試合レポート

小松vs川之江

2011.09.30

小松vs川之江 | 高校野球ドットコム

宇佐美監督(小松)

名将率いる「強打」小松、堂々と約束の地へ!

この試合の背景を説明するには、時計の針を一度、8月16日の[stadium]西条市ひうち球場[/stadium]に巻き戻す必要がある。

この日、同球場で開催されたのは県内新チームの実力を測る最初の機会となる地区別新人大会の東予地区決勝戦。試合は7回まで最速143キロ右腕・小川慶也(2年)が先発した名門・西条が2対0と順調に4年ぶりの優勝へ向かってまい進していた。

ところが8回に西条は小川、続く新土居徹(2年)が打者9人・6安打の集中打を浴びて4失点を喫してしまう。しかもこの間、1四球は絡んだものの失策は一切なし。このように対戦相手の実力は、「球数を投げされられた後に変化球を打たれ、四球が絡んだところ、最後に力勝負でいったところでやられた」と秋山拓巳(阪神)も指導した田邉行雄監督もこぼしたように、純粋に西条を上回るものだった。

このように見事な逆転勝ちで1990年(平成2年)以来21年ぶりとなる東予地区新人戦を制したその学校の名は「愛媛県立小松高等学校」。率いる指揮官は就任2年目の「宇佐美秀文監督」である。

ここまで書いて1つ目の学校名は知らない方でも、2つ目の監督名でピンと来た高校野球ファンは多いのでないだろうか。そう、愛媛小松の宇佐美監督は、現役時代には今治西高校から早稲田大に進み、同期の主将岡田彰布(現オリックス監督)をサポートする副主将を歴任。さらに指導者としても川之江を夏1度、今治西を春4度・夏1度の甲子園へ。中でもセンバツでは今治西で藤井秀悟(現:巨人)を擁した1995年(平成7年)第67回大会と1999年(平成11年)第71回大会において2度ベスト4に押し上げるなど、全国に通じるチームを築き上げることに定評のある「名将・宇佐美」その人なのだ。


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水野慎太郎(川之江)

一時は5年にわたり指導の現場を離れ、夏のABC高校野球中継解説においては「前・今治西高校監督」の肩書きでお馴染みとなった宇佐美氏。だがその裏では、昨年4月からは新たなチャレンジを求め、愛媛県西条市西部の旧・小松町に位置する同校で監督業を再びスタートさせていた。

とはいえ、名将が赴いたといってすぐに強くなるほど高校野球は甘い世界ではない。宇佐美監督赴任後、昨夏から今夏にかけて小松の公式戦勝利は地区新人戦における2勝(ベスト4)と、今春の地区予選1勝のみ。当然、名将の口も重くなりがちであった。

しかし、東予地区新人大会を終えた宇佐美監督は実に饒舌。また、その話の節々には華やかな「表」のプレーにつなげるため、いかに「裏」で準備作業を行ったかが散りばめられていた。

一例をあげれば9回裏1死から西条7番・木藤啓介(2年)が放った左中間の打球をセンター・村上大空(2年)がダイビングキャッチでファインプレーをしたシーン。宇佐美監督は「あのダイビングは神がかりだったね」と褒めた後、こうポツリと呟いたのである。

「でも、ここ一番で飛び込む練習はやってあったんですよ」。

背筋に戦慄さえ覚える名将の勝負勘。筆者はこの瞬間、愛媛小松の秋季大会における躍進を確信するに至ったのである。

話を9月24日に戻そう。試合は右脚骨折による約1年間のブランクを乗り越え、この秋季大会から本格復帰した愛媛小松先発の最速134キロ右腕・中野涼介(2年)に対し、「中野くんは外角中心なので、打席の前に立って踏み込んで打つ」友近拓也監督から指示を授かった川之江打線がスタートダッシュを見せる展開から始まった。

1回表には3番・辻勇人(1年)、182センチ82キロの均整が取れた肉体に強肩強打俊足を宿すプロ注目の4番・水野慎太郎(2年・主将)の連続タイムリーで2点。2回にも押し出し、併殺間、さらに水野の連続タイムリーで3点。計5安打2四球に1失策を絡めての5得点に、一塁側ベンチ、スタンドからの歓声はしばらく鳴り止むことはなかった。


小松vs川之江 | 高校野球ドットコム

サヨナラヒットを放ち1塁コーチ中山と歓喜のハイタッチを交わす村上

かくして出鼻をくじかれた形となった愛媛小松。
1回裏には4番・能智健太(2年)の適時二塁打で1点は返していたとはいえ、前日に好右腕・柚山隼人(2年)を擁する新田を攻略し、意気洋々と試合に望んだ彼らにとっては、ショックの大きい4点ビハインドであったに違いない。

ただしこの不測の事態に際しても、宇佐美監督の処置は極めて早かった。まず中野には「次に1点取られたら交代させるぞ!」と檄を飛ばし奮起を要求。返す刀で打線には川之江の軟投派左腕・石田翔太(2年)対策として「体を開かずベース上でバットを振る」教えを説いたのである。

即座に選手たちは指揮官の檄と、教えを実行に移した。3回表には「バットを短く持って下からボールを見る」バッティング理論を忠実に行った5番・脇水陽水(1年)の適時2点二塁打などで3得点。
さらに4回には南予地区の大洲クラブ(ボーイズリーグ所属)から愛媛小松へと入学した3番・宇都宮龍也(1年)がこの日3安打目となる同点タイムリー2塁打。

加えて中野も「コントロールと腕を振る」自らの持ち味を取り戻し、4回以降は4安打で無失点。川之江は2番手の負傷交代で急遽マウンドに立った3番手・仙波和将(1年)の粘り強いピッチングでなんとか同点の状態を保っていたものの、「反対方向に打つ」(友近監督)中野攻略法が通じない打線の焦りは、仙波の投球内容にも微妙な影響を与えていった。

迎えた9回裏・愛媛小松の攻撃。2死1・3塁で右打席に立ったのは新人戦でファインプレーを演じた1番・村上であった。「球種はよく覚えていない」といいながらもストレートを最短距離で捉えた初球。久保克斗遊撃手(1年)のダイビングも届かず三遊間を抜けていったその瞬間。愛媛小松は秋季大会では初、春夏を合わせても1982年(昭和57年)春以来となる通算4度目のベスト4へと駒を進めたのである。

新人大会優勝当時は手足が一緒となってのダイヤモンド一周など、明らかに勝ち慣れていない様がうかがえた小松の選手たち。だが、堂々と落ち着いて歌い上げた勝利の校歌斉唱を見ても、既に彼らには「勝者のメンタリティ」が確実に備わっている。もはや小松の躍進はミラクルでも、奇跡でもない。「必然」の二文字そのものだ。

準決勝の相手は最速144キロのエース右腕・中川源和(2年)擁する宇和島東となった。これに勝てば実に1964年(昭和39年)春以来の愛媛県ファイナリストとなる小松。その会場は躍進の出発点となった西条ひうちを飛び出して「1つの目標にしている」(脇水)初の四国大会、そして初甲子園への約束の地・坊ちゃんスタジアムである。

(文=寺下友徳)

この記事の執筆者: 高校野球ドットコム編集部

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