史上最弱チームから準優勝。川崎監督が語る明豊のチームマネジメント

 一方、あと一歩で頂点を逃した明豊。川崎監督は「東海大相模さんは泥臭い野球をされていていましたが、手本になるチームでした」と優勝した東海大相模を称賛。その上で、「ウチも今できる全力をすべて出し切ったと思います」と決勝戦を振り返った。

 今振り返れば、初戦の東播磨戦は点数の取り合いとなるシーソーゲームだった。その試合では東播磨の走力を警戒するあまり四死球が増えたが、自慢の守備陣は無失策。そこが勝敗のポイントとなったと東播磨戦後に川崎監督も振り返っていた。

 しかし、そこからは投手を軸とした堅守を武器にしながら大会屈指の注目校とされた市立和歌山智辯学園。そして中京大中京との連戦を見事に制して準優勝まで駆け上がった。この堅守ぶりについては「キャッチボールからしっかり取り組んで、取れるアウトをしっかりと取る。当たり前のことを当たり前にやることだと思います」と語っており、あくまで凡事徹底の精神の末に磨かれたものだと説明。

 ただこの守備力については、決勝の東海大相模戦でも及第点を与えることはしなかった。
 「ここで出来たと満足してしまえば、もっと成長することが出来ません。だから球際をはじめもっと守備は磨いていきたいと思っています」

 そして明豊が今大会を通じて見せてきた戦い方の特徴は、ベンチのメンバーを含めた総力戦で戦うスタイルだ。初戦の東播磨戦こそ、相手の走塁が想像以上にプレッシャーがあったことで誤算が生じ、「次戦に向けて起用やタイミングは考えたい」と語っていたが、市立和歌山戦以降は、川崎監督の采配がハマっていく。

 市立和歌山戦では好投手・小園 健太を攻略するのが困難だ思えば「調子の良い左打者に多く打席が回るように」と1番に黒木 日向を抜擢。続く智辯学園戦では、エース・西村 王雅を想定したうえで、「どうすれば打線がつながるか」を念頭に置いたうえで選手の状態を見極めて、1番は幸 修也主将を置くといった、1つの狙いをもって打線を毎試合ごとに組んでいった。

 「4番らしい4番や中軸を打てる選手がいるわけではないので、あまりこだわりを持たずに繋ぐ野球を考えています」ということが全ての根底にあるが、今大会は見事にはまっていった。

 投手起用に関しても同様だ。準決勝の中京大中京戦が終わった後に、投手起用について聞くと「普段のコミュニケーションだけではなく、顔つきや練習での雰囲気。性格、ボールの質などいろいろ考えたうえで判断をしています」とコメント。

 もちろん試合の状況を見ながら継投の順番は考えるところがあるが、対戦相手との相性など様々な要素を見て考えた末に川崎監督は選手を起用し、試合を勝ち抜いてきた。その中で、「選手それぞれが任された役割を全うしようとしてくれたから好ゲームが増えました」と大会を総括した。

 日本一まではあと一歩だった。そのあと一歩のために「これまでやってきたことを継続して積み重ねたいです」とコメントした川崎監督だが、メンバーをこれだけ使うことの真意は何なのか。

 「選手によって適材適所があると思いますが、全員で戦うことで選手の中で『こんな武器があれば試合に出られる』と思ってもらえれば競争が高まる。その競争がチームを強くするので、出来るだけ多くの選手を出せればと思っています」

 幸主将は最後に「史上最弱という言葉があったから結果を残せたと思います。ただ東海大相模さんの優勝インタビューの景色を目に焼き付けて、この負けがあったから優勝できたと思えるような敗戦にしたいです」と意気込みを語った。日本一悔しい敗戦を経験した明豊が再び夏の甲子園で、全員野球を見られることを楽しみにしたい。

(取材=編集部)