エースとしての役割を果たした柿木蓮が1失点完投勝利!


 スコアは3対1、試合時間が2時間1分。試合を見ていない人なら単調で盛り上がりに欠ける試合展開を想像されると思うが、実は中身がぎっしり詰まったベストゲームだった。

 作新学院は先発の高山陽成(3年)が1点を先制された2回限りで降板、2番手に左腕技巧派の佐取 達也(3年)がマウンドに上がったが、この佐取がストレートの球速が130キロに満たないながら、左右各打者の内角を積極的に攻め、5回を2安打1死球無失点に抑えてしまった。球は遅くても、前肩の開きが遅く、ボールの出所が見えにくいフォームから緩急で散らされ、さらに勝負どころで内角を攻められたら、大阪桐蔭の強力打線でも攻略は難しいということだろう。

 僅差の勝負を決めたのはこの佐取が登板する直前の2回裏だった。先頭打者の5番根尾 昂(3年)が1-1からの3球目、99キロのスローカーブをキャッチャー寄りで捉えると、打球は三塁線を破りレフトへ転々とし、根尾は俊足を飛ばして三塁を陥れ、このときの三塁到達タイムが今年、私が計測した中では4番目に速い11.19秒だった。この根尾を7番山田 健太(3年)の犠牲フライで返し、この1点を大阪桐蔭の先発、柿木 蓮(3年)がよく守った。

 柿木は下級生のときからよく見てきたが、私にとってはこの日が一番よく見えた。これまでの柿木がどうだったかというと、堂々とした体格と投球フォームには心が惹かれるものの、ストレートの球速が物足りなかった。この肉体的スケールなら140キロ台中盤から後半は出さなければおかしいのに140キロ台前半、あるいは130キロの中盤から後半が多く、そのスピード不足が自信を喪失したような態度によく反映されていた。

 それがこの日は1回から140キロ台中盤を計測し、その速さが最後まで衰えなかった。もちろんピッチャーの価値は速さだけではない。直曲球のキレやコントロールが最も大事だが、この日の柿木は徹底して緩急を低めに集め、それが見事にコントロールされていた。

 北大阪大会ではポイントとなる準々決勝の金光大阪戦、準決勝の履正社戦に先発したのは根尾で、柿木は背番号「1」を付けているが、実質的なエースが根尾だということは起用法を見れば一目瞭然だった。それがこの甲子園大会では勝負どころの初戦、強豪の作新学院戦の先発を任されたのは柿木だった。その起用法に応えようという気持ちはストレートの速さや低めを突く辛抱強い姿に現れていたと言っていい。

 この接戦を決したのは8回裏である。先頭の1番宮﨑 仁斗(3年)が四球で歩き、2番がバントで送って1死二塁としたあと、2死後に打席に入った4番藤原 恭大(3年)が鋭く捉えた打球はライト前に飛び、これを右翼手が後逸する間に二塁走者に続いて打者走者の藤原も生還して、勝負を決する3点目が入った。

 このベース1周は残念ながら藤原が一塁ベースに達したところでストップボタンを押してしまったので計測できなかったが、隣の友人が計測したところによると14.70秒だった。前日の慶應義塾中越戦でもエラー絡みのベース1周が見られ(中越広瀬 航大・1年)、このときのタイムは16.06秒。タイム差1.36秒はいかに藤原の足が驚異的かという証拠である。

 ストップウォッチの数値をもう少し紹介しよう。藤原のベース1周のあとに打席に立った根尾が今度は左中間に二塁打を放ち、このときの二塁到達は7.61秒。また、藤原は6回裏に二盗を決め、このときの二盗に要したタイムは3.28秒。まだある。キャッチャー、小泉の二盗を阻止する二塁スローイングはイニング間の最速が1.87秒だった。どれも見事なタイムばかりで、3対1というスコアを忘れてしまいそうだ。

 

(記事=小関 順二