2010年07月14日 栃木県総合運動公園野球場  

宇都宮工vs文星芸大付

2010年夏の大会 第92回栃木大会 1回戦

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(文星芸大付)

継承されていく思い

 試合は文星芸大附の優勢で進んでいた。得点こそ入らなかったが、1、2、3回とも得点圏にランナーを進め、投げては先発の背番号10の右腕・佐藤拓也が4回を終えて被安打3で無失点。打たれたヒットはいずれも変化球を捉えられたもので、クロスステップで、しっかりと左肩の開きを封じ込めて投じられるストレートは威力があり、失点するシーンは少ないだろうと思わせた。宇都宮工も守備で粘り、何としても先手を取りたいと考えていた。

 ところが、5回の表。マウンドに向かったのは佐藤ではなかった。
文星芸大附には1年生の春から主戦投手を担ってきた身長186cmの大型右腕・中山匠がいる。怪我に苦しんだ時期もあり、背番号1を佐藤に譲る大会もあったが、最後の夏はエースとして臨んでいた。ノーシードながら昨秋の県大会優勝の文星芸大附と昨夏準優勝で昨秋、今春ベスト8の宇都宮工。1回戦屈指の伝統校同士の対決ということだけでなく、中山、佐藤がどんなピッチングをするのかを期待しながら、この試合を観戦していた。しかしその中山は、そこまで1度ブルペンに肩を作りに行ったものの、ペースを上げることなくベンチに戻っていた。

 マウンドに登ったのは身長166cmの2年生・谷田部孝太。スリークォーターのサウスポーなのだが、宇都宮工打線は右打者が8人で、唯一の左打者も4番を任されている荒川真希。宇都宮工ベンチからは「ヨッシャー、左得意だぞ」という声が飛んだ。継投の理由は試合後に文星芸大附・星野英雄監督に聞くまでわからなかった。

 投手が代わっただけでなく、4回裏の攻撃で文星は初めて三者凡退に終わっており、試合が動きそうな雰囲気が漂っていた。谷田部は先頭打者をショートゴロに打ち取るも、次打者にレフトへライナーを打たれる。これをレフトの大出真が前進して飛びつくも捕球できず、ボールが転がる間に打者は2塁へ。2死とした後、フォアボールで1、2塁となると9番の板橋謙にカウント2-0から浮いたカーブを叩かれ、2者が還るライトオーバーの二塁打を許す。宇都宮工、待望の先制点。

 しかし、文星芸大附もすぐに反撃に出る。そこまで宇都宮工先発の金田佳孝の変化球主体のピッチングに上手くかわされてきたが、その変化球を連打する。1死から1番の芹澤駿がレフト前ヒット、2番・鈴木薫がやや泳がされながらも右中間を破る3塁打で1点差。続く3番の福田大貴が初球から強振すると、打球はレフト前へ。同点とすると、勢いに乗って畳み掛けに入る。4番・眞壁純の打席で福田がスチールを決めて得点圏に勝ち越しのランナーを進める。眞壁は倒れるが、次の神永雄大がフォアボールで繋ぐと、6番の見目夏輝がレフト前へヒット。その当たりは鋭く、2塁ランナーが3塁に到達するのとほぼ同時にレフトが打球を処理。だが、3塁コーチャーの加藤裕史はランナーをホームへ突っ込ませる。レフトからの返球はキャッチャーの板橋のミットに収まり、余裕を持ってランナーにタッチした。
 回せばアウトのタイミングではあったが2死であることと、雨天中止となった前日から試合直後まで断続的に振った雨の影響によるグランドコンディションの悪さを考えての判断だったのだろう。実際、試合前のノックではレフトの定位置付近には水がたまっていたし、文星芸大附の外野手の送球は浮きがちだった。宇都宮工の外野陣はノックで低い送球をかなり意識していたが、それでも同点に追いついていたこともあって勝負させたのだろう。試合前には宇都宮工ノックをジッと眺めて相手の隙を探そうとするなど、コーチャーとしてやるべき準備を欠かしていなかった加藤の判断なだけに、責められるものではないだろう。

 しかし、宇都宮工の小野幸宏監督は試合後、「5回裏を2点、同点で終われてよかった」と振り返ったように、打力で勝る文星芸大附を追いかける展開を避けたい宇都宮工にとって大きなプレーだったことも事実だ。

 その後、勝ち越したのは宇都宮工。7回表にヒットとバントで1死2塁とすると、打席には6回裏からマウンドを2番手の関貴史へ譲り、センターに入っていた8番の金田。小野監督がピッチャーでなければもっと上の打順を打たせていると話すように、バッティングも期待されている。その金田が信頼に応える。谷田部の高めのストレートをセンターへ弾き返すと、2塁ランナーが3塁を蹴る。タイミングは際どかったが、センターからの返球は1塁側に逸れた。3対2。
星野監督はピッチャーを2年生の舘野翔にスイッチする。ここでも指名されたのは中山ではなかった。
舘野は7回こそ無失点で後続を断ったが、8回に3つのフォアボールで満塁としてしまうと、金田に今度は前進守備を敷いていたレフトの頭上を超える走者一掃の2ベースを浴びる。6対2。宇都宮工が一気に勝利に近づく。

 9回表、最後のイニングになるかという場面で、中山はマウンドに立った。中山は長身を生かした角度のある球で三者凡退とするが、どこか遠慮したようなピッチングに見えた。文星芸大附は9回裏に粘りを見せて1点を返したが、追いつくまでには至らなかった。軍配は宇都宮工に上がった。

 試合後、星野監督に投手継投の真意を聞いた。
「先発の佐藤は肩の状態が思わしくなく、登板できる状態ではなかったんです。それでも痛み止めの薬を飲んで先発を志願してきたんです。4回で限界でした。本当ならそこから中山に繋ぎたかったんですが、中山は6月から腰を痛めていて。1度肩を作りに行きましたが投げられる状態ではありませんでした。2人の2年生が繋いでくれることに期待しました」。

 継投は2人の将来も考えた選択だったのである。そして、星野監督は無念そうに続けた。
「最後の最後にいいコンディションで投げさせてあげられなかったのは監督の責任です」。
怪我はつきものとはいえ、指導者にとって何より辛いのは選手に力を発揮させてやれないことではないだろうか。

 

 中山も佐藤も悔いがないとは言えないかもしれない。それでも今やれることはやった。そして、その姿を後輩は目に焼きつけた。整列を終えた文星芸大附ベンチでは涙を流しながら3年生が2年生の背中を、励ますようにではなく、叱咤するように力を込めて叩いていた。先輩の思いを後輩に受け継いでいけるのが高校野球である。

(文=鷲崎 文彦