨が回旋します。この時、「ベーシックライン」上に体幹を回すことと並進運動時の加速を止めないこともポイントです。そして、アイソメトリックな活動により、踏み込み足と骨盤が固定し停止した状態になり、これは角運動の保存を示しています。腸腰筋が収縮すれば次に内腹斜筋→腹直筋→外腹斜筋と収縮されて行きます。

そしてグローブ側の肩を支点にし、広背筋を力点にしてテコを回します。また、脊柱起立筋も体幹の回旋に関与します。利き手は、体幹が先に回旋しますが、力は慣性の法則で身体に残ります。これが予備伸縮(ストレッチショートサイクル)で、小平内転筋、大胸筋、三角筋前部が伸ばされ、体幹が減速されると一気に加速されます。また、肩の外旋で腕は上がるがこれも慣性で残るため、内旋筋の大胸、広背筋、肩甲下筋が予備伸縮され、減速後、加速します。

  • 【写真4-1】
  • 【写真4-2】

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【減速期】

 ・【写真5】はフォロースルーです。フォロースルーの大切な役目はフォームの減速です。特にリリースの時の拮抗筋である肩の水平外転筋群、外旋筋群、肘の屈曲筋群、手首の伸筋群のエキセントリックに働くリリース時において、リリースされたポイントが一番速く、その動作は肩の内旋、水平内転、手首の屈曲がほぼ関節運動中間位で起きているので、減速運動には十分時間が残っているというのも大きいポイントです。時々、フォローの時、勢いが止まらず踏みだし足の形が崩れている選手を見ますが、これは踏みだし足のハムストリングス、臀筋のエキセントリックが弱いからで、ここで加速を止めないと腰や肩に負担がきます。また、ワインドアップの利点は振りかぶることにより、軸脚の内転筋群や体幹の前面の腹筋群、大胸筋群、広背筋などが予備伸縮されることで、リリース時の前傾回旋の時に少しでも優位に働くものと思われます。

  • 【写真5】

ここでいくつかのポイントをまとめてみます。

①ボールのスピードは色々な力学的エネルギーや運動量の保存の連鎖、テコの力の応用、遠心力や重心の加速など、色々と伴うが、あくまで人間そのものが力を発揮するベースは筋肉、筋力であるので、筋量を増やし筋力をあげるトレーニングはピッチャーに絶対必要である。

②特に加速期はスピードに強く関係しているので、この時の力点となる踏みだし脚の大臀筋、ハムストリングス、上半身のグローブ側の広背筋、脊柱起立筋はとても大切である。

③球速は、力を発揮しているそれぞれの部位のスピードと関連している。

④特に、体幹まわりの大きい筋群を大きくすること。当たり前だが小さい骨には小さい筋しかつかない。よって大きい骨の部位を鍛えることで、より大きい筋肉を作ることができる。すると、発揮できる筋力が増し、球速が上がる。

⑤並進運動時の「オフバランス」時の加速に影響する筋群を鍛えること。例えば、軸脚股関節の内転筋群とヒザの伸筋群である。

⑥下腿筋はフォーム中、随時(ずいじ)アイソメトリックスで働き、身体のバランスをキープしている。バランスクッションのトレーニングの意義はここにある。

⑦ピッチャーは全身を基礎体力の時点でまんべんなく鍛える必要がある。なぜなら、運動連鎖は、運動量の保存+自家筋力で行われるからであり、弱い部位があったり障害があったりすればそこで加速の流れが途切れてしまうからである。なので、初心者ほど身体をまんべんなく鍛えてほしい。

⑧トレーニングにおいては、ピッチング動作はコンセントリック(加速)とエキセントリック(減速)の場面があるので、トレーニングにおいてもここを意識して欲しい。

⑨特に、踏みだし足が接地してから地面の反力をもらい、踏みだし足の股関節を支点とした回転動作に関与する運動連鎖のスタート時の力の大きさは大切である。この部位の筋力、パワー、力の発揮の初期値を上げるトレーニングは大切であり、フォームにおいてもしっかりと踏みだし足に体重をのせて接地しなくてはならない。

⑩トレーニングの初期は、ベーシックのトレーニングで良いが、筋力の頭打ちが出始めたら、ピッチャーの専門的トレーニングが必要である。これは回転動作を意識したトレーニングである。

⑪ウェートトレーニングでも、ピッチング動作に近いエクササイズを入れていく。

⑫ピッチング動作において、動作の切り替えの所では予備伸縮が起きて、部位の加速に一役飼っているが、ここに柔軟性がないと軟部組織の損傷が起こる。バリスティックなトレーニングやストレッチでコンディショニングと整えることも大切である。

今回は、ピッチング動作と力学から見たトレーニングの立て方や障害発生についてお話させてもらいました。次回は、第9回で紹介したトレーニングについて、詳しく解説します。


この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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